第32話 ドラゴンと人間
ミーシャと共に、千尋峡谷の果ての建物に転移してきたのだが、ミーシャは魔素が尽きて眠りに落ちた。
そして俺は、竜王の友だと言うおっさんと再会する。
俺が行ってきた獅子の穴。
そこはおっさんの知る獅子の穴とは、違う物らしい。
「そうか、獅子の穴に何かがあったんだな。」
おっさんは俺の話しから、そう導き出す。
「それに、学長代理に何かあったとしか思えないな。」
「学長代理?そんなヤツ居なかったぞ。居たのは教頭先生ってヤツだったぞ。あ、俺は会わなかったけど、校長も居るらしかったぞ。」
俺の発言に、おっさんの怒りがこみ上げてるらしい。
ひたいをピキピキさせながら、何とか怒りを抑えてる。
「なあ、その教頭って、どんなヤツだった。名前は?」
「名前までは知らんよ。」
俺はおっさんの迫力に気圧されてしまう。
何がおっさんを駆り立てているのだろうか。
「まあ、ちょっと神経質そうで、生え際が少し後退してたな。」
俺は教頭の特長を思い出す。
「やっぱりエドーガじゃねーか。」
おっさんはパシんと右手で顔をはたく。
おっさんはあの教頭に、心当たりがあるらしい。
「訓練施設の学園化は、質の低下を招く。だから歴代学長は反対してたんだが、エドーガの野郎、学長代理に何かしやがったな。」
おっさんの話しっぷりから、おっさんが獅子の穴の関係者である事は、確かだと思う。
だけど、いつまでも獅子の穴の話題を続ける訳にもいかない。
「おっさんの知ってる獅子の穴がどういう所だったかは、もうどうでもいいよ。俺が体験してきた事が全てだからな。」
「そうだな。おまえは洗脳される事もないから、男を鍛えられる良い機会だと思ってたんだがな。」
「男を鍛えるか。だからドラゴンに戻ったら死ぬ首輪をつけられたのか。」
「何、ドラゴンになったら死ぬ?それで何を鍛える?」
「いや、俺が知るかよ。千尋峡谷を登りきったら、いきなりつけられたぜ。首輪を。こいつみたいに大きさは変わらないみたいだから、ドラゴンに戻ったら首がしまるみたいだぜ。」
俺は左手首の降魔の腕輪を見せる。
こいつは俺の身体に合わせて大きさが変わる。
「そうか。俺たちは人間に変化出来るとは言え、基本はドラゴン。ドラゴンの状態で鍛えないなら、獅子の穴の存在価値は、最早皆無だな。」
「まあ、人間の状態でも、鍛えられるとは思うけどな。」
「ははは、確かにおまえの言う通り、時間に無駄だな。」
「全くだ。」
こうして獅子の穴の話題に触れるのも、時間の無駄だ。
話しの進行が、止まってしまったからな。
「で、おっさんはミーシャの事知ってんのか。ミーシャ様とか言ってたしな。」
やっと獅子の穴の話しから、話題を切り替えられた。
「ミーシャ様について話す前に、おまえに聞きたい。なぜミーシャ様をここに連れてきた。」
「そりゃあ、ミーシャが来たがってたからな。途中でのたれ死んでもかまわないって言うから、転移魔法で連れてきた。」
「それはおかしい。呪いを背負ったミーシャ様は、千尋峡谷で生きる事を余儀なくされている。ここに来る理由がない。」
「ああ、その呪いなら、俺が解いたよ。」
「なん、だと、?」
おっさんは驚いて俺を見る。
だが、すぐに納得がいったようだ。
「そういえばおまえは、状態異常の類いが効かないんだったな。おまえの体内を流れる魔素のおかげか、血液のおかげか。そいつを体内に取り入れれば、状態異常は治る。かもしれんな。」
なんと、おっさんも俺と同じ事を思いつく。
だが、これが実際そうなのだとバレたら、俺の危険が危ない。
「ふ、図星か。」
びっくりして言葉が出ない俺を見て、おっさんは確信する。
「なあ、この事は黙っててくれよ。」
「そうだな。おまえの身体が万病に効くって噂が広まったら、いや、広まりそうになったら、俺はおまえに殺されるだろう。」
「分かってるじゃねーか。」
やはり、おれが状態異常に耐性があると言う事は、知られてはいけない事だろう。
「で、ミーシャはなんで呪われたんだ。」
俺の事より、ミーシャの話しに戻そう。
「それはミーシャ様が、帝国の王子の求婚を断ったからだ。」
へ?帝国?王子?
この世界のドラゴンは、国を作ってるのかな。畜生道の生き物なくせして。
「何も驚く事はないだろう。ミーシャ様のあの美貌なら、いい寄るヤカラも後を絶たない。」
「いや、俺が驚いてるのは、ドラゴンが国を作ってるって所だ。」
「ふ、俺たちは人間に化けれるんだ。人間の様に暮らしても、おかしくはないだろ。」
「という事は、ドラゴンって全員、人間に化けれるのか。」
「それが出来ないヤツが、千尋峡谷に落とされる訳だが?」
ああ、そう言えば、そういう設定だったな。
ん?という事は、
「じゃあ、なぜミーシャは千尋峡谷に居たんだ。ミーシャは人間になってたぞ。」
「ああ、あそこは人間になれないヤツばかりではない。人間に追われたヤツが逃げこむ場所でもある。」
「ミーシャも人間に追われてたのか?」
「ミーシャ様がふった帝国の王子が放った刺客。それを返り討ちにするのに、ミーシャ様はドラゴンに戻るしかなかったのだ。」
なるほど。人間にドラゴンである事がバレたため、ミーシャは千尋峡谷に逃げて来たのか。




