第26話 九九の詠唱
獅子の穴で俺は、過酷な洗礼を受ける事になる。
手渡された一冊のラノベ、未来の世界に戦争するために召喚されました。通称みらせか。
俺は言われた通り音読する。
なんか、はるか未来に女性として召喚されたおっさんが、魅力的な仲間達と共に、宇宙を舞台に大活躍する物語だった。
そのあまりの面白さに途中から、声に出すのをやめて夢中で黙読する。
「おい、続きは?」
VOL1はいいとこで終わってて、続きが気になった。
思えば前世で俺が読んでたのは専門書や実用書ばかりで、こう言う創作物は読んだ事なかった。
そんな俺を、なぜかオニマロは驚いて見ている。
「な、なんだこいつは。この作品の良さが理解出来るだと。SF作品を理解するには、前提となる知識が必要なはず。それを千尋峡谷なんかで過ごしてたヤツが、なんで知ってるんだ。」
「おい、続きは?」
俺はもう一度催促する。オニマロは何か小声でつぶやいてる。
「は、何を言ってるんだ。」
オニマロは、ハッと我にかえる。
「ここは娯楽施設じゃないぞ!」
そんな事言うなら、こんな面白い物を読ませるなよ。
「まあいい。おまえが読み書きをマスターしたなら、次のステップに進むか。ついてこい。」
オニマロは俺の催促をはぐらかす。つか、読んだだけで書いてはいないのだが。
オニマロは別の教室の扉を開ける。
談笑してたふたりの男が、談笑をやめて立ち上がる。
オニマロが左手を軽くあげると、ふたりは着席する。
ふたりは気合いの入った学ランを着こなしている。
「教官どの。そいつが噂の新入りですか。」
髪の毛を前頭葉と両耳の上だけに残した男が、尋ねてくる。
「ああ、こいつがあのハゲが押しつけてきた、新入りだ。」
「ハゲだなんて、あまりの言いようですね。」
と変な髪型なヤツが突っ込む。
「ほら新入り。自己紹介だ。」
オニマロが促してきたので、俺は黒板に名前を書く。
「サムです。よろしくお願いします。」
「ははは、こいつ。まともに文字も書けないのか。」
変な髪型のヤツが、なぜか笑ってる。
その隣りの角刈りのヤツは、少し驚いている。
「いや、こいつが書いたのは、カタカナ!」
「何、カタカナだって?」
角刈りの発言に、変な髪型のヤツが驚いている。
「カタカナと言えば、獅子の穴三百年の歴史においても、数えるほどしかマスターしていないと言う、あのカタカナか。」
「ああ、この俺でも半分ほどしか理解出来てないと言うのに、この新入りはどこでカタカナをマスターしたんだ。」
角刈りの表情も、険しくなる。
「なるほど教官どの。新入りのこいつが、いきなり二年生の教室に来たのは、そう言う事ですね。」
角刈りの男は、慎重な顔つきでオニマロに尋ねる。
「ああ、そう言う事だ。ザワテタ、オウマツ。獅子の穴の厳しさ、しっかりと叩き込んでやってくれよな。」
オニマロも慎重な顔つきだが、どこか微妙。
自分に出来なかった事を、学生にやらせようとしてる自覚はあるのかな。
「ほう、奴隷の一年、鬼の二年、閻魔の三年。そんな獅子の穴で、奴隷のくせに俺たち鬼の二年に肩を並べるとは、いい度胸だな。」
変な髪型のオウマツってヤツが、にらみつけてくる。
「だがこいつは、並みの一年じゃないぞ。何せカタカナを使えるからな。」
角刈りのザワテタは、慎重な表情を崩さない。
「そんなもん、獅子の穴を生き抜くのに、何の価値もないわ。」
とオウマツは吐きすてる。
「では、授業を再開する。新入りも席につけ。」
オニマロがアゴで指差す席に、俺は着席する。
「教本が引き出しに入ってるから、それを使え。」
オニマロの言葉通り、机の引き出しには教科書らしき物が入ってた。
たのしいさんすう二年生。
ん?なんだこの教科書。ごっつ悪い予感がする。
パラパラめくってみたら、案の定小学二年生相当の教科書だった。
「ふ、オニマロのヤツも人が悪い。」
顔の引きつる俺を見て、ザワテタがボソッとつぶやく。
「どう言う事だ、ザワテタ。」
訳が分からず、オウマツが尋ねる。
「いくらカタカナをマスターしてるとは言え、それは計算には関係ない。」
「そうかオニマロめ。新入りが何も知らないのをいい事に、ソコをイジる訳だな。」
「ふ、獅子の穴は一筋縄ではいかんと言う事だな。」
「あー、何も知らないヤツをバカにするほど、俺のケツの穴は小さくない。」
ふたりの学生の会話に、オニマロも口をはさむ。
「だからザワテタ。九九の詠唱を披露してくれたまえ。四の段でいいぞ。」
「はい、教官どの。四の段ですね。」
ザワテタはニヤりと立ち上がる。
九九って、あの九九か?
四の段とか言ってるし、おそらくあの九九だろう。
ザワテタは、スウっと息を吸うと、そのまま叫びだす。
「しーちがし!」
やっぱりあの九九だった。
「しはさんじゅーし!しくさんじゅーはち!」
「うむ、見事だザワテタ。」
オニマロはザワテタを誉めると、ニヤりと俺を見る。
「いつ聞いても、ザワテタの九九は見事じゃのう。」
オウマツはなぜか涙ぐむ。
だけど、指摘せざるを得ない。
「あの、間違ってましたよ。しはさんじゅうに、しくさんじゅうろくですよ。」
「あ、ほんとだ。」
オウマツは教科書で確認する。
「な、俺が間違ってただと?」
ザワテタはその場にしゃがみこむ。
オニマロは怒りの表情だ。
「貴様ぁ、そこまで言うなら、七の段を言ってみろ。」
「な、七の段だって。」
「七の段は、俺だって完璧ではない。それを新入りにさせるなんて。」
オウマツとザワテタは、なぜかびびってる。
俺は立ち上がると、七の段を言ってやる。




