第51話 活動記録
ギルドで盗賊討伐の依頼を受けるには、契約金が必要だった。
お金など持っていない俺の代わりに、立て替えてくれたのはなんと、ミーシャを狙う刺客だった。
お金を置いて刺客は、とっととイートインの席に戻り、食事を続ける。
「あのー、よろしいのですか?」
ナナさんは笑顔で聞いてくる。
「ああ、これで頼む。」
刺客が何を考えてるのかは知らんが、これはありがたく頂だいしとこう。
ギルド内がどよめく。
誰かに立て替えてもらう事自体、冒険者としてのプライドを疑う行為らしい。
そんな空気が、ギルド内にはただよっている。
だが、ナナさんの笑顔からは、そんな感情を読みとれない。
つかこの人、何考えてんのか、分からん。
この笑顔に、悪意があるのか無いのか。ただの天然なのか。
「分かりました。幻想旅団の討伐依頼料は、契約金2万4千クレカで、確かにたまわりました。」
ナナさんは2万4千クレカを、小さな箱に入れる。
「では、あなたのギルドカードをお貸しください。」
「あ、はい。」
俺はギルドカードをナナさんに渡す。
ナナさんは俺のギルドカードを、箱の挿入口に突き刺す。
ガチコン。
何やら物ものしい音がして、ギルドカードが取り出される。
「これでこの依頼、幻想旅団の討伐は、あなたに依頼されました。」
ナナさんは、俺にギルドカードを返す。
にこにこ。
…
俺はナナさんの次の言葉を待つ。
にこにこ。
…
「あの、ナナさん?」
「はい?どうかなさいました?」
にこにこ。
ナナさんは、相変わらずにこにこしてるだけだ。
「えと、依頼の説明とかないんですか?」
普通、依頼内容とか、依頼終了の報告の仕方とか、説明あるもんだろ?
「説明も何も、その依頼書に書かれてる通りなのですが。あ、この幻想旅団が依頼を受けてない誰かに討伐されちゃったら、依頼料金の払い戻しは発生しませんですよ?」
ナナさんは笑顔のまま、無言の圧力をかけてくる。
俺をとっとと追い出したいらしい。
だが、俺も説明を受けるまでは、ここを離れられない。
「あ、あのですね、ナナさん。この依頼は、どうしたら完了します?」
俺は依頼の報酬の受け取り方を知らない。
このまま盗賊団をこらしめてきても、その後どうすればいいのか、知らない。
ナナさんは、あー、とひと言発した後、更に笑顔が弾ける。
「そう言えばあなた、Fランクでしたね。討伐依頼は受けられないはずでしたから、知らないんですよね。」
ナナさんのはきはきした物言いに、ギルド内からくすくす笑い声がする。
「ええ、知らないから、教えてくださいよ!」
俺も少し熱くなる。
「えっとですね、討伐依頼の場合、討伐対象を拿捕して連れてくるか、死体を持ってくるか、その確認を持ちまして、討伐依頼の完了となります。」
「え?」
俺はナナさんの言葉に、ゾッとする。
「死体って、殺すの?」
「えと、討伐したら、そうなりません?」
俺の疑問に、ナナさんはさも当然と答える。
「いやいや、冤罪だったら、どーすんの。」
「えんざい?」
俺の当然の疑問に、ナナさんは首をかしげる。
「と、盗賊団だって、悪い人達ばかりじゃないでしょ。中には、脅されて加わってる人とか、居るかもしれないじゃん。そんな人も殺すんですか!」
「当ギルドに討伐依頼が提出された以上、いかなる理由があろうと、討伐対象である事には、変わりません。」
ナナさんは笑顔のままだが、こちらを圧倒する威圧感をかもしだす。
「それは、誰かを殺せって依頼されれば、討伐対象になるって事ですか。」
俺もナナさんの威圧感に負けじと、威圧する。
私怨で討伐対象になりえる事など、あってたまるか。
そう、このギルドの掲示板には、ミーシャの討伐依頼書が貼り出されている。
「そこは、当ギルドでもしっかり吟味されています。なんの罪もない人が討伐対象になる事は、断じてありえません!」
ナナさんは笑顔のまま、はっきり言いきった。
「そ、そうですか。分かりました。」
ギルドの受付嬢であるナナさんに言いきられては、信じるしかない。
ミーシャの討伐依頼については、後で言い訳を聞いてやろう。
「分かってくれて、何よりです。」
ナナさんの笑顔から、早よ行けやって意思を、強く感じる。
「あの、まだ何か?」
受け付けの前に居座る俺に、ナナさんはいらだった笑顔を向けてくる。
「まだ何か、俺に言ってない事、ありません?」
「ありません。後は依頼書読んで、早く行きやがれです。」
ナナさんのブチ切れそうな笑顔に、ギルド内がざわつく。
うん、あるんだな。俺に言ってない事。
ギルド内のざわつきから、活動記録と言う単語を耳にする。
「ナナさん、活動記録って、なんですか?」
「え?活動記録をご存知ない?」
ナナさんは何故か、呆気にとられてる。
「ぷ、あーははは、」
ナナさんは急に笑いだす。
しかも腹をかかえて、受け付けの机に顔を伏せる。
「何がおかしい!」
俺は思わず受け付けの机を叩く。
こちとら、早く依頼をこなしたいのに、何なんだ、こいつは!
ナナさんは笑いを抑えながら、机を叩いた俺の右拳を握る。
「う、」
なんか、すごい握力。
「サム君、だっけ?君、面白すぎるわ。」
顔を上げたナナさんは、笑いすぎて涙目になってた。




