第69話 魔素の回復方法
幻想旅団の討伐依頼に対する後処理が、ようやく終わる。
これからの予定として、リバルド学園に入学金を納めに行くのだが、その前に突きかけた魔素の補充をしたい。
近場のソーマの泉を利用するつもりだが、なぜかナナさんにとめられる。
「なぜです?ソーマの泉を飲めば、俺もナナさんとも対等に戦えるかもしれませんよ?」
前回言われたナナさんの言葉に、俺は反論する。
「私と対等、ね。確かにアレをうまく取り入れられるなら、私に勝ち目はないわね。」
ナナさんは少し弱気に首をふる。
「へー、なら後で戦います?俺がソーマの泉を飲んだ後で。」
俺はニヤける。
その戦いの結果が見えてるなら、その先の展開も見えてくる。
そう、ナナさんを力ずくで凌辱出来る!
「はー、サム君。あなたもこの世界で生きてくつもりなら、ソーマの泉に頼るのは、やめなさい。」
ナナさんに対する勝利を確信する俺に、ナナさんはあきれたようにたしなめる。
「どうしてです?俺がナナさんより強くなる事が、そんなに嫌なんですか?」
戦う事を振ったのは、ナナさんだ。勝ち目が無くなったからって、逃げるのは許さん。
「ふふ、私の善意を、そうとらえるのね。」
「善意?」
「ええ、ソーマの泉を多用すれば、いずれ理性を失う。人間への変化も出来なくなる。そしたらどうなるか、分かる?」
勝利を確信する俺に対し、ナナさんも怪しい笑みで返してくる。
「な、何を今さら。俺たちは基本はドラゴン。普通に生きればいいだけでしょ。」
と言い返しつつも、その言葉には大きな落とし穴があるのを感じる。
「その場合どうなるか、サム君も分かってるでしょ?ここに居られなくなるわ。さっき話題にあがった、ミシェリアのようにね。」
「うぐ、ドラゴンばれは、討伐対象になるんでしたっけ。」
それは、ルル姉からも注意された事だ。
形勢逆転とばかりに、ナナさんは勝ち誇る。
「ふふふ、私ひとりに勝てたとして、その後はどうするつもりなのかしらね?」
それは、この街に俺の居場所がなくなるって事だ。
ならば街の外に居場所を求めればいいが、そこにはすでにナワバリが形勢されてるはず。それこそ、弱肉強食の畜生道の世界が広がっている。
事前の知識もなくその世界に飛び込むには、人間としての前世の記憶が、激しく邪魔をする。
「はあ、俺が間違ってました。ナナさんの善意を素直に受け取れなくて、ごめんなさい!」
俺は、半ばやけくそ気味に謝った。
魔素の尽きかけてる今の俺は、ナナさんを怒らせる訳にはいかない。
「ふふふ、分かればいいのよ、分かれば。」
ナナさんは俺の不誠実な謝罪にも、満足げにニヤける。
ギルドの受付嬢として、沢山の冒険者を見てきたので、俺みたいなヤツの対処法も心得ているのか、余裕の対応だ。
で、ソーマの泉での魔素補給が出来なければ、どうすればいい?
このまま千尋峡谷の果てのホームを経由して、千尋峡谷の子羊をゲットするにしても、その距離が遠すぎる。
今の俺の転移魔法では射程外だ。
「あ、そう言えば、ここのギルドって飲食出来ましたよね?」
俺はこのギルドにイートインスペースがある事を思い出す。
「あーあれね。今は調理担当のテルアちゃんが外出してるから、やってないよ?」
ナナさんは俺の希望をうちくだく。
テルアちゃんとは、ルル姉の言いつけで警備隊本部に行ったウエイトレスさんだ。
そのテルアさんがひとりで飲食部門を切り盛りしてるとは、なんてブラックな職場なんだ。
「じゃあ、そのテルアさんが戻るまで、待ちますか。」
俺の言葉にため息がまじる。
そのテルアさんを待ってる間、ギルドの冒険者たちに質問攻めされるのは、目に見えている。
俺がドラゴンである事を隠して説明するのは、難しい。
「あ、だったら私が作ろっか?」
「え、ナナさんの手料理っすか?」
なんと、ギルドのアイドルナナさんが、俺のために手料理をふるまってくれる。
これはこれで、ギルドの冒険者たちの視線が気になるな。
「そ。題してナナちゃんスペシャル。」
「それはうまそうですね。」
ナナさんの解体作業を見ていた俺には分かる。
ナナさんは料理が得意だと。
これでゲテモノの類いが出てきた日には、なぜそうなるのかを、小一時間ばかし問い詰めなければならない。
「でも、評判はイマイチなのよね。」
なぜかナナさんの表情がくもる。
「まっさかぁ、誰が言ってるんです?そんな事。」
まあ、心当たりはルル姉しかいない。
ギルドのアイドルナナさんの手料理なら、冒険者たちの評判はいいはず。
それをルル姉が妬んでると見るのが妥当。
「それがねえ、食べた人はみんな、微妙な顔つきになるのよ。口ではおいしいって言ってくれてるんだけど、なんか無理してるみたいなんだよね。」
「へー、それは楽しみですね。」
みんなが言うからには、きっとそう言う事だろう。
素材解体の技術の高さが、料理に活かされないとは思えないのだが。これはやはり、小一時間ばかし問い詰める展開か?
怖いもの見たさというか、俺もナナさんの料理が楽しみになってきた。
「あー、ひっどーい。絶対まずいと思ってるでしょ。」
「えー、そんな事はないですよー。」
なんか、さっきまでとは立ち位置が逆になったような会話が続く。
そしてギルドの広間へ続く扉の前で、ナナさんの表情がひきしまる。




