第70話 妹の言い分、姉の言い分
幻想旅団討伐を終え、魔素の尽きかけた俺は、ナナさんの手料理をごちそうになる事になった。
「サム君、言い忘れてたんだけどさ、」
ギルドの広間へ続く扉の前で、ナナさんの顔つきがひきしまる。
「えと、何をです?」
ここでひと呼吸はさむナナさんに、俺は聞き返す。
「幻想旅団討伐の事、まだ誰にも言っちゃダメよ。」
ナナさんからは意外な言葉が返ってきた。
この後、当然ギルド内はその話題で盛り上がるだろう。
「そりゃあ、俺も言いたくないけどさ。」
そう、俺がドラゴンである事を隠して、説明する自信がない。
だけど間違いなく、よってたかって聞いてくるだろう。
「まだ警備隊の調査が終わってないから、極秘扱いなのよ。これくらい、ルル姉が注意してくれてると思うけど、はあ、」
「ルルさんって、信用ないんですか?」
ナナさんのため息の意味を考えたら、そんな所だろう。
「そうなのよ。ほらあの人、近寄るなオーラをただよわせてるでしょ。だからみーんな、私の所に来やがるのよね。」
「はあ、そうなんですか。」
俺個人としては、作り笑顔のナナさんより、自然体なルル姉の方が話しかけやすい。
それにナナさんの周りには人が集まりすぎていて、話しかけづらい。
「そーなのよ。おかげで仕事の話しは、みんなルル姉にするでしょ。だからルル姉の方が仕事ができるって思われてんのよ。だからあんな態度も許されてる!あー、むかつく!」
「ちょ、声が大きいですよ。」
ここはギルドの広間に続く扉の前。
分厚い扉とはいえ、防音ではなさそうだ。
「ふう、それなら大丈夫。この扉を挟んで次元がちょっと違うから。サム君がどんなに叫んでも、ギルドの冒険者どもには気付かれはしない。」
ナナさんは鋼鉄の微笑を取り戻すが、瞳の奥の殺意は隠しきれてはいない。
「ちょ、ちょっと。なんで俺が叫ぶんです?」
正直次元が違うってのも引っかかるが、今はナナさんの発言の方が怖い。
俺になにかする気か?
「ふふ、冗談よ。さ、戻りましょうか。」
ナナさんは鋼鉄の微笑を維持して、扉を開ける。
出てきた俺とナナさんに、ギルド内がどよめく。
が、すぐに静かになる。だけど、どこかソワソワ感はぬぐいされないでいる。
俺に話しかけたいけれど、その気持ちを抑えている。
俺の方から話しかけないかと、待っている。
なんかそんな感じだ。
「じゃあ、ちょっと待っててね。」
イートインの席につく俺にそう声をかけて、ナナさんはバックヤードに姿を消す。
ギルド内は、普通にざわめきを取り戻していた。
俺への興味が無くなったのかと、これはこれで、少し寂しい気分になる。
「サム君、ちょっといい?」
俺に声をかけたのは、ルル姉だった。
ルル姉の気配が、少しなごむのを感じる。
ちょっと前まで、にらみを効かせていたけど、俺に話しかけながら、そのにらみを解いた感じだ。
なるほど。
だからみんな俺への接触をあきらめたのか。
「なんでしょう?」
俺は席を立ち、ルル姉に近づく。
「あなたのギルドカード、見せてくれるかしら。」
右手を差し出すルル姉に、すんなりとギルドカードを渡してしまった。
ってやばい。相手がギルド職員とはいえ、他人にギルドカードを手渡すとは、なんてうかつな行為だ。
ギルドカードはこの世界での身分証。どう悪用されるか、分かったもんではない。
「ふふ、やれば出来るのね、あの子も。」
ルル姉は俺のギルドカードを見ながら、優しげにほほえむ。
「おお、」
思わず見とれた俺は、間のぬけた声をだす。
「あら、どうしたの?」
見とれて声をあげた俺に、ルル姉が聞き返す。
「あ、えと、あの、その、お、俺のギルドカードがどうかしたんですか。」
いきなり天使の様なルル姉に声をかけられ、俺はちょっとパニくる。
「ああ、これね。」
ルル姉は俺にカードを返しながら続ける。
「ナナさんがちゃんと仕事出来るか、ちょっと心配だったのよ。ほらあの子、仕事そっちのけで、いつもくっちゃべってるでしょ。」
ルル姉のこの発言には、俺も少しカチンとくる。
それはナナさんの言い分を、先に聞いてたからだ。
「お言葉ですが、冒険者の相手をするって事は、立派な仕事ですよね。ナナさんだって、サボってる訳ではないですよね。」
「でも、それで本来の業務に支障がでてるのは、事実でしょ。」
ルル姉もすぐに、持論で反論してくる。
それには俺も心当たりがあるので、うまく返せずに黙りこむ。
「あなたの身分証発行に立ち会ったのは、誰だったかしら?」
黙りこむ俺に、ルル姉はたたみこむ。
「それに今回の幻想旅団の討伐依頼だって、あの時私がいたら、私から受けてたんじゃないの?」
そう、俺がこの討伐依頼を受ける時、ルル姉は千尋峡谷を抜けたドラゴン相手に、身分証発行の手続きをしていて、この場にいなかった。
だから俺は、おしゃべり中のナナさんに頼むしかなかった。
もしあの時ルル姉がいたら、ルル姉に頼んでいただろう。
だけどナナさんだって、好きでギルドの業務以外の事をしてるわけでもない。
「じゃあ、ルルさんも少しは冒険者と交流して、ナナさんの負担を減らしたらどうです?」
ルル姉が冒険者を相手にしないから、そのしわ寄せがナナさんにきている。
だからギルド職員としての本来の業務が出来ないってのが、ナナさんの言い分だ。
「ルルさんがギルドの仕事に専念出来るのは、ナナさんのおかげですよね。」
ナナさんがサボってるようなルル姉の感覚には、俺も違を唱えたい。
「そ、そんなの、無視すればいいでしょ。」
ルル姉も、慌てて反論する。
「でもルルさんのファンだって、結構いますよ。」
「え?」
ギルド内の様子を思いおこせば、ルル姉をチラ見してる冒険者も、結構いた。
かく言う俺も、ルル姉の方がタイプだ。
「あー、ルル姉。私のサム君を取らないでよ!」
ちょうどその場に、ナナさんが戻ってきた。
って、ナナさんが手に持っているお皿に乗ったその物体は、なんですか?
なんか紫色した物体が、お皿の上で怪しげにほのかに発光していた。




