第34話 回復魔法
ここは千尋峡谷。様々な理由で捨てられたドラゴンが暮らす場所。
そして俺が今居るのは、千尋峡谷の果て。ここから外へ出られる。
だが、外での生き方を、俺は知らない。
「外の世界の知識は、獅子の穴で得られるはずだったんだけどな。」
おっさんはため息をつく。
あそこ、行く意味なかったもんな。
この世界がどうなってるのか。それを俺は知りたい。
「なあ、他に無いのか。学校と言うか、教育機関。」
この世界に人間がいるなら、学校くらいあるだろう。
「学校か。ドラゴンが通える学校は、将来的に人間社会に溶け込むヤツらのための学校しか、存在せん。」
「人間社会に、溶け込む?」
「つまり、ドラゴンの姿でいるより、人間の姿での生活を選ぶヤツらだ。」
「それって、つまり。」
今この場で話している、俺とおっさん。
俺たちは人間の姿だ。そして今は眠っているミーシャも、人間の姿だ。
「何を好きこのんで、人間のまねがしたいんだか。」
おっさんは俺の思いに気づいたらしく、首をふる。
「俺は知りたいだけだ。この世界の事を。」
「ふ、それならこのホームの書庫でも出来る。」
「書庫?」
「ま、文字を知らなければ、読む事も出来んがな。」
「文字なら読めるぜ。」
「何?」
「読み書き計算、だっけ。それなら獅子の穴で体験してきた。」
「な、そんな事、一朝一夕で出来る事ではないぞ。」
「いいから、案内しろって。」
俺はおっさんを急かす。
そして書庫に到着。
なんか、市立図書館くらいの広さはありやがる。
無駄に広くねーか?
何を貯蔵してるんだか。
「おまえが読みたい歴史書や地政学書は、あの辺りだな。」
おっさんが書庫の一角を指差す。
この世界の事が知りたい。そう言う俺の要望に答えての発言だが、俺は別の本に興味を示す。
「初級魔導書?」
俺は目についたその本を、引っ張り出す。
「そう言えば俺って、竜王が覚えた初級魔法は使えるんだよな。転移魔法以外、まだ知らんけど。」
俺は本をパラパラめくる。
炎系魔法、水系魔法、土系魔法。
水晶玉を光らせる魔素の三原色と、呼応するらしい。
「ふ、その本はダメだ。初級魔法の種類を辞典的に載せてるだけだ。実際魔法が使いたいなら、系統別の魔導書を読め。」
「ふーん、俺は無色だっけ?」
確か、水晶玉の輝く色で、別れてんだよな。
赤、青、緑。天啓を受けてるヤツが金で、俺は無色。
「無色なら、時空系や補助系だな。」
おっさんは、一冊の魔導書を俺に渡す。
「時空系魔法の勧め?」
そいや、時空系はレアだってミーシャが言ってたな。
「あれ?回復魔法?」
その本には、回復魔法も載っていた。
「回復魔法なら、全ての系統に存在するぞ。それぞれの系統で解釈が違うからな。」
「ふーん。」
時空系の回復魔法は、対象の時間を傷つく以前に戻す魔法と、自己治癒能力を活性化させて時間を早送りする魔法があるらしい。
自己治癒能力に働きかける魔法の方が、簡単らしい。回復量は被験者に依存するみたいだが。
「なるほど。」
俺は魔導書をパタンと閉じる。
魔法なら、実際使ってみないと覚えたのか判断出来ない。
そしてこの建物には、いい被験者がいる。
その被験者、ミーシャの枕元に立つ。
「こうかな?」
俺は左手をミーシャのひたいにかざす。
ミーシャの全身を巡る魔素の流れを、少し加速するイメージ。
対象のミーシャは寝たままなので、効いてるのかが分からん。
ちなみにこの世界の魔法は、術者の体内の魔素を、大気中や対象者の魔素や成分に働きかける事で、成立するらしい。
そのイメージを固定するための詠唱もあるが、イメージの把握が出来てるなら、詠唱は無くても魔法は成立する。
「そうだおっさん。ここの書庫は自由に使っていいのか?」
俺はそのつもりだったが、一応聞いてみる。
おっさんにメリットが無ければ、おっさんが俺に貸す意味がない。
「ふ、何を今さら。と言いたいが、ここは一般に解禁されてはいない。」
「なに?」
それは、俺は何か、対価を要求されるって事か?
「竜王の封印を護るために、このホームは作られた。つまり、竜王に敵対する者は、入館自体を拒まれる。」
「そうか。俺はまだ竜王に味方するとも、決めてないんだがな。」
つまり竜王に敵対しない限り、俺はフリーパスって事でいいのか。
おっさん自身、俺を敵に回したくないだけかもしれんが。
以前来た時、竜王の封印を解くのも強めるのも、俺の自由だと聞いた気がする。
「ふ、おまえが敵対しない事を願うぜ、サム。じゃあ、俺はもう行くからな。」
「ああ、うん。」
行くってどこへ、と思ったが、俺は書庫の本を読み漁りたい衝動にかられてる。
しばらく篭りたい気分だ。
「ここを出たら、リバルド学園を訪ねるがいい。おまえが望む、学校だ。」
「ああ、分かったよ。」
足が書庫に向かってる俺は、生返事を返す。
おっさんの言葉を、ここを出たら学園編が始まる。
なんとなくだが、そう理解した。




