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第35話 同族は殺さない

 千尋峡谷の外に広がる世界。

 そこはどんな世界なのか。

 俺はこの目で見るより先に、この世界の知識をつめこむ。





 俺が書庫に篭って、どれくらいの時間が経っただろうか。

 それすら把握出来ないほど、俺は読書に没頭する。


 パタン。


 読み終えた本を、書庫に戻す。

 なんか腹減ってきたので、ソーマの泉に行く。

 ソーマの泉の魔素のおかげで、俺は飢える事なく、篭ってられる。


「うお、」

 書庫から出た所で、いきなりミーシャと遭遇。


「なんだミーシャか。脅かすなよ。」

 危うくミーシャとぶつかる所だった。


「あんた、変わってるわね。」

「変わってるって、何が?」

 ミーシャの物言いに、少しカチンとくる。


「こんな所で本なんて読んでて、楽しいの?」

「そりゃ楽しいだろ。この世界の事が分かるんだぜ。」

「そんなの、このホームを出て、自分の目で見ればいいじゃん。」

「はあ?見ただけじゃ分からんモノもあるだろ。」


「見なくちゃ分からないでしょ。」

 ミーシャはやれやれって感じで言ってくる。

 なんかむかつく。

 このまま平行線の会話をしても仕方ないので、俺はとっととソーマの泉へ向かう。


「あ、待ってよ。」

「うお、」


 ミーシャはいきなり俺の手をつかむ。

 俺はバランスを崩すが、ミーシャの手を逆につかんで引っ張る。


「きゃ。」

 俺の代わりに、ミーシャがバランスを崩して尻もちをつく。

「もー、何するのよ。」

「それはこっちのセリフだろ。」

 そう、俺がミーシャの手を引っ張らなければ、俺が尻もちをついてた。


「わ、私はただ、あんたにお礼を言いたくて、待ってただけなのに、こんな事するなんて、酷くない?」

「はあ?待ってたって?そんなの、ひと言声かければいいだけだろ。」

「あ、あんたが本に夢中だったから、読み終わるのを待ってたのよ。」

「おいおい、変わってるのはどっちだよ。」


 俺に色々教えてくれたあのおっさんも、既にこの建物を去っている。


「何よ。借りたモノは、きっちり返す。それだけの事でしょ。」

 ミーシャも変わってると言われて、少しカチンときたようだ。

「借りたモノ?」

 俺はミーシャに何か貸した覚えはない。


「あんた、私を連れてきてくれたでしょ。転移魔法で。」

「げ、」


 俺が転移魔法で連れてきたから、ミーシャは魔素が尽きた。

 その恨み言でも言われるのかと思ったが、ミーシャは気づいていないみたいだ。


「だから、私を助けてくれたお礼をしたいのよ。」

「ふーん、お礼ね。」

 俺はニヤけながら、ミーシャの身体を見る。


 絶世の美少女のミーシャの身体は、これまた最高の芸術品ともいえる。

 これを好きにしていいなんて、最高のお礼だぜ!


「だ、誰が身体でお礼するって言ったのよ!」

 ミーシャは顔を引きつらせて、数歩あとずさる。


「あ?お礼したいって、おまえが言ったんだろ?」

 俺はミーシャにすり寄る。


「こ、来ないで!」

 ミーシャはどこで手に入れたのか、短剣を自分のノドにつき当てる。

「そ、それ以上近づいたら、死ぬわよ!」

「はあ?」

 ミーシャの奇行の意味が分からない。


「あ、あんた言ってたよね。同族は殺したくないって。」

「ああ、言ってたっけ?」


 そんな事言っても、既に何匹か殺してんだよね。同族のドラゴン。


「ど、ドラゴンは殺しても、人間は殺さない。私がドラゴンに戻ったら容赦なく殺すけど、私が人間の姿でいる限り、あんたは私を殺さない。違う?」


 ミーシャは引きつった笑顔をみせる。

 短剣を持つ手も、小刻みに震えている。

 自分の発言に確証はないけど、信じたい。

 そんな賭けに出たミーシャの気持ちが、滲み出ている。


「ち、」

 俺は畜生道に堕ちた人間だ。

 目の前の美少女に、凌辱の限りを尽くしたい。

 そんな気持ちは、確固として存在する。

 だけどその凌辱対象は、美少女であって、ミーシャではない。

 そう、この美少女がミーシャだと知ってしまったら、俺の心にもブレーキがかかる。


 それに、転移魔法でミーシャの魔素が尽きた事実。

 それはミーシャが俺を信頼していない証。

 ミーシャに信頼されていなかった事が、俺の心に重くのしかかる。

 俺は、ミーシャの信頼を勝ち取りたいと、思ってしまった。


「図星のようね。」

 俺が言葉につまるのを見て、ミーシャは安堵する。

 自らのノドに突き立てた短剣を、ゆっくりとおろす。


「じゃあ、あんたが転移魔法で連れてきてくれた貸し、きっちり返すわね。」


 ミーシャのこのひと言に、俺の心がゆすられる!


 俺は右手でミーシャの短剣を握り、左手でミーシャの口をふさいで、そのまま後ろの壁に叩きつける!


「ひ、」

 俺の突然の蛮行に、ミーシャは目を見開く。


「勘違いすんなよな。」

 俺は声をしぼりだす。


 ミーシャを転移魔法で連れて来たけど、その結果ミーシャの魔素が尽きたのだから、感謝される言われはない。

 俺は人間を殺さないのではなく、ミーシャだから殺さないって事。

 そして何より、ミーシャに上に立たれるのが、凄くむかつく。


 俺はミーシャの口から手を離すと、短剣を握りしめる。

 短剣は俺の握力で、砕け散る。


「勘違いって、何を?」

 ミーシャはそう言いたげだったが、言葉にはしなかった。

 しかし、俺の心には、はっきりと聞こえた。


 そんなミーシャをにらむだけで、俺は何も言えなかった。



 そんな俺を見て、ミーシャは何かを確信する。

 ミーシャの目から怯えが消えたのに、俺は気がつかなかった。

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