1つ目
昼だと言うのに人通りの全くないその通りは、暗くなんだか近寄りがたい雰囲気を持っていた。
商人が商いを営む商店街の道から大きく外れ、貴族街とは真反対にあるこの場所は、平民でもなかなか来ないいわばスラム街のような場所となっていた。しかし、そんな通りに一人の可憐な少女が一人、どんな用事があるのか、緊張した面持ちで歩いていた。
少女は何個目かの角を曲がり、入くねった道を手元のメモを見ながら歩いていく。そして、少女は一つのお店の前で立ち止まる。そのお店の周りは他の場所とは違い、ゴミが散乱しておらず、綺麗にされていた。
玄関には綺麗な花が植えられた鉢があり、少女のことを出迎えているようであった。
少女は、周囲のことをキョロキョロと警戒しながらお店の中に入る。
扉を開けるとドアベルが小さくなり、店内にお客が来たことを知らせる。お店の中は酒場のようになっていた。そして、カウンターの奥から店主であろう人が出てくる。
「いらっしゃいませ」
「……」
店主がそう言うと少女はカウンターに座る。そして、意を決したようにバーの店主に言う。
「お酒を……度数のとびっきり高いやつをください!」
「おやおや、お嬢様、あなたにはまだ早いのではないですか?」
「そんな事ありません!私はもう大人です。子供扱いしないでください!」
「ふむ…」
店主は少女の言葉に困った顔をして後ろにある店から複数のお酒を取り出す。
「うちで扱っているやつですと…一番高いのはこちらになります」
「…【炎王龍の息吹】ですか」
「えぇ、上物ですよ?飲まれますか?」
「……も、もちろん」
「貴方にそこまでの覚悟がお有りですか?」
店主はそう少女に言う。少女は店主の顔を見つめる。
少女は、驚いた顔を一瞬し、困惑したような表情を浮かべる。
「…私で良ければご相談に乗りますよ」
「…」
「もちろん、誰にも話しません。私のお店は何と言ってもお客様を神様だと思っておりますので」
「お願い、できますか」
「もちろんですとも。こちらはサービスのさっぱりとしたジュースになります」
胡散臭い笑みを浮かべ、店主はそう少女に言う。可憐な少女は、ジュースを一口飲み、語りだす。
「私は、多くの人達に期待されて育ってきました。将来を期待され、その期待は私が成長するごとに大きく膨らみ続けました。皆に期待されるのはとても嬉しいことです、誇らしいことです。けれど、その期待を私は裏切りました」
少女のグラスを持つ手に力が入る。
店主はそんな少女の話しを表情一つ変えず静かに聞いている。
「だから、私には力が必要なんです。裏切った期待を取り戻せる力が…」
「それは、借り物の力であってもですか?」
「え?」
「貴方の力ではなく、紛い物の力で取り戻した期待など、直ぐにまたどこかへと消えてしまいますよ」
グラスを磨きながら店主は少女に言う。
そんな店主の言葉に少女は苛立ったように話し出す。
「貴方に何が分かるのですか!?私は多くの者を導かなければならない。そのために、私は今まで努力をしてきました。時間を全て遊びではなく、魔術や勉学に費やしてきました」
「えぇ、素晴らしいことではないですか。それで?たった一度、失敗したから泣き言を言っていたのですか?その程度ですか?」
「……その程度?私は常に皆さんの期待に応えなければならないのです!そうしないと、私はいらない子になってしまうから」
少女の座る机にポロポロと水滴が落ちる。
そして、グラスの氷が溶ける音がカランと静寂に包まれた店の中に響いた。
「そうでございましたか、これは失礼しました」
「あ、いえ、私もつい怒鳴ってしまい…」
店主が少女に頭を下げて謝ると少女は、先程の怒りが消えてしまったのか怒鳴ったことを恥じるように顔を俯かせている。
「では、どのような失敗をなさったのでしょうか?」
「…私は、学園での組分けテストで魔法能力値が低く、最底辺のクラスに入ることになりました」
「魔法能力値?」
「魔法の潜在能力を表したものです」
「…なるほど、それで私のお店に足を運んだのですね」
「はい、力が必要なのです。なんでも屋のこのお店でしたら…どうにかしてくれると」
「どなたかが言っていたのですか?」
「学園の私の担任です」
店主は、少し苦い顔をしたが一瞬でいつもの顔に戻る。
そして、磨いていたグラスをテーブルの上に置き、カウンターの下から新しい瓶を取り出す。
「貴方は本当に力が欲しいのですか?」
「え?」
「どうして力が欲しいのです?」
「そうしないと私の価値が」
「では、人の価値とはどのように決まるのでしょうか?今までそのようなことを誰かに教えてもらったのですか?」
「いえ、そのような方はいませんが」
「では、貴方はどうしたいのですか?」
「え?」
「力が欲しい、えぇ、結構な願いです。しかし、それは貴方の本当の願いでしょうか?それとも周りの環境に矯正された願いなのでしょうか?私は、生憎と人の気持ちに鈍感ですので、その違いはわかりませんが、貴方になら分かるのでは無いでしょうか」
店主がそう言うと少女は水滴で濡れたグラスを見つめる。
自分の願い、果たしてそれは何なのか。力が欲しいのか?それは何故か。本当に自分のためなのかと。
少女は、長考する。
私はなんのためにここに来たのでしょうか。
事の発端は学園でのテストで信じられない結果を残したこと。その日、父と兄から突きつけられたのは慰めでもなく、厳しい言葉だった。それに私は、酷く動揺をしてしまった。
「どうしてお前は結果を残せないのだ」
「お前の兄だと知れ渡ったら、俺は恥ずかしくて学園に行けなくなる」
この間までは、優しいお父様とお兄様でしたのに…あれは嘘だったのでしょうか。
何度も夢だと、悪い夢に違いないと考えたけど、夢が現実にならないように現実は夢にはならなかった。
そして、段々とやつれていく私に学園のロン先生がこの場所を教えてくれた。ロン先生は学園で冒険学を教えている元S級の冒険者です。そんな凄い先生が「そこにいる奴を頼るといい、なんでも屋だからな」と言ったのです。バカバカしいと考えたけど、私にはもうそれを頼るしかなかった。
そして、メモを渡された。お店の場所とある言葉のメモ。そのメモには、開口一番で度数の高い酒を頼めと書かれていた。
お店を尋ねると怪しい笑顔を顔に貼り付けたお兄さんがいました。
私はメモの通りそうしました。度数の高いお酒なんて知りませんから、少し別の言い方になってしまいましたが、通じたようで店主の方はお酒を用意してくれました。
そして、出てきたお酒を前に店主の方は私にお酒はまだ早いのではないかと言ってきた。
子供扱いされているのかと少しムキになった私は、つい怒鳴ったような口調で話してしまう。
そして、店主は私に先程とは違う口調で聞いてきました。
「貴方にそこまでの覚悟がお有りですか?」
覚悟?私は、店主が何を言ってるのか分からなかった。
ですが、理解しました。力を得るには何かを失う可能性があると。その覚悟があるのですかと聞きたかったのでしょう。それを理解した私は少し躊躇いました。
そして、そのまま店主に悩みを相談する形になり、今に至る。
私は結局のところ、自分に自身がなかっただけ。力が欲しいのも、皆の期待に応えたいのも全ては自分がそこにいることを認めてもらいたかったから。そうすれば、自分に自信が持てたから。
「自分に自身が持てるような人になりたいです」
目の前の少女がそう言うと店主は置いていた瓶の蓋を明け、いつの間に空になった少女のグラスに瓶の中の液体を注ぐ。澄んだ青空のような色をしていたその液体は、少女の瞳の色にそっくりだった。
「貴方の願いを聞き入れました。代わりに私がその願いのお手伝いをしましょう」
「手伝いですか?」
「えぇ、貴方が自分に自身を持てるその日まで、私が代わりに貴方を守り、貴方を導き、貴方を支えましょう。代価は、その願いが叶った時に受け取りに行きます。では、これから宜しくお願いしますね。お客様?」
「えぇ、よろしくお願いします」
店主の笑みはどこか胡散臭く、自然な笑みとは違って見えた。しかし、少女はその店主を信じてみよることにしたのだった。
グラスの氷が溶け、カランという音がまた鳴る。
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