第27話 自主退学
千尋峡谷に落とされた恨みを、世間にぶつけるための訓練機関。それが獅子の穴なのだが、どうも様子がおかしい。
訓練内容も教育内容も、中身がおそまつすぎる。
これでテロリストを養成出来るとは、とても思えない。
「ば、ばかな。」
前回の俺の九九の七の段の詠唱を聞き、教室内は驚きに包まれる
あのー、俺何かやっちゃいましたか。
この台詞が、俺の口から出かけた。
「な、なんと言う事だ。」
オニマロは頭をかかえてる。
「こいつに難くせつけて、しばき殺すって計画が、頓挫してまった。これでは、あのハゲの進退を追い詰める事が出来ないぞ。それだとこの俺が、」
何やらぶつくさほざいてるオニマロを、俺たち生徒が見つめてる。
「なんかオニマロのヤツ、様子がおかしいのう。」
「呼び出し受けた時は、教頭の鼻をあかせるとか、ほくそ笑んでたのになぁ。」
「こうなったら、獅子の穴名物のアレしかあるまい。」
オニマロは顔をあげる。
「あー、本日の講義はこれまでとする。オウマツ、ザワテタ。新入りを寮まで案内してやってくれ。」
オニマロはそのまま教室を出て行った。
何か、良からぬ事を思いついたらしい。
「ぷ、あーはっは。見たかよ、オニマロのあの顔。」
「あはは、何悪だくみしてたんだかな。」
オウマツとザワテタは、オニマロが出て行って笑いだす。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はオウマツ。獅子の穴随一の色男だ。」
前髪と両耳の上しか髪の毛がない、変な髪型のオウマツが、自分は色男だと言ってきた。
「そして俺はザワテタ。獅子の穴一番の秀才だと自負していたんだがな。」
角刈りのザワテタは、語尾をにごす。
「はあ、」
俺は、何て返したらいいのか、分からなかった。
「ははは、上には上が居たって事だろ。改めてよろしくな、サム。」
ザワテタが右手をだしてきたので、俺は握手に応じる。
「歓迎するぜ、サム。」
今度はオウマツと握手する。
ふたりともフレンドリーなので、なんか拍子抜け。
「まあさっきは、奴隷の一年、鬼の二年って言ったけどよ、今獅子の穴の生徒は、俺たちだけなんだわ。」
拍子抜けしてる俺に、オウマツが説明する。
「そうそう、だから仲良くやってこうぜ。」
ザワテタも、俺の肩をバンバン叩いてくる。
「そうなんですか。閻魔の三年は不在ですか。」
俺の言葉に、オウマツもザワテタも真顔に戻る。
「どうしました?」
「閻魔の三年どもは、卒業試験のため、ここにはいない。」
ザワテタが重い口を開く。
「脱落率3%。かなり過酷なモノらしい。」
とザワテタが続けるが、脱落率?生存率とかじゃなくて?
脱落率3%の、どこが過酷なんだろか。
まあここで言う脱落とは、死亡する事なのだが。
「まあ、今の俺たちには関係ない事だな。」
暗くなった場の空気を、オウマツがなごませる。
「そうだな。じゃあ帰ったら新入りの歓迎会でもしなくちゃな。だから新入り。焼きそばパン買ってこい。」
「へ?」
ザワテタの突然の要求に、俺は間抜けな声をだしてしまった。
「俺はカツサンドでいいからな。」
オウマツも便乗してくるが、ちょっと待て。
「いやいや、そんなもん、どこで売ってるんですか。それに金は?金はどうするんですか。」
「ふん、おまえもドラゴンなら、匂いくらいかぎ分けられるだろ。」
俺の疑問に、ザワテタがよく分からん返しをしてくる。
「それにおまえも千尋峡谷を抜けてきたんなら、持ってるんだろ?」
オウマツがニヤけながら、俺に肩を組んでくる。
「えと、何をです?」
「これだよこれ。」
オウマツは左手の親指と人差し指とで、丸を作る。
「なんですか?それ。」
俺にはオウマツのジェスチャーと言うか、サインと言うか、その意図が分からない。
「ふ、しらばっくれるのはよせ。落とされる前に、必要となる物を持たされた者しか、千尋峡谷は抜けられない。」
ザワテタが補足説明してくるが、なんだそれ。
そんな三途の川の渡し賃六文銭みたいな設定、こちとら知らんぞ。
「じゃあな、俺の焼きそばパン、しっかり買ってこいよ。」
「俺のカツサンドも、頼んだからな。」
ふたりは俺の疑問を無視して、言うだけ言って去っていった。
さて、これからどうしたものか。
獅子の穴がどんな所かと思って来てみたら、こんなだったかんな。
こんな所に三年も居たくない。
転移魔法で、千尋峡谷のはずれの建物に転移すれば、そこから外の世界へぬけだせる。
だけど腹へってきてるから、先に千尋峡谷で餌の調達を済ませておこう。
問題は、この首輪だな。
ずっとつけ続ける訳にもいかない。
これを外す方法は、ふたつだな。
まずは小さいドラゴンに戻る方法だが、これは却下だな。
この首輪より小さいドラゴンなら、普通に抜ける。
だけど俺がドラゴンに戻る際、瞬間的にだが、一度普通の大きさに戻ってからの縮小化になる。
修練を積めば、そのプロセスは不要になるかもだが、今の俺には無理だ。
後はこの首輪だけ残しての転移魔法だ。
手にした物も一緒に転移出来るなら、意図した物を残す事も、出来るはず。
試しに、数メートル先に転移してみる。
からーん。
俺が元居た場所に、首輪が落ちた。
やった、まさかの成功。
この方法なら、体内にめり込んだ弾丸を抜く事も出来るかな。
よし、千尋峡谷に戻るか。
ふとミーシャの顔が浮かんだので、ミーシャに教えてもらった温泉の建物に戻る事にした。
俺は転移魔法を使った。




