第29話 解呪の血
獅子の穴から転移魔法で千尋峡谷に戻ってきた俺は、久しぶりに会うミーシャとのランチをシャレこんだ。
食事を終えた俺は、人間の姿に変化する。
ずっと人間の姿だったので、こっちの方が、なんかしっくりくる。
「ねえ、なんで私に恵んでくれたのよ。」
ドラゴンのままのミーシャは、俺を見下ろしながら聞いてくる。
前回ミーシャが食べた餌は、俺が捕まえてきた餌だった。
「さあな。おまえのみすぼらしい姿は、見たくなかったんじゃないかな。」
俺は他人事のように答える。
俺の知ってる以前のミーシャは、俺より数段強かった。
そんなミーシャの変わり果てた姿など、見たくはなかった。
「そう、私だって、私だって、」
ミーシャは言葉に詰まり、そっぽを向く。
「なあ、人間の姿で話しをしようよ。」
俺はドラゴンの姿のミーシャを見上げるのに、疲れてきた。
俺もドラゴンに戻ればいいのだが、ドラゴンの性質だと、普通に会話は出来ないと思う。
「な、なんでよ。」
ミーシャは怯えだす。
俺は本能むき出し、欲望に忠実なドラゴンのままより、人間の方が話しやすいと思ってるのだが、ミーシャは何を考えてるんだ。と一瞬思ったが、なんとなく理解する。
「なあミーシャ。今のままでも、俺はおまえを殺せるんだぜ。その気になればな。」
これは以前、俺がミーシャに言われた言葉だ。
「俺を信じて人間に変化するか、俺を怒らせてこのまま殺されるか、好きな方を選べ。」
「わ、分かったわよ。」
ミーシャは人間に変化する。
十秒後俺の目の前に、ちょっと不健康そうな絶世の美少女が現れる。
「こ、これで満足かしら。」
「いや、満足かと聞かれても。」
それは、俺の疑問が解消しないと、満足出来ないだろう。
「なんでおまえ、変化するのに時間がかかるんだ?」
俺は瞬時に変化出来る。ミーシャとの違いはなんだ?
「そんなの、あんたには関係ない。」
ミーシャはそっぽを向く。
「関係ないって、確かにそうだけどさ、気になるじゃん。何かの呪いかなんかか?」
俺の言葉に、ミーシャはハッと俺を見る。
「呪いか。」
ミーシャの態度が、物語っていた。
それにドラゴンは嘘をつけない。
「な、何よもう!呪いだったらなんだって言うのよ!」
ミーシャは開き直る。
やっぱり呪いだったか。
俺には状態異常に対する耐性がある。
故に、俺に呪いは効かない。
それはなぜか。
俺の体内を巡る魔素のおかげか、血液中の赤血球だか白血球だかの影響か。
それは、俺の血液を輸血すれば、はっきりする事。
でもドラゴンの俺たちにも、血液型ってあるのかな。
「いや、ちょっと確かめたい事があるんだよ。」
輸血が無理なら、飲ませてみよう。
「た、確かめる?」
ミーシャはなぜか、怯えだす。って、ずっと怯えてんな、こいつ。
「うん、ちょっとね。」
俺は右手を部分竜化し、左手の中指を傷つける。
傷つけるのだが、ちょっと待て。
本当にこれが他人の状態異常の回復に役立つなら、知られるのはやばい。
「なあ、ちょっと後ろ向いてくんない?」
俺が血を流す所を、見られる訳にはいかない。
「な、なんでよ。」
ミーシャはガタガタ震えだす。
「んと、ちょっと見られたくないから?」
「ひい、」
俺の返しに、なぜかミーシャは軽く悲鳴をあげる。
そのままミーシャは、じりじり後ずさる。
「おい、動くなよ、殺すぞ。」
俺も少しじれて、脅してしまう。
「ひい、」
ミーシャはその場にしゃがみ込んでしまった。
これじゃあ、俺が後ろに回るしかないか。
俺は両手を背中側に隠し、ミーシャに近づく。
「ご、ごめんなさい。今までの事は謝りますから、許してください!」
近づく俺に、ミーシャはなぜか謝ってくる。
意味が分からん俺は、話しがかみ合わないのにイラついてきた。
「あのなあミーシャ、俺の話し、聞く気ないのかよ!」
俺は部分竜化した右手の爪を、左手の中指に突き刺す。
「あ、そう言えばおまえ、いつも俺から餌をぶん取ってたな。」
「ひい、」
俺はやっとその事を思い出す。
俺が気にしてない事でビクつくミーシャに、ちょっとイラっとくる。
ミーシャの後ろに回った俺は、ミーシャの口を後ろから左手で押さえて、血を流した中指をミーシャの口の中に突っ込む。
「うぐ!」
ミーシャは俺の左手に爪を立ててくる!
「おい、動くな!殺すぞ!」
俺の怒声に、ミーシャは俺の左手を握る握力をゆるめる。
「噛むんじゃねーぞ。」
俺は突っ込んだ中指を、ミーシャのベロになすりつける。
噛まれたとしても唇を巻き込んでいるので、あまり痛くはない。
おとなしくなったミーシャだが、突然ビクっとけいれんする。
俺は思わず左手を離す。
「げほ、げほ、」
ミーシャはその場に伏したまま、何度かけいれんする。
これは、成功したのか?
「サム。あんた、私に何してくれたのよ。」
けいれんが落ち着いたミーシャは、涙目のまま俺をにらんでくる。
「何って、ちょっとした実験?」
「実験って、私をモルモットにしてたの?ひどい。」
ミーシャは悔し涙を流す。
「あーごめんごめん。」
俺は思わず謝ってしまう。
「こんな事して、私をイビって楽しいの?ひと思いに殺したらどうなのよ!」
うーん、俺はただ呪いを解けるか確かめたかっただけなのに。
「別にイビってないって。ちょっとドラゴンに戻ってみて。」
「そうね、私も殺されるにしても、少しは抵抗してやる!」
ミーシャはドラゴンに戻った。




