第25話 地獄のフルコース
千尋峡谷から脱出した俺を待っていたのは、獅子の穴だった。
千尋峡谷に落とされた恨みをはらすため、世の中に復讐する戦士を育てる機関らしい。
「まずは、地獄の洗礼を受けてもらうぜ。」
オニマロはドラゴンの姿から、人間の姿に変化する。
そして歩きだす。俺はとりあえず、ついて行く。
「俺たちドラゴンは、強い。それはなぜか。ドラゴンだからだ。そんなドラゴンも、更に強くなる事が出来る。鍛錬を積めば、どんな生き物も強くなれる。それは俺たちドラゴンも、例外ではない。それなのにドラゴンは、既に強いが故に、自らを鍛える事を怠ってしまった。そんなドラゴンどもの先を行くのが、獅子の穴だ!」
オニマロは歩きながら力説する。
なんかまともそうな事を言ってる気がする。
「さあついたぞ。」
そこは校庭だった。
ちなみに、ここ獅子の穴は全体的に薄暗い。
「よーし、まずは軽くストレッチだ。」
俺は言われた通り、軽く身体をほぐす。
「ふふふ、準備は出来たな。今度はランニングだ。軽く校庭十周、行ってこい!」
ここの校庭は、横三百メートル、縦二百メートルといったところだ。
つまり一周一キロ、十周で十キロと言ったところか。
じゃ、軽く流しますか!
五分後。
「ば、バカな、」
オニマロが驚いている。
「に、人間の姿のままなのに、ドラゴンと同等、いや、それ以上だと?」
俺はソーマの泉のおかげで、かなり強化されてるからな。
「あのー、地獄のフルコースって、この程度ですか?」
嫌味のひとつでも、言ってみる。
「な、何を勘違いしている。こんなのは、準備運動だ。本番はこれからだぜ。」
オニマロはニヤけてみせるが、普通に冷や汗がにじんでる。
「次は地獄の筋トレ三セット!腕立て三十回、腹筋二十回、スクワット四十回だ!」
へー、筋トレか。
前世の俺は病弱すぎて、泣く泣くあきらめたんだっけ。
「ま、マジかよ、こいつ。」
筋トレする俺を見て、オニマロは驚いている。
「反動をつけずに、腹筋をこなしてやがる。」
「次は、何やりますか?」
地獄の筋トレ三セットを終え、オニマロに問う。
「つ、次か、そ、そうだな。」
オニマロは言葉につまる。
ほんと、これのどこが地獄の筋トレなんだか。
確かに前世の俺には、出来なかった事だけど。
胸の下に剣山を敷いての腕立てとか、崖に鉄柱を真横に突き刺して、その鉄柱に足の甲でぶら下がっての腹筋とか、数百キロの重りを背負ってのスクワットとか。
地獄の筋トレって、こう言うのを言うんじゃないの?
つか、切り立った崖を登らされるとか、吊り橋をぶら下がりながら渡りきるとか、そういうのを想定してたんだけど、なんか違う。
「ふ、ふん。肉体の強さは、ドラゴンの基本。これくらいは出来て当然だな。」
うーん、こいつ、何言ってんだろな。
「だが、ここはそうはいかん。」
オニマロは自分の頭を人差し指で、トントンする。
「ここ獅子の穴では、頭も鍛える。すなわち、読み書き計算を叩き込む!」
くわっと目を見開くオニマロだが、なんか普通に悪い予感がする。
「ふふふ、こればかりは、生まれついてのドラゴンの能力ではないからな。」
オニマロは言葉につまる俺を見て、勝ち誇ったようにほくそ笑む。
俺たちは校舎内へと移動する。
普通の教室を半分に区切ったような教室。
黒板には、ひらがなの五十音表が貼り付けられている。
「これが、この世の言葉を文字にした物だ。そう、この世の言葉は全て、この五十の文字で表記されるのだ!」
オニマロは、バンと黒板を叩く。
うーん、ここって日本なのか?
まあ日本語らしき言葉でやりとりしてるし。
「いいか、これをしっかり、頭に叩き込めよ。」
オニマロの表情がニヤける。
「こいつをマスターするまで、この部屋からは出られんぞ。」
うーん、マスターするもなにも、既に普通に知ってるんだけど。
「あのー、マスターした証明とかに、テストとかするんですか。」
一応聞いてみる。
「ふふふ、マスターした証として、こいつを音読してもらう。」
オニマロは一冊の本を渡してきた。
「えと、未来の世界に戦争するために召喚されました?」
俺は表紙のタイトルを読み上げる。
VOL1と表記されてるので、この続きもあるのだろう。
表紙にはかわいい女の子が、身体のラインがくっきりしたボディスーツでポーズを決めている。背景は宇宙で、戦闘機らしき物が描かれている。
「な、おまえ、読めるのか。」
オニマロが驚いている。
これくらい普通に読めるだろ。と思ったが、このタイトルはひらがなだけではなく、漢字も含まれている。
俺はやっべと思いながらも、ごまかす様に、この本を音読する。




