第71話 ナナちゃんスペシャル
ギルドの受付嬢の美人姉妹、ルルさんとナナさん。
ふたりはお互いに、不満を持っていた。
そんなふたりの不満を知った俺の前に、ナナさんが怪しげな物体を持ってきた。
「おい、あれって。」
「ああ間違いない。あれはナナちゃんスペシャル。」
「あまたの挑戦者が散っていった、あのナナちゃんスペシャルか。」
「まさか、まだ挑戦者が現れるとは。どこの命知らずだ?」
ナナさんの持つ物体に、ギルド内がざわつく。
でもナナさんは、そんなざわめきを気にもせず、俺とルル姉の間にわってはいる。
「サム君は私のお客さんなの。私から仕事を取らないでよ!」
ナナさんは俺の腕をつかみながら、ルル姉をにらむ。
「ナナさん、」
ルル姉もナナさんの剣幕に、言葉が続かない。
「サム君もひどいよ。なんでルル姉なんかとしゃべってんのよ。」
「あ、いや、これは。」
ルル姉がギルドカードを見せろって言ったから、その流れでナナさんの事で話してたんだが、その説明をしても、今のふてくされたナナさんには、受け入れられないだろう。
「そ、それより、それがナナちゃんスペシャル?」
俺はナナさんが持ってきた物体に、話題をそらす。
「ええそうよ。私の愛情がたっぷりつまった、とっておきのオムライスよ。」
「お、オムライス。」
この世界にもあるのか、オムライス。
だけど俺の知るオムライスとは、明らかに違うぞ。
俺の腕をつかんでるナナさんは、強引にイートインの席に俺を引っぱっていく。
「さ、サム君、それは食べちゃだ‥」
「ルル姉は黙ってて。」
何か言いたげなルル姉を、ナナさんはギロりとにらむ。
一触即発な姉妹喧嘩勃発の状況下、席につく俺の前に、オムライスと称する紫色の物体がおかれる。
ギルド中の注目を集めるこの物体。
見た目は毒物そのものなのだが、ほのかにいい感じの匂いも混じってる。
誰もが食する事を、拒むこの物体。
だけどすでに魔素が尽きかけてる俺には、こいつを食する道しか残されてはいない。
「い、いただきます。」
俺はスプーンで紫色の物体をすくい、口に運ぶ。
そして俺の動きが止まる。
「ど、どうかな?」
ナナさんに声をかけられ、我に返る。
「え?」
我に返った俺だが、どこに帰ってきたのか分からず、聞き返してしまった。
「ご、ごめんなさい。やっぱりまずかったよね。」
なぜか謝るナナさん。
そうだ、俺はナナさんの手料理を食べてたんだ。
「いやいや、これすんげーうまいっすよ。」
自分の料理を否定するナナさんを、俺は全力で否定する。
「嘘よ。だってサム君、泣いてるじゃん。」
ナナさんに言われて、初めて気づく。
俺はナナさんの手料理を食べて、涙を流していた。
「そうか、俺泣いてたんだ。」
左手を目元に持っていくと、左手は涙でぬれる。
「俺、こんなおいしい料理、初めて食べた。」
改めて言葉にして、ますます俺の涙はあふれてくる。
思えば前世の俺は、入退院を繰り返していて、ろくな料理も食べた事なかった。
今生に転生しても、魔素の固まった子羊くらいしか、食べていない。
まともな料理など、食べた記憶がないのだ。
「うまいよこれ。最高だよ。」
俺は泣きながら、ナナさんの手料理をほおばった。
「嘘、私の料理を、おいしいって言ってくれるなんて。」
ナナさんは両手で口元をおおい、涙を流す。
ざわめくギルド内。
「な、アレをおいしいだと?」
「そこまでして、ナナちゃんの気を引きたいのか?」
「まさか、ナナちゃんの腕前が上がったとか?」
「いや、この匂いからして、いつものナナちゃんスペシャルだろ。」
なんて失礼なヤツらだ!
文句のひとつでも言いたい所だが、ナナさんの手料理がうますぎて、それどころではない。
ナナさんの手料理は、おいしいだけではない。
俺の魔素が凄く回復してるのが分かる。
この魔素の回復は、千尋峡谷の子羊の比ではなく、ソーマの泉に近い物があった。
なぜ他人には毒物でしかないナナちゃんスペシャルが、おいしく感じるのか。これには訳があった。
この世に転生した主人公は、どんな病気にもうち勝つ健康な身体を願った。
それは、一切の状態異常にならない身体を意味していた。
つまり、毒物を摂取しても、問題ないのだ。
そんな主人公が料理に味を感じるのは、料理そのものの味ではない。
主人公の感じる味とは、料理に注がれた愛情である。
ナナちゃんスペシャルと自分の名前を冠するこの料理には、目一杯の愛情が注がれている。
主人公にとって、これは究極にして至高の料理であった。
「はあ、うまかった。」
ナナちゃんスペシャルを完食した俺は、ゆったりと至福のひと時を堪能する。
尽きかけてた魔素も、充分回復した。
こんなうまい料理を知ってしまったら、他の料理なんて、食べられなくなるな。
まあ腹減ったら、なんでも食うけど。
「サム君、ありがとう。」
なぜかお礼を言うナナさん。
鋼鉄の微笑を維持しようとするも、涙が流れてうまく維持出来ないでいる。
「お礼を言うのは、俺の方だよ。こんなおいしい料理をありがとう。ごちそうさまでした。」
俺の感謝の言葉に、ナナさんの涙があふれる。
「サム君、私を泣かせないでよ。」
ナナさんは涙を見られないように、俺や冒険者どもに背を向けて、両手で顔をおおう。
ざわつくギルド内。
ひとりの冒険者の指が、ナナちゃんスペシャルのお皿にのびる。
いつもの俺なら、間合いに入らせる様な事はしない。
だがおいしい料理を食べた後の、至福のひと時。
特に殺気をはらまないヤツには、寛大にもなる。
「ぺ、なんだよこれ。全然マズいじゃん!」
思わぬ冒険者の暴言に、ナナさんもビクッとする。
俺もカチンとくる。
「あなた達!用もないなら、出ていきなさい!」
俺とナナさんよりも先にキレたのは、ルル姉だった。




