01_大人しい彼女
最近、友人の様子がおかしい。
友人の名前は、森永水夏
染めていないきれいな黒髪のロングヘアで華奢な身体、けして目立つタイプではないけれどとても優しくて可愛らしい女の子である。
「日菜ちゃん聞いて、花壇のお花が咲いたんだよ。」
そんな報告をにこにこしながらしてくる可憐さ。
園芸部所属で、よく私に部が世話をしている花壇の花が咲いたとか今日は元気がないから心配などと話してくれていた。
彼女はもちろん花だけでなく、万物全てに優しくて、本当に心から相手を思いやっている。
少し純粋すぎるくらいな彼女と私は小学校からの付き合いということもあり、とても仲が良かった。
そんな水夏に変化が訪れたのは高校2年生初日。
私達が2年生でもクラスが同じになったことを喜びながら一緒に教室に向かっていた朝のことである。
いいクラスだといいね、などと話しながら教室に入ろうとした時、入り口付近で談笑していた男子たちの一人が真後ろにいた水夏に気づかずにぶつかってしまった。
彼女は小柄なため、自分よりだいぶ大きい男子にぶつかられてよろけてしまった。
「大丈夫!?」
私もとっさのことで支えることも受け止めることもできず、すでに尻餅をついてしまった水夏に駆け寄った。
「ごめん!怪我とかしてない!?」
ぶつかった男子も驚いた様子で水夏を起こそうと手を伸ばした。
「大丈夫です…ごめんなさい…」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて、伸ばされた手の方向に顔を上げた。
その瞬間だった。
「行人…くん…?」
赤かった顔が徐々に青ざめていく。
その表情は、驚きと困惑が混ざり合っていた。
しかし、驚いているのは彼女だけではなかった。
「あれ、話したことあったっけ?」
「行人、知り合い?」
行人と呼ばれた男子も不思議そうな顔で首を傾げている。
私もこの男子のことは知らなかった。
水夏はあまり男子と関わるようなタイプではないため、同じ部活や委員会でもなさそうなこの男子と接点があるとも思えない。
水夏をみると、先ほどよりも困惑の色が強くなった顔でじっと男子の顔を見ていた。
「どうして、行人くんが、目の前に…?」
そういった、次の瞬間。
―― バタンッ
彼女の身体から糸が切れたように力が抜けた。
「水夏!?水夏しっかり!!」
「え、ちょ、先生!誰か先生呼んできて!!」
2年生初日、我らが2年A組はこの騒動から幕を開けた。
そばにあまり人がいなかったこともあり、クラス内では水夏は例の男子——―春日行人くんがぶつかった拍子に、たまたま貧血を起こしたらしいという当たらずとも遠からずな結論でまとまっている。
その後、彼女は小一時間経ってから目を覚まし、「ぶつかられた前後のことをあまり覚えていない」と言ったため、なぜあの男子の名前を知っていたのかについては闇の中になってしまった。
しかし、目覚めてから水夏の様子に違和感を覚えるようになった。
考え込むようにぼーっとしたり、変なことを言うことがあるのだ。
例えば。
「日菜ちゃん、今度の生徒会の集まりっていつ行くの?」
「え、私生徒会入ってないけど…?」
私は、生徒会に所属などしていない。
中学の時は知り合いに頼まれて生徒会に入っていたが、高校では生徒会役員選挙には立候補しなかった。
「あれ、でも確か日菜ちゃんは生徒会役員じゃ…?」
「どしたの水夏、中学の時の話してる?」
なおも不思議そうな顔をしていた水夏だが、はっとした顔をすると
「そうだったね、どうしたんだろ私。」
と言いながら首をかしげていた。
別の時には、何人かの名前をあげて、知っているかと聞いてきた。
相手は学年もバラバラ、中には先生も混ざっていた。
もちろん春日くんのことも聞いてきた。
私自身はほとんど知らない名前だったので答えることはできなかったが、
「どうしてその人たちが気になるの?」
と聞くと、水夏は少し考えこんだあと
「なんでかわからないんだけど、詳しく知らなきゃいけない気がして。」
と言っていた。
それでも、たまに考え込んだり不思議なことを言うだけで普段は今まで通りの水夏だった。
私も都度違和感を覚えるものの、ごくたまにだったため深くは詮索しなかった。
しかし、彼女の変化は徐々に始まっていたのだ。
あの日から水夏は、ゲームを生き始めていた。
見切り発車に立ち会っていただきありがとうございます。
ゆるゆると週一で投稿したいなあと思っているのでよければまた気が向いた時にお付き合いください。
同テーマで書き出したものを改変して再投稿しています。