第38話 おっさんの素性
この物語の初期ヒロイン、ミーシャの本名が判明した。
ミシェリア・ドラスティ・ウル・プテラ。
しかも、ビルーソ王国連邦の第三王女にあらせられる。
元々千尋峡谷編のみの出演予定だったのに、温泉回辺りから人気が出始めた。
真のメインヒロインは、どうなってしまうのか。
俺のミーシャに対する気持ちが、分からなくなってきた。
千尋峡谷にいた頃は、いつかはめちゃくちゃにしてやりたい、凌辱対象でしかなかったのに。
転移魔法を使う際、股間を押し当てたのが、凄くこっ恥ずかしい。
あの時は、それでもまだ足りないと思ってたのだが。
「な、何よ。」
俺の先を歩くミーシャが、照れた表情でふり向く。
俺は思わず目をそらす。
「な、何でもない。」
俺はそのひと言で、精一杯だった。
「ははーん。」
そんな俺に対し、ミーシャはなぜかニヤける。
「な、なんだよ。」
ぶっちゃけ今の俺なら、ミーシャを力でねじ伏せる事は出来る。
しかし、ミーシャに対して、そんな事はしたくない。
畜生道を生きるドラゴンなくせに、なまじ人間に変化できると、こんな気持ちになるのだろうか。
それに、雛は初めて見た者に懐くと言う。
俺が初めて見たのは、俺の両親と思しきドラゴンだった。
だけどあの冷たい目に、懐こうとは思わない。
千尋峡谷に落とされた俺が、初めて出会ったのがミーシャだった。
ミーシャは優しく、千尋峡谷の事を説明してくれた。
俺のドラゴンとしての本能が、ミーシャに懐いてしまったのかもしれない。
ふとミーシャの方に視線を向けると、ミーシャはまだニヤけて、俺を見ている。
「な、なんだよ。」
俺はまた視線を逸らす。
「うふふ、なんでもなーい。」
ミーシャはおちゃらけて返すと、そのまま歩きだす。
俺は少し、ムカっぱらをたてる。
どうもミーシャに下に見られるのは、ムカつく。
「そうだ、ミーシャってさ、王女様、なんだって?」
俺は見下すミーシャと普通に話しをしようと、ミーシャに質問する。
「今、なんて言った?」
ニヤけたミーシャの表情が、引きしまる。
そんなミーシャに、今度は俺がニヤけてしまう。
「えと、ミーシャって王女様なんでしょ。ビルーソ王国連邦、だっけ?」
「それ、どこで知ったの?」
ミーシャはうつむいたまま、静かな口調で聞き返す。
さっきまでのニヤけたミーシャを相手にするより、気分がいい。
「おっさんが教えてくれたんだよ。」
「おっさん?」
「ほら、このホームにいた、あのおっさん。ミーシャの事、ミーシャ様って呼んでたから、ミーシャも知ってるんじゃない?」
ぶちぶち。
何かが切れる音がする。
「あの野郎、余計な事を。」
言葉を絞り出すミーシャ。そこに涙が混じってるように感じるのは、気のせいだろうか。
「つかあのおっさん、何者なんだ?」
俺は聞きそびれた事を、ミーシャに聞いてみる。
「あいつは、ターズンドラゴン伝説の長。かつてギースンドラゴンの王とともに、ドラゴン族のために立ち上がった男よ。」
「ふーん、で、ミーシャとはどんな関係?」
なんか、おっさんの設定を語りだしたぞ。
ミーシャはうつむいたまま、震えている。
「…」
「どったの、ミーシャ?」
うつむいて、小声で何か言うミーシャの顔を、覗き込む。
数話前にミーシャにやられた事の、お返しだ。
だが、俺はすぐに顔を上げる。
ちょっとしか見なかったが、ミーシャは泣いている。
「ご、」
俺はごめんと言いそうになったが、言葉を飲みこんだ。
それは、ミーシャの泣き顔を見たと白状するようなものだし。
ミーシャはうつむいたまま、俺に体当たり。
俺の胸におでこを押し当て、両手で顔を覆っている。
俺は突然の状況に、どうしていいか分からず、とりあえず震えるミーシャの肩に手を置く。
一瞬ビクッとなるミーシャの身体。
だがすぐに落ち着く。
「あいつはね、ドラゴン世界の覇権を狙ってる、野心家よ。利用できる物は、何でも利用する。そして利用価値の無くなった物は、簡単に切り捨てる。この私のようにね。」
ミーシャの声が、涙でかすむ。
「サム。あんたも気をつけた方がいいわよ。」
ミーシャはそう付け加えるが、あのおっさん、俺には基本、協力的だったからなあ。
「でもあのおっさん、竜王に敵対しなければ、俺の味方らしいぞ。」
「ばかね。」
俺のおっさんを擁護する発言に、ミーシャは静かに反論する。
「その竜王を裏切ったのが、あいつなのよ。状況が不利になった時、あいつは自分が助かるために竜王の封印に、協力した。今はその事実を隠して、ドラゴン達を煽ってるわ。」
俺の接したおっさんからは、ミーシャの語るおっさんは想像できない。
「あいつは信じない方が、身のためよ。それに、あいつから聞いた私の事は、忘れて。」
ミーシャは顔を上げると、涙をふいて俺を見つめてくる。
「わ、分かったよ。」
ミーシャに見とれた俺は、そう答えるしかなかった。




