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【撃退するまで】

 アルロザス地方は、ラフス南東の辺境にある。かつて火山があった名残を思わせる、全周を一重の山に囲われた丸い盆地であり、その内部に広がる草原を活かした牧畜を生業とする者が多い。北東を『ブルグト』東を『ザンゲス』という二か国と接していることと、領主の意向により、地方の規模に比してやや大きな軍事施設が建てられている以外は特徴のない田舎である。だが、そのおかげで『革命』や同信教連合との戦争など()()()()()()()()()()今まで無縁でいられた。


 今、この地方には、十万の民と千の守備兵、そして三千の侵略者がいる。


 降誕暦一八一二年。桜の蕾が緩みかけている季節。アルロザス地方は、今年も隣国『ブルグト』からの侵略行為を受けていた。


「敵はたかだかこちらの三倍だ!さっさと叩き返すぞ!」

 

 白と青を基調とした派手な軍服。それをすらりとした肢体に纏わせた、女性の叱咤が戦場に響く。その女性の頭髪は薔薇の花びらのように赤く、瞳は茎のように瑞々しい。


 彼女は成長したロージエラであった。少女の頃の顔立ちにやや渋みが加わり『かわいい』ではなく『美しい』という形容詞が似合う大人の女性になっている。ロージエラは細いサーベルを杖代わりにして仁王立ちし、命令を下達した。


「『サクラ』『サンフラワー』は正面を受け持て!『コスモス』『ラベンダー』はそれぞれ敵の両翼を圧迫しつつ迂回!追い返すだけだ、後ろには出るなよ!『デイジー』は予備として私と共に待機せよ!」


 ロージエラが下した命令に、五つに区分けされた千人の兵が、緩やかな隊形を組んで動き始める。その恰好は指揮官と殆ど変わらない。違う点があるとしたら、射撃を行うために標準よりやや長いマスケット銃を持っているという点と、識別のために袖口が、桃、黄、紫、青、白で染められている点であった。


 この時代では珍しいことに、兵たちは、皆、女性である。それもただの女性ではなく、殆どが貴族の令嬢であった。彼女らは十年前に発生した『反乱』が、国の政体をかえる『革命』に変質したことによって、住む家と財産と親兄弟を失い、当時のラフス国で唯一平穏を保っているアルロザスに流れ着き、生きるために兵士となったのだった。その練度と士気は、数度の実戦と無数の教練によって非常に高く。その証拠に、彼女らは『乙女連隊』と名付けられてから、未だ無敗を誇っていた。


「そろそろ始まるか……」


 ロージエラの呟きをかき消すように、戦場に発砲音が轟いた。その音の演奏者は、桃色の袖口のサクラ隊である。彼女らは、二百の弾丸を誰よりも早く一斉に放ち、開戦を告げる狼煙と号砲と先制攻撃を一度に行った。


「やはり先制射はサクラか!いい加減一杯目を奢る相手を変えたいものだな!」


 戦い終わりに開かれる恒例の宴会は、最初に有効射を敵に浴びせた部隊の者に、他の隊の者たちが一杯目を奢るというのがルールとなっている。サクラ隊はそのルールの恩恵を一番受けている部隊であった。


 サクラ隊の先制射によって、十数人の損害を出したブルグト軍の動きが止まる。だがこれは、ひるんで足を止めたわけでなく、応射のための停止であった。マスケット銃というのは命中率が非常に低い。それを補うため、部隊ごとに一斉に射撃をするという戦い方が一般的である。その戦い方を最適化した兵種が『戦列歩兵』と呼ばれる肩と肩が触れ合うほど密集したマスケット銃兵であり、ブルグト軍は全員がそれだった。対して、乙女連隊は一人一人間隔をあけた『散兵』である。


 黒い軍服を着ているのも相まって、頑強な城壁を思わせるブルグト軍は、三千の内、中軍を担当している二千を、鼓笛隊の演奏と上官の指示に従わせ、統一射撃を開始させた。十倍の数にもなる筒先がサクラ隊に向けられると、それが前列、中列、後列と三分割され、順番に、一斉に火と弾を噴き出した。


 戦争が単純な算数で表せられるのであれば、サクラ隊は与えた損害を五倍した被害を受けねばならないだろう。しかし、彼女らの中で倒れた者はいなかった。その理由は算数ではなく簡単な物理の問題であった。乙女連隊の装備しているマスケット銃は標準よりも銃身が長く、銃口が大きいため有効射程距離が長い。それに対して、標準的な射程距離しか持たないブルグト軍が、彼女らと同じ距離で撃てば、その弾丸は想定以上の空気抵抗を受けて、標的を射抜くどころか軍服に穴を開けることすら不可能になるほど威力が落ちる。これが最初の撃ち合いに一方的な結果を産んだのだった。


 射程。これが、乙女連隊が常勝である二つの理由の内の一つだった。


 敵の三段に分けられた統制射が終わったのを見計らい、サクラ隊と同じく敵正面を受け持っていた黄色の袖口のサンフラワー隊が、有効射程限界の更に奥へと踏み込み、装填中の敵戦列に対して()()()()射撃を繰り出した。マスケット銃の最大効率を発揮された射撃は、黒い肉壁に所々穴を開ける。ブルグト軍の下士官が慌てて指示を出し、その部分を埋めるが、装填中なため、反撃はしたくともできない。その隙に、サンフラワー隊は悠々と敵の射程距離外へと退避していった。


 装填を終えたブルグト軍は、短い射程距離を補うため、再び前進を開始した。だが、サクラ、サンフラワー両隊は同速度で後退していくため、距離が全く詰められない。苛立つ指揮官が突撃を意味するラッパを吹かせ、全力で兵たちを走らせるが、両隊も同じく全速力で走り去っていくため結果は同じだった。最終的に、ブルグト軍は疲労によって立ち止まった。その瞬間、サクラ隊から射撃を浴びせかけられ、何人かが息切れの苦しさから解放された。


 機動力。これがもう一つの理由であった。銃剣の廃止や背嚢の残置による軽装化、ひたすら走り込みを続けて得た体力、緩やかな隊形による移動のしやすさ、これらによって()()()()()()ぐらいの速力を確保した乙女たちに、いくら男性であろうと戦時徴募された戦列歩兵では追いつくことは不可能であった。


 ブルグト軍の応射が始まった。しかし、疲労した状態で行われた三段撃ちは、反動を抑えきれずに銃を取り落とす者や、しゃがむのを忘れて後列に撃たれる者があちこちで目立つ。最初の時の揃えられていた射撃と打って変わって酷いものであった。ただ一つ変わらなかったのは、その射撃で倒れた乙女が一人もいないことぐらいであろう。


「よし!『デイジー』行くぞ!突出した敵中軍の側面を叩く!」


 ブルグト軍中軍は正面の二部隊に攻撃をかけようとして両側面を守る部隊と離れてしまっている。その隙をロージエラは逃さず、白の袖口のデイジーによって衝いた。


 高い機動力は逃げる時だけでなく攻撃を行う時にも発揮される。特に敵軍の弱点を突く時にそれは最大の効果を発揮した。歩兵以上騎兵未満の速度で機動するデイジー隊によってブルグトの中軍は対処する間もなく横撃を喰らい、それによって浮足立った所をサクラ隊とサンフラワー隊に射撃を重ねられて完全に崩壊した。


「伝令!……医者を呼んできて頂戴。それと戦場掃除の人員も。ええ、クレアに言えばわかるわ」


 ロージエラの意識は敵中軍の崩壊を見て、完全に戦後処理に向いた。もう勝敗は決した。今はもう、助けられる命をなるだけ多く助けるのが重要であった。


「騎兵も砲兵も無しで来るからだ、無能が……」


 ロージエラは彼方に去っていく敵指揮官の方に向けて、そう、吐き捨てた。その表情は苦々しく、勝利の美酒を飲んでいるようには到底見えなかった。


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