第36話 戸惑い
千尋峡谷の果てにある、ホームと言う名の建物。
俺とミーシャはふたりきり。
ならば、これからおきる事は、ひとつしかない!
そんな俺の気持ちをミーシャに規制され、俺はやり場のない憤りを覚える。
「あんた、知らないわよね。このホームからの出方。」
ミーシャは、俺をキレさせないぎりぎりのラインが、分かってきたようだ。
「あ?普通に出口から出ればいいだけだろ。」
「ち、ち、ち。」
俺の答えに、ミーシャは指をふる。そして一枚のカードを取り出す。
「このホームは、あるギースンドラゴンの封印を護るために建てられたの。通行許可証を持たない者は、何人たりとも、抜け出せないのよ。この千尋峡谷からは。」
「はあ?」
つまり俺は、この建物経由では、千尋峡谷の外に出られない。
俺が出るには、また千尋峡谷の縄梯子を登り、獅子の穴を経由して出なければならない。
「おいおい、あのおっさん、何も言ってなかったぜ。俺をここに閉じ込める気だったのか。」
俺に気を配ってた様に見えたあのおっさんも、所詮は畜生道のケダモノ。自分に益が無い事はしないのか。
「はあ?何言ってるのよ。あんたがこんな所で、本なんか読んでるからでしょ。」
ミーシャはおっさんを擁護する。
「通行許可証を持つ者が一緒なら、あんたも一緒に出られたのよ。あんたが本なんて読んでたら、そりゃしびれきらすわよ。」
「はあ?そう言う事は、先に言えって。」
「あんたが言わせなかったんでしょ。」
「なに?」
ミーシャはあくまでおっさんを擁護し、俺に非があると言う。
「あんた、見下してるでしょ。その人の事、私の事も。」
「そ、そんなつもりは、」
ミーシャに言われ、俺は言葉につまる。
「そんなつもりは?」
ミーシャが俺の言葉じりをつかむ。
「…」
俺は何も言い返せず、うつむくしかない。
「ないとは、言いきれない?」
ミーシャに優しい口調で問われ、俺は思わずうなずいた。
「あんたも強くはなったけど、ひとりでは生きられないのよ。」
「え?」
ミーシャのその言葉に、思わず顔をあげる。
畜生道のこの世界で、それを言うのか。
「だって私も、あんたがいなければ、ここに来る前に力尽きてた。」
「で、でも、俺の転移魔法のせいで、ミーシャは魔素が尽きたんだぜ。し、信頼してないヤツと転移魔法を使うと、そうなるらしい。」
俺に感謝するミーシャに、後ろめたさを感じてしまい、本当の事を言う。
これを知ったらミーシャも、俺にお礼しようとは思わないだろう。
ミーシャは首をふる。
「あんた、私に回復魔法をかけてくれたじゃない。」
「え?」
「回復魔法って、普通は自分にかけるものよ。他人に使う人なんて、いないわよ。ありがとう、サム。私を助けてくれて。」
ミーシャは笑顔でほほえむ。
「う、」
俺は直視できず、目をそらす。
別に、ミーシャを助けるつもりで回復魔法を使ったんじゃない。
使えるようになったか、確かめただけだ。
「どうしたの?サム?」
そんな俺の顔を、わざわざ覗き込んでくる。
心配してそうな表情で。それも、吹き出しそうなのを堪えてるのが、丸わかり。
「な、何でもない!」
俺はまたまた、目をそらす。
少し前の俺なら、怒りをぶちまけてた所だ。
ミーシャとの会話で、俺も丸くなったのか。
思えば、他人に感謝されるのは、初めてだ。
前世の俺は病弱なため、学校にも行けず、ひとりで過ごしていた。
時間が有り余ってた俺がまずしたのは、教科書の読破だった。
そこから興味を持った分野の本を、読み漁った。
そんな本を探すのに戸惑って、両親は俺にタブレットを渡した。
自分で電子書籍を買い漁れって。
そして医学書にたどり着いた俺は、自分に将来がない事に気づく。
そんな俺を、看護師のお姉さんは笑顔ではげました。
その笑顔が、憎かった!
そんな笑顔を、めちゃくちゃにしてやりたかった!
身体が思うように動かなくなった頃、元気になったらそうしてやろうと、それだけを頼みに生きていた。
その結果、畜生道に転生したわけだが、前世でも人に感謝される行動が取れてれば、何かが違ったのだろうか。
「ふふ、それじゃ行きましょう、サム。」
俺を茶化すのにあきて、ミーシャは歩きだす。
まだここで本を読んでいたい気持ちもあったが、俺はミーシャの後を追った。




