第39話 この世界の人間って
かつてドラゴン族のために立ち上がった、竜王と呼ばれるギースンドラゴンがいた。
彼の敗北には、彼を友と呼ぶあるターズンドラゴンが関わっていた。
俺には色々と教えてくれたあのおっさんが、そんな事するとは思えなかった。
「何が分かったの?」
前回ミーシャのお願いを聞いた俺に、ミーシャが真剣な表情で聞いてくる。
「えと、ミーシャが王女様である事を忘れる。それと、ミーシャの本名も忘れる。」
俺はミーシャに見とれながら、答える。
「うん。あんたがポロっと言ってしまったら、あんたも殺されるかもしれない。私は刺客に命を狙われてるから。」
ミーシャはシレッと恐ろしい事を言ってくる。
更に刺客に狙われてるとか。
ミーシャの全身にあった傷やらアザやらは、睡眠をとったためか俺の回復魔法のおかげか、大分目立たなくなっている。
そう言えば、その刺客が千尋峡谷まで追ってきたみたいな事を、おっさんが言ってたな。
あ、あのおっさんの名前、聞きそびれたな。
やはりこれは、ミーシャに呪いをかけたヤツが、糸を引いてるのだろうか。
こんな美少女を、なんて目にあわせるんだ。
しかも、誰も味方しないなんて。
ミーシャはどこぞの王女様だろ。
なんて思ってたら、ミーシャを抱きしめてた。
「ちょ、急に何するのよ。」
ミーシャは一瞬ビクつく。
俺との力の差が分かってるからか、そこからの抵抗はしない。
「ミーシャは、俺が守るよ。」
俺は本心をつぶやいた。
ミーシャは一瞬ビクつく。
「そう、守ってくれるんだ。何をたくらんでるの?」
「え?」
ミーシャからの意外な返しに戸惑う俺を、ミーシャはおしのける。
「私を守って、あんたになんの得があるの。」
ミーシャは涙をにじませた瞳で、俺をにらむ。
「なんの得って、」
と言葉にして、俺も理解した。
俺たちは、ドラゴン。
人間に変化してるとは言え、畜生道に生きるドラゴン。
自分の利益にならない事は、基本的にしない。
「ミーシャ、俺はおまえを守りたいだけだ。」
俺の言葉に、ミーシャは数歩後ずさり、その場にしゃがみこむ。
「ははは、なに?これからは、あんたにおびえて、いきてかなくちゃなんないの?」
ミーシャはなぜか、あまりの恐怖に笑みを浮かべてしまう。
俺のミーシャを守る発言は、ミーシャの自由を俺が奪い、俺がミーシャを自由に扱うと、とらえられたみたいだ。
基本的に、自分の利益にならない事は、しない世界だからな。
俺はミーシャに近づき、しゃがみこむ。
全てをあきらめた笑みを浮かべてたミーシャだが、俺を前にして、表情をこわばらせる。
「ミーシャ、確かに俺たちはドラゴンだ。」
俺は左腕の肘から下を、部分竜化。
「部分竜化!あんた、そんな事も出来るのね。」
ミーシャの表情が死んでいく。色々あきらめたみたいに。
俺は、そんな目的で部分竜化した訳ではないので、少しイラっとくる。
その部分竜化を解き、人間の腕に戻す。
「だけど、人間でもあるんだ。」
まあ、人間に変化できるってだけで、中身はドラゴンなんだけどね。
「人間なら、守りたい者を守るのに、見返りなんか求めないだろ。」
俺はニコっと笑ってみせる。
誰かに見せる笑顔なんて、これが初めてなので、うまく伝わるか分からない。
ただ、今のミーシャを安心させたかった。
ミーシャは一瞬ビクッとして、表情を一瞬こわばらせた。
俺の初めての笑顔は、失敗だったみたいで、少しこっ恥ずかしい。
その後ミーシャは、笑いをかみ殺す。
「あんた、人間に会った事あるの?」
「え?」
俺の前世は人間だから、人間に会った事はある。
だけど今生では、ドラゴンが変化した人間にしか、会ってはいない。
それに、世界も違う。
「その様子じゃ、会った事なさそうね。」
ミーシャは俺の心をみすかす。
そしてその表情にも、余裕がよみがえる。
少し前まで、ミーシャに下に見られるのはムカついた。
だけど今はなぜか、安心してしまう。
「人間はね、私たちドラゴンより、狡猾で残忍な生き物よ。」
ミーシャはキリッとした表情で、そう言い放つ。
「親切心を装って、裏で何を企んでるのか分からない。今の、」
今のあんたのようにね。
ミーシャはそう続ける言葉を、飲みこんだ。
「そんな。」
俺はミーシャの言葉に、ショックを受ける。
畜生道のこの世界では、人間もそんなヤツらなのか?
俺は言葉通り、ミーシャを守ってやりたいだけだ。
別に下心とか、ある訳でもない。
そりゃあ、これを機会にミーシャと仲良くなりたいけど。
そしてゆくゆくは、ミーシャは俺の嫁!になってはほしいが。
「ふふ。」
戸惑う俺を見て、ミーシャは笑いをこぼす。
「あんた、ほんとに世間知らずなのね。」
「むう、」
ミーシャの言葉に、何も言い返せない。
「本なんか読む前に、世界を見てきたら?」
しゃがみこんでたミーシャも、スックと立ち上がる。
「でも、私の事は守ってくれるんでしょ?よろしくね。」
ミーシャは眩しい笑顔を俺にみせる。
俺は思わず目をそらす。
俺に出来なかった事を、簡単にやってのけるミーシャはずるい。
そんな俺を見て、ミーシャがニヤけてるのに、俺は気づかなかった。




