表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

【初夜まで】

 日没後、ようやく結婚式とドレスから解放されたロージエラは、式の余韻とアルコールの影響とベッドの柔らかさに浸りながら、()()()()()()()


 四肢を投げ出し、大の字に寝転がっていると、自然と今日の出来事が思い起こされる。


 ――アルロザス中の花を買い占めたのではないかと思うほどの大量の花びら。それらが降り注ぐ赤い絨毯の上を、ロージエラは愛敬を振りまきながら歩いていた。その途中、何故かは自分でも分からないが、ふと、自分と共に歩んでいる男性を見上げた。そうすると、彼女の翡翠色の瞳に、花吹雪の中でも存在感を放つ獅子の鬣のような髪と、結婚式に相応しい白い軍服が映った。その二つの要素を一身に備えた男は、女性の心を絡めとって離さないような笑顔を参列者に向けていたが、ロージエラの視線に気づいたのか、一瞬、紺碧の瞳とその笑顔を、妻となる者だけに向けた。慌てて視線を外し、辛うじてその笑顔から逃れえたロージエラは、乱れた心中を誤魔化すように再び愛敬を振りまき始めた。


 新郎と新婦の入場が終わると、結婚式の主役は一時交代した。参列した政府の高官や軍の将校などが、争うように演説を始めたのだ。だがそれは、この結婚がただの男女の結びつきを意味するだけではなく、ハンフリッド伯領のラフス編入を意味するものでもあるために仕方がないと言えた。


 イラベルを除く政府高官たちは、未来の自分の支持基盤を確立するために、軍の将校たちは将来の最高司令官の覚えを良くしておこうと長々と演説をした。面の皮が厚い者たちの短い祝辞と、それに数十倍する自分たちのアピールが終わるまでの間、参列者の顔には飽き、苛立ち、無関心と無感動の色が混在していた。


 だが、その中の一角、レオンが連れて来た部下たちの顔にはまた別の色が浮かんでいた。彼らはひたすら格闘を続けていた。睡魔と。あくびをかみ殺している者はまだましで、瞼の重みに耐えきれなくなったり、()()()()()は近くの仲間にさりげなく起こされたりしている者もいる。ロージエラはその光景を見て『不謹慎だ』とか『失礼だ』とは思わなかった。むしろ『無理もないだろう』と彼らに同情さえしていた。レオンの麾下である二十二師団は連戦の後、戦後処理と同信教連合の来襲に備えるために暫く現地に残り、帰国したのは昨日の未明。それから、結婚する師団長と共に一昼夜馬を駆り、ここには今朝着いたと聞いている。今、意識を必死に保とうしているだけでも、彼らの精神力と体力が高水準であることが分かり、それと同時に誠実さも充分伝わる。そして、彼女の隣で溌溂としている夫の異状さを実感した。


 長々とした前座が終わると、遂に夫婦が永久の愛を誓う時が来た。政体が変わる遥か以前から宗教というものを遠ざけているラフスでは、同信教連合のように神の使いの代役が証人となって夫婦の誓約を聞き届けるわけではない。その代わりに参列者全員が証人となるため、彼らに届くような大きな声で誓わなければならなかった。そして、それは夫となる者が行うのが一般的であった。


 レオンの鼻を空気が通っていっているのを、ロージエラは耳で感じた。そして一瞬の間の後、火薬の音が頻発する戦場でも通る、力強く、それでいて伸びやかな声を一身に浴びた。


「誓う!私たちは誓う!この結婚が、私たち夫婦にだけではなく、この場にいる皆にだけでなく、ラフスに住まう者たち全員に幸せをもたらすものであるよう、誓う!」


 誓約の内容は特に定められているわけではないが、それでも、誰しもが参考にするようなありきたりなものはある。だが、レオンの口から飛び出したのはそれらとは全く違ったものだった。聞いた者が発言者の実力をどのように評価しているかによって、大それた、若しくは野心的と捉えるだろう。


 レオンの宣誓は、一瞬の静寂と、長い喝采を呼んだ。宣誓の内容自体はロージエラに言わせれば及第点であったが、それでも、豊かな声量と魅力のある声域によって人の心を震わせるに充分なものになった。批判的な彼女でさえ、そう認めるのだからそうでない者たちはきっと体を震わすような感動を覚えただろう。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 その後、ロージエラは新婦の役目として幸せのおすそ分けを始めた。未婚の乙女――その殆どは連隊員――たち目掛け、後ろ向きに小さな花束を放り投げるのだ。その花束を受け取った女性は近い将来結婚できるということで、他者の結婚式に羨ましさを覚えた者たちが、いつか自分もという思いを胸にロージエラの周りに集まった。


 ロージエラの周りに集まった乙女たちは、軍服ではなくこの舞台に相応しいドレスを身に纏っており、そこは流石元令嬢といった感じで、格好の良さでいえば同じ元令嬢の連隊長を遥かに上回っていた。


「隊長!どうか私の所に!」


 方々からくるそんな要求を背中で受けながら、ロージエラは、一つ花束を手に取った。花束はバシオールが温室で見繕った花などで出来ており、桜の枝、サンフラワー、ラベンダー、コスモス、デイジーと乙女連隊の名前の由来で作られていた。そしてその真ん中には、指揮官を連想させる一輪の薔薇が差し込まれていた。亡き父よりも年の離れた庭師の演出を心憎く思いながら、ロージエラは思いっきり花束を投げた。


 歓声と喚声。ロージエラは振り返ってその落下地点を確認しようとしたが、花束は既に人波に飲み込まれて誰の手に渡ったのか分からなくなっていた。


「次!次お願いします!」


 待ちかねる乙女らに急かされ、ロージエラは二つ目の花束を手に取った。通常の結婚式であるならば投げられる花束は一つだけだが、今回は参列者の多さを鑑みて十束用意されている。確率が十倍になったとはいえ、千分の一が千分の十になった程度ではあるが……。


 最後に投げられた花束をトロフィーとして始まった力ずくの争奪戦を見ながら、ロージエラはこう思った。長年受け継がれてきた貴族としての権利も、資産も、振る舞いも、最早この国にはない、この国の貴族はもう名実ともに消え去ったのだ、と。だが、時代が変わったことによる一抹の寂寥感を覚えたが、それを惜しむ気持ちはなかった。


 各隊長に騒動を収めさせると、立食パーティーが始まり、参列者たちの祝辞を受けていると、日が暮れ、閉会となった。そして、見送りと、兵舎に部外者を入れないよう連隊員にくぎを刺してから邸宅に入った。


――そうして今はベッドに身を預け、精神エネルギーが自然回復するのを待っているのだった。


「……そういえば」


 ロージエラは思い返してみて、気づいた。式の間、全くレオンと言葉を交わしていないことを。いや、それどころか、顔を向き合わせたことすら数度しかしていない。入場の時と()()()()()()()()()()――


「――っ!」


 先程の振り返りの時、無意識に飛ばしていた映像が頭の中に投影され、ロージエラは見悶えた。しかし、映像としてはその行為の直前、レオンの顔が近づいて来る瞬間までしか記憶されていない。それ以降は瞼という名の暗幕によって暗転させられている。だが、その行為は触覚によって刻まれていた。それは、バゲットの味がしないのを除けば、十年前のあの日と同じ感触であった。


 初めてした時はこんなに意識させられることは無かった。行為が同じであるのにもかかわらずここまで意識させられてしまうのは、相手が違うから、自分が変わったからなのか、或いは両方か。そんなことを考えていると、寝室の外に人の気配を感じた。クレアにしては一歩一歩の間隔が長い。背の高い人物のものである。


 ロージエラは跳ね起き、一瞬、身構えた。そして、今日何をしたのか思い出して、警戒を解いた。これからはどうかは分からないが、少なくとも今夜は一人で眠ることが無いのだ。


 いそいそと出迎える気にもなれず、かといって狸寝入りを決めるのもあんまりだと思ったロージエラは、寝間着姿のままベッドに腰掛け、旦那の入室を待ち構えた。


 扉がゆっくりと開けられ、廊下の照明の明かりを背負ったシルエットが入室した。そのシルエットは、ロージエラが思い描いていたものと同じだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ