第73話 取りあい
究極にして至高の料理。それがナナちゃんスペシャル。
だけどこの料理に使われてる素材はパープルトリゲランと言って、人間にとっては毒物だった。
このナナちゃんスペシャルを食べられるのは、動物変化の上位種、ドラゴンくらいだった。
つまり、見る者に見られたら、即ドラゴンばれのある危険な物だった。
「け、警備隊本部?なんで俺がそんなとこに行かなきゃならんの?」
俺はテルアさんに反論するのだが、テルアさんからの圧は凄い。
「自分が一番、よく分かってんじゃないの?さあ行くわよ。」
テルアさんは、俺の左手首をつかんで、引っ張る。
俺は咄嗟に左手首を返し、つかんできたテルアさんの手首をつかみ返す。
「きゃ。」
テルアさんはバランスを崩して、俺の上に倒れこむ。
「むほ、」
テルアさんが無理にふんばろうとしたせいで、俺の顔に豊満で柔らかく弾力のある物体があたる。
ぱしっ。
すぐに体勢を整えて、俺にビンタをくらわすテルアさん。
一瞬、何がおきたのか分からなかった。
「汚らわしい動物変化の分際で、私に触れるな!」
テルアさんは俺の左手をほどき、またつかみ返してくる。
「たーっぷり取り調べを受けるといいわ。私が突き出してやるから!」
テルアさんは俺をキリっとにらんで、俺の手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待って。サム君は私のお客さんよ。私が連れてくわ。」
ナナさんが慌てて、止めに入る。
「お言葉ですが、ナナさん。こいつが私にした事を、見ましたよね。こんな下賤な動物変化、私のこの手で裁かないと、気が収まりません!」
「えーと、今のは事故じゃないかな?」
怒れるテルアさんを、ナナさんがなだめる。
「はあ?どこがよ!ナナさんの目はふし穴ですか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、テルアちゃん。」
ナナさんはなだめる事にてっするが、怒りが収まらないテルアさんに、俺もムッとする。
究極にして至高のナナちゃんスペシャルを食した後だから、ある程度の事には、俺もおおらかになれる。
だけどナナさんをも侮辱するテルアさんの態度は、看過できないものになってきた。
「はい、この話しはここでおしまい。」
ルル姉がテーブルを、ドンと叩く。
俺もテルアさんに文句を言うタイミングを、失った。
「サム君は、私が連れてくわ。」
ルル姉のひと言に、ナナさんとテルアさんが反論する。
「ちょっとルル姉、サム君は私のお客さんだって言ってるでしょ。私から仕事を取らないでよ!」
「こいつの引き渡しは、私にやらせてください!」
なぜか俺の取りあいが始まる。
「はあ、サム君の活動記録に細工したのは、この私よ。ナナさんはそれをうまく説明出来る?」
ルル姉の説明に、ナナさんはおし黙る。
そのままルル姉は、テルアさんに視線を向ける。
「テルアさん、あなたが動物変化にいい印象を持ってないのは、私も分かってます。ですがあなたはギルド職員として、今はサム君を警備隊の疑惑から守らないといけない事くらい、分かってますよね?」
「で、でもこいつは、」
ルル姉の説得にも、テルアさんはまだ不服そうだ。
「こいつは?」
俺も口を挟んで、聞き返す。
「汚らわしいヤツに触れるなんて、あなたも物好きですね。」
「ひ、」
テルアさんは、やっと俺の腕を離してくれた。
「で、俺は警備隊本部って所に行けばいいんですか?どこです、それ。」
俺はのっそりと立ち上がる。
俺の間近にいたテルアさんが、後ずさる。
「そ、それはね。」
俺に説明しようと、ナナさんが近づいてくる。
だけど、俺とナナさんとの間に、ルル姉が割ってはいる。
「私が連れてくから、大丈夫よ。」
ルル姉は俺の右手首をつかむ。
「ちょ、サム君は私のお客さんだって言ってるでしょ!なんで私から仕事を奪うのよ。私にも仕事させてよ。」
ナナさんは涙目になって、ルル姉をにらむ。
「ナナさん、さっきも言ったでしょ。警備隊本部には私も行って、説明しなくちゃいけないのよ。」
ルル姉の言葉に反論出来ないナナさんは、すがるように俺に視線を向ける。
俺は思わず視線をそらす。
そんな視線を向けられても、俺には何も出来ない。
「ひどい。サム君も私から仕事を奪うの。」
ナナさんは軽く絶望する。
「いやいや、これはルルさんが適任ってだけでしょ。こ、今度からは、ナナさんに依頼を頼みますから、ね?」
俺は慌ててナナさんをなだめる。
「嘘よ。だってサム君、もうここには来ないでしょ?」
「あ、」
確かにそうだ。
ここにはリバルド学園への入学金を調達しに来ただけだ。
それに二百万以上の金をゲットした今、しばらくここに用はない。
「ひどい、やっぱりもう来ないのね。」
俺の沈黙から、ナナさんは察したようだ。
ナナさんは両手で顔をおおい、涙を流す。
「人にはそれぞれ、事情があるのよ。」
俺の代わりに、ルル姉が説得してくれたのだが、今のナナさんの耳に届くのだろうか。
そしてルル姉は、テルアさんにこっそり伝える。
「テルアさん、ナナさんのグチに付き合ってあげて。ギルドは交代時間まで、私の権限で閉めといていいから。」
「はー、またですか。」
ルル姉の申し出に、テルアさんはため息をつく。
「こんな事頼めるのは、テルアさんだけなのよ。」
「それってここには、私しか居ないって意味ですよね。」
ルル姉とテルアさんがにらみあう。
「分かったわ、ルル姉さん。」
しばらくして、テルアさんがおれる。
「ルル姉さんの悪口で盛り上がると思うけど、構いませんよね。」
とテルアさんがニヤける。
「ええ、構わないわ。ナナさんを頼むわね。」
ルル姉はそれだけを言い残し、俺の腕をつかんだまま、ギルドを出る。
俺にはひと言もなかった。




