第67話 転移魔法の真実
理不尽な理由で討伐対象になってるミーシャ。
その事にナナさんは、気づいてなかった。
「さて、と。白虎の解体も終わったわね。」
ミシェリア討伐の事を話してるうちに、白虎の解体も終わる。
俺も作業台の清掃を手伝わされる。
タッパーに詰められた素材は、二百を超えた。
そのタッパー群を前に、ナナさんはそろばんを弾く。
「うーん、ざっとこんなもんかしら。」
弾いたそろばんを、俺に見せる。
ざっと、2733980円なり。
「え、こんなに?」
あまりの桁数に、思わず驚く。
「まあ状態も良かったし、やっぱ神獣白虎の素材が高くついたわね。」
早速精算手続きにはいる。
金庫らしき物体のテンキーに、2733980と入力。
「ギルドカードを、ここにさして。」
「あ、はい。」
ナナさんに言われた通り、俺はギルドカードをさす。
表示された金額が、みるみる減っていく。
「額が額だから、ちょっと待ってね。」
どうやらギルドカードに素材の買取額が、振り込まれてるようだ。
これも口座連携機能のおかげか。
「へー、こうやって使うんですか。便利、なのかな?」
実際に現金を手渡されて、収納アイテムである降魔の腕輪にしまった方が、早い気がする。
「ふふ、そんな大金、このギルドにある訳ないでしょ。」
「はあ、そうなんですか。」
「あ、そう言えば。」
俺とナナさんは、同時にそのセリフを口にする。
「ど、どうしたんですか、ナナさん。」
俺は会話の主導権を、ナナさんにゆずる。
「サム君って、なんでこれが分かったの?」
ナナさんは再び、そろばんを取り出す。
「え、普通に分かりますよね。」
と言った後に、気づいた。
そう、そろばんは前世の知識であって、この世界に転生してからは、見た事もない。
「確か獅子の穴なら、読み書き計算が叩き込まれるから、そろばんも分かると思うけど、サム君って後継人付きで、千尋峡谷から出てきたんだよね。」
「俺、実は、その獅子の穴を脱走したんですよ。」
ナナさんからの、思わぬ助け船。俺はその助け船に乗る事にした。
「あら、よく脱走出来たわね。封じの首輪をつけられたでしょ?」
封じの首輪とは、ドラゴンに戻る事を防ぐため、人間に変化した時につけられる首輪の事。ドラゴンに戻ると五倍くらいの大きさになるため、この首輪によって首がしまり、死に至る。
「それなら、転移魔法で取れますよ?」
「え、何それ。転移魔法にそんな事出来ないでしょ?」
どうやらナナさんは、転移魔法という物を理解してないらしい。
「出来ますよ。」
俺はナナさんに右手を差し出す。
つられてナナさんも右手を差し出し、俺たちは握手する形になる。
ざわ。
一瞬ナナさんから殺気めいたものが放たれ、握る力が強くなる。
ドラゴンとしての本能。利き手を預けてきた相手を攻撃したい。
そんなドラゴンの本能を、ナナさんはぎりぎりの所で踏んばる。
「そのまま、しっかり握っててくださいね。」
ナナさんの殺気には一瞬驚かされたが、すぐに転移魔法を使って、ナナさんの背後に転移する。
「ほら、転移魔法なら、拘束も無意味ですよね。」
背後から声をかける俺に、ナナさんは反射的に後ろ蹴りを叩き込む。
「おっと。」
俺は今度はナナさんの前に転移する。
「あ、」
ナナさんは咄嗟に右手で顔を隠す。
一瞬俺が見たナナさんの表情は、殺意をむきだした物だった。
「サム君、」
ナナさんは右手を顔から離す。
そこにはいつもの笑顔が戻ってた。
「サム君の使うその魔法、転移魔法じゃないわよ。」
「うーん、」
ナナさんに言われ、俺も少し考える。
そう言えば幻想旅団に捕まってた青白いガキも、転移魔法の解釈は、俺と違ってたな。
他人の言う所の転移魔法より、俺の使うこの転移魔法は便利な印象はある。
つまり、あまり気にかける必要もないのかな?
「この魔法が転移魔法じゃなかったら、なんて言う魔法です?」
なんかどうでもよくなってきたので、逆に聞いてみる。
「私が知る訳ないでしょ。無色の時空系魔法自体、使い手がほとんどいない、幻の魔法なんだから。」
「つまり、ナナさんも転移魔法について、分かってないんですね。」
ぴき。
俺のひと言に、ナナさんの表情がひきつく。
そして俺の右手首をつかむ。
ナナさんからの殺意を感じなかったので、反応できなかった。
「この状態で転移魔法を使ったらね、私も一緒に連れてかれるか、サム君の魔素が私より劣る場合は、転移出来ないのよ。普通はね。」
今度こそ逃がさないという気迫が、ナナさんから感じられる。
「普通は、ですか。」
俺は転移魔法を使ってナナさんから逃れようとも思ったが、そろそろ魔素が枯渇する。
「確かに、俺だけ転移しようとする時って、普通に転移するより魔素を使いますね。」
密着状態からの自分を転移させる時は、その境界線を意識する。
逆に一緒に転移する時は、対象物の外郭線を意識する。
どちらも普通に転移するより、魔素は消費する。
転移魔法自体、慣れればそこらを散歩するくらい、気軽に使える。
今のナナさんの拘束から逃れる事も、実はたやすい。
だが、今後の危機に対する魔素は温存したいので、これ以上の転移魔法の乱発は避けたい。
「ナナさん、その、そろそろ離してくれません?俺、逃げれないっすから。」
転移魔法を諦めた俺は、ナナさんの手のひらの感触を堪能するモードに入っている。
そんな俺の気配を察したのか、ナナさんも咄嗟に手を引っ込める。
「そ、そう。私もつい、ムキになっちゃったね。」
ナナさんはいつもの表情を取り戻す。
まったく。俺がなぜそろばんを知ってるのかって話しから、大きく逸れてしまったな。
今度は俺の疑問を聞く番だな。
「ところでナナさん。俺、まだ幻想旅団討伐の報酬、もらってませんよね?」
後付け補足
転移魔法とは、その場所を忠実にイメージして、その場所のイメージに自己の姿を重ねる事で転移すると、以前書いた気がします。
一度行ってその場所のイメージをつかめれば、使用可能になります。
ならば、現在の中継画像や最近の写真でもあれば、転移は可能だったりします。
その場合、転移間の座標軸の把握が必須になりますので、その写真の場所の近くに見知った場所がないと、厳しいです。
以上が、主人公の転移魔法に対する認識です。
一般的に転移魔法を使う際、全身を魔素でコーティングして、転移します。これは主人公も無意識で行なってます。
次に転移先のイメージに、自分を重ねる訳ですが、今現在視界に入ってない場所を正確にイメージするのは、一般的に厳しいです。
そのため、視界内にしか転移出来ないのが、一般的です。
そして何かを持って転移する場合は、その一緒に転移する物体も魔素でコーティングする必要があります。
このコーティングが不十分なら、転移魔法は不発に終わります。
誰かと一緒に転移する場合、術者の魔素に拒否反応がある者には、転移時に魔素を乱される場合もあります。
そしてこのコーティング外なら、身につけた物でも取り残して転移出来ます。
しかしこの魔素の調整は、一般的には不可能な部類になります。
この魔素の調整を無意識に出来る主人公だからこそ、手にした物体を、手の届く範囲内に転移させるという、転移魔法の応用が可能になります。
この手の届く範囲というのが、主人公が無意識に行う魔素のコーティングの範囲になります。
つまり主人公が魔素のコーティングを意識すれば、手にした物体だけを、遠くに転移させる事も可能になります。
転移魔法とは別に、帰還魔法があります。
帰還魔法はその場所のイメージを強く持つ事で、視界の外からの転移を可能にします。
ですが帰還魔法を使用する場所と帰還場所との、正確な座標軸の把握が必須のため、多くの場所を帰還場所に設定するのは困難です。
ども(・ω・)ノ
今回の転移魔法の説明は、こっちに書こうと思いましたが、やめました。
やっぱ本編として、明かされるべきですよね。
そんな訳でこの連載、これからしばらく、週一にします。
ストックが貯まり次第、週二、週三に戻したいと思います。




