第31話 獅子の穴の怪
俺が千尋峡谷に落ちた時から、人間に変化出来たミーシャ。
そんなミーシャが千尋峡谷に留まっていたのには、何か訳があったようだ。
ミーシャを抱きしめて転移魔法を使って、千尋峡谷の果てにある建物の前に転移した。
「さあ着いた、ぞ?」
着くと同時に、ミーシャが脱力する。
俺の背中に回した両手が、だらりとたれる。
押さえをなくして、胸の弾力でミーシャの身体が後方にのけ反る。
両手をミーシャのケツに当ててた俺は、右手だけを咄嗟にミーシャの背中に回す。
背伸びして俺の股間から逃れてた分、ミーシャの体重が俺の股間の突起にかかる。
「ミーシャ、どうした?」
ミーシャは完全に気を失ってる。
生身の人間と転移するのは、無理があったのか?
そんな不安が、俺の心を駆け抜ける。
今こそミーシャを思う存分凌辱するチャンス!
だがミーシャの生命の危機に、ミーシャの身体にアレやこれやと、する気になれない!
「ミーシャ、しっかりしろ!」
俺の呼びかけに、ミーシャは応えない!
俺はミーシャを抱き上げる。
股間を押しつけたままでは、身動き取れない!
いや、取れなくもないが、今は緊急事態だ!
「おいおっさん、居るか!」
俺は建物の扉を勢いよく開けて、中に居るはずのおっさんに助けを求める。
だけど返事がない。
「おっさん、どこだ!」
ステンドグラスのある広間に来たけど、おっさんは居ない。
くそ、俺だけでどうにかしないといけないのか!
そうだ、ソーマの泉だ!
泉の水を飲ませれば、なんとかなるかも!
俺も劇的に強くなれたし!
広間を抜ける扉を開こうとすると、おっさんと鉢合わせになる。
「うお、なんだサムかよ。」
「ど、どいてくれ、おっさん。」
「どうしたんだ、サム。」
「転移魔法使ったら、ミーシャが。だからソーマの泉で回復させないと!」
「何、ふたりで転移して来たのか?って、ミーシャ様?」
「知ってるのか、おっさん。ミーシャの事を。」
「あ、いや、うん、ちょっとな。」
「って、そんな事どうでもいいから、どいてくれ。早くソーマの泉に行かないと!」
「行ってどうする。」
「決まってんだろ、ミーシャを回復させるんだよ!」
「ば、ばか、やめろ。」
「バカってなんだよ。」
「ソーマの泉は薄めないとだめなんだ。そのままだと強すぎて、毒になる。」
「はあ?その毒を俺に飲ませたのか!」
「今は関係ないだろ。だから落ちつけ。」
「なあ、どうすればいいんだよ。」
頼みの綱のソーマの泉。それが無効になり、俺の望みは絶たれる。
「まあ落ちつけ。今は寝かせて安静にしておこう。」
おっさんの言葉に、俺はうなずく。
そのまま寝室らしき部屋に連れていき、ミーシャを寝かせる。
「さて、転移魔法でふたりで転移して来たと言ったな。」
おっさんの説教タイムが始まった。
「転移魔法は、信頼できる仲間とじゃないと、体内の魔素をごっそり奪われる。元々魔素の量が少なければ、即死もあり得る。信頼出来ないおまえと一緒だったから、ミーシャ様はああなってしまったんだ。」
「信頼、か。」
確かに股間押しつけてきたヤツを、信頼する訳ないよな。
とは言え、それこそが俺がここに来た理由。畜生道に堕ちた理由だ。
つか、ミーシャの呪いをなんとかしてやったんだから、股間押しつけるくらい、別にいいだろ。つかやらせろ。
「ミーシャ様はこのままお休みしてもらうとして、サム。なんでおまえがここに居るんだ。」
「なんで、って。ミーシャがここに来たがってたから、転移魔法で連れてきたんだが?」
「いや、おまえは獅子の穴に行ったんだろ。逃げ帰るのが早すぎるだろ。」
「逃げるも何も。あそこは時間の無駄だろ。行っても損した気分だよ。」
「何?あそこは特殊工作員育成機関なだけあって、色々な修練を積める所だぞ。洗脳される心配のないおまえには、世間の事を知り、己れの身体も鍛えられる、素晴らしい場所だぞ。」
どうやら俺が行った獅子の穴は、おっさんが想定する獅子の穴とは、別物らしい。
「でもさ、地獄の筋トレとか言ってさ、腕立て三十回腹筋二十回スクワット四十回を、三セットだぜ。これ、何の意味があるんだよ。」
「はあ?何だよそれ。そんな訳ないだろ。」
俺の言う事を、おっさんは信じてくれない。
「いや、俺が腹筋したらさ、反動つけないでやってるって、驚いてたぞ。」
「マジかよ。地獄の筋トレって言ったら、獅子の穴名物虎威阿須崙だろ。」
「トライアスロン?」
「ああ。基本的に自分の体重の五倍の重さの鎧を身につけて、五百キロの道のりを1日で走破する。途中千尋峡谷を通るから、自力で降って、また登る事になる。縄梯子なんて使わずにな。そして途中の三つのチェックポイントで、地獄の筋トレをこなす事になる。」
「腕立て三十回とか?」
「いやいや、三千だよ。それも鎧に重石をつけて、プールで行う。最初は水が抜けたプールだけど、次第に水が満たされていくから、素早く終わらせないと、溺死する。鎧の重さで浮力は殺されるからな。」
「な、そんなの無理だろ。」
俺は虎威阿須崙のめちゃくちゃさに、絶句する。
そんなチェックポイントが、あとふたつ。
それとは別に、五百キロの道のりを1日で走破しなくてはいけない。
その道のりに、千尋峡谷も含まれている。
まあ、その移動はドラゴンの姿で行われるのだが。
もしおっさんの言ってる事が正しければ、俺が行った獅子の穴は、何だったのだろう。




