第93話 瀕死のミシェリア
俺とS級冒険者モモとの戦いの場が、千尋峡谷に移る。
共にドラゴンだと明かした戦いのすえ、俺はモモに認められる。
しかしミーシャの事が、モモにバレしまった。
「ひ、人違いじゃないのか?」
ミーシャをミシェリアだと言うモモに、俺はとりあえず言ってみる。
このままでは、モモと再び戦う事になるだろう。
「ふ、俺は姿を消す前のミシェリアに、会った事あるんだぜ。」
モモはニヤける。
「あれは、帝国の晩餐会だったかな。おまえが帝国の王子に見初められたのは。」
モモの言葉に、ミーシャの顔色が青ざめる。
「俺もヤボ用で出てたんだよ、その晩餐会。」
さすがは伝説のS級冒険者。
そんな所にも出入り出来るのか。
だけど、これではっきりした。
「つまりモモ。あんたもミーシャの命を狙う、刺客なんだな。」
俺はミーシャを背にして、身構える。
「ふ、その刺客のお誘いが、うざってーんだよ。」
つまりこの場でミーシャを始末すれば、そのうざいお誘いとやらも、無くなるって事か。
俺はモモとの対決を、決意する。
モモは頭をかきながら、首をふる。
「なんでおまえは、そいつを庇うんかね。」
言われてみれば、なんでだろ。
畜生道を生きる者として、他人の生き死になど、どうでもいい事。
なんでミーシャを庇うのか。
ミーシャは超絶美少女だ。
やはりかわいいは正義なのか。
「で、闇ギルドにはミシェリア関連の依頼が、わんさかあってな。俺もその誘いが、そろそろ断りきれない所まできている。」
「それだと、依頼主のヤツは、是が非でもミーシャをモノにしたいって事か。」
俺も言葉にして、うんざりしてきた。
刺客も増えるって事だしな。
「その依頼を終わらせる、いい方法があるんだけどよ、」
モモはちらりとミーシャに視線を向ける。
「私を殺せば、依頼は終わるわね。」
ミーシャは俺の影に隠れながら、後ずさる。
「そういう事。話しが早くて助かる。」
モモは再び剣を抜く。
俺も臨戦体勢にはいるのだが、モモが制する。
「まあ、待て待て。俺の話しを聞け。」
「あら、命乞いでも聞いてくれるのかしら。」
ミーシャも俺の後ろから挑発する。
「いや、俺はおまえの、ミシェリアの、いやミーシャって呼ぶべきか。ミーシャの死亡を擬装しようと思うんだよ。」
対峙してた俺たちだが、ここでようやく話しが進む。
「擬装、だと?」
俺のつぶやきに、モモがうなずく。
「ああ、ここは幸い、千尋峡谷。傷ついたミーシャを、ここのドラゴンどもが食べ尽くした事にするんだよ。」
「で、その証言を、あんたがする訳?誰が信じるのかしらね。」
モモのナイスアイデアを、ミーシャが即座に否定する。
「ふ、そこは実際にこの剣で、おまえを斬る。剣についた血が、おまえの死を証明するだろ。」
モモはチャキっと剣を構える。
ミーシャは俺の後ろに隠れる。
「なるほど。致命傷にならない程度に、ミーシャを斬るのか。」
俺はモモの言う事を、そのように理解する。
「ああ、その後は適当なドラゴンに犠牲になってもらえば、ミーシャの死は擬装できる。」
「ミーシャのために、他のドラゴンを犠牲にするのか。」
「おまえもドラゴンを食った事くらいあるだろ。人間に変化できないヤツらに、おまえは情けをかけるのか。」
「冗談だろ。ここのドラゴンどもには、俺も食われかけた事がある。かける情けなんてないよ。」
俺はモモの提案にのる事にした。
俺の後ろに隠れるミーシャの腕をつかんで、俺の前に引っ張りだす。
「ちょ、ちょっと。あんたこいつの言う事、信じるの?」
モモの剣を前に、ミーシャが怯えだす。
「ミーシャよりか、信じられるぞ?」
俺はモモのドラゴン性というか、人間性を信じてる。
リバルド学園の闘技場での戦い、そしてこの千尋峡谷での戦い。
それを通じて、モモの人物像は分かったつもりだ。
「ふ、そいつは、ありがたい!」
ズシャ!
モモは即座にミーシャを斬りつける!
ミーシャの右肩から左腰にかけて、袈裟斬りに斬られ、血が吹き出る。
「う、そ。ほんとに、きる、なん、て、」
ミーシャの口から言葉とともに、血が流れ出す。
「喋るなミーシャ!」
俺はすぐさま、回復魔法をかける。そしてモモをにらむ。
「おい、やりすぎなんじゃねーか。ミーシャを殺す気か!」
「これくらい血のりがついてないと、擬装は出来んだろ。」
モモは軽く剣を振り、剣についた血を払う。
払いきれない血のりが、剣にはついている。
「で、俺が回復魔法を使わなかったら、擬装する必要も無くなるのか。」
「ああ、俺は回復魔法が使えん。だからそいつ本人か、おまえが使う必要があった。」
「て、てめえ、」
斬られたミーシャ本人が、回復魔法を使う余裕はない。
俺も回復魔法が使えなかったら、ミーシャは死んでいた!
そしてこの時は気づかなかった。
基本的に誰もが使える回復魔法。
その基礎的な魔法を、なぜモモは使えないのか。
そこに考えは至らなかった。
「ふ、まさか他人に回復魔法を使うヤツがこの世にいるとは、思わなかった。」
「さ、サム、」
ミーシャが回復魔法を使う俺の手を握る。
「やっぱり、あんたしか居ない。私が、信じられるのは、」
ミーシャの瞳から、涙が流れる。
「まだ喋るな!」
俺の使う回復魔法は、瞬時に回復させるモノではない。
俺の魔素を循環させて自己治癒力を高めるため、全回復に少し時間がかかる。
ミーシャは静かに目を閉じる。
モモは剣を肩にかつぎ、俺たちをじっと見ていた。




