第18話 くそ女神の名前は
ソーマの泉の濃密すぎる魔素を取り込んだ俺は、ずば抜けた強さを手に入れた。
本来なら精神が壊れる程の魔素だったが、俺はこの世に転生するにあたり、どんな病魔にも侵されない身体になっている。
そのおかげで、無事だった。
「ぐ、」
ドラゴンの姿に戻ろうとした俺だが、すぐに人間の姿に戻る。
ソーマの泉の魔素で超絶パワーアップした俺は、気分も高まっている。
この高まりを、ドラゴンの姿に戻った時、抑える事が出来ない。
戻ったらそのまま、おっさんを襲うだろう。
おっさんもそれが分かってるのか、抵抗体勢をとって身構えている。
「くそ。」
目の前のおっさんは、今は殺しちゃだめだ。
だけど畜生道を生きるドラゴンの本能は、後先考えず、おっさんを襲う。
人間としての理性が、それを抑えているが、この部屋に漂うソーマの泉の魔素は、今も俺の身体に吸収され続けている。
つか、ドラゴンに戻らないと大気中の魔素は吸収出来ないはず。
それが今や、人間の身体でも魔素を吸収している。
これも、この部屋の魔素が濃すぎるせいだろう。
「なあ、人間の姿に戻ってくれないか。」
俺はドラゴンに戻ったおっさんに頼む。
相手が人間とドラゴンの姿では、ドラゴンの方が気持ちが高ぶる。
人間の姿の時は、そうでもなかった。
でもドラゴンの姿のおっさんを、襲いたい衝動が激しい。
俺がおっさんを襲うのも、時間の問題だった。
「いやだ。俺も殺されたくないからな。」
おっさんも、身を守るための武装を、放棄する気はない。
「ばか、分かれよ。ドラゴンのままなら、俺はおまえを襲う衝撃に耐えられる気がしない。でも、人間のおまえとは、普通に話してただろ。」
とは言え、人間の姿の方が安全だとは、普通思わないだろう。
「いや、口では何とも言える。俺を油断させる嘘だろ。」
「嘘をつけるのは、人間だけだろ。」
「今のおまえは、人間だろ。」
「く、こいつ、」
おっさんの口ごたえに、俺の気持ちが高ぶる。
今おっさんを殺したら、この世界の謎が、分からなくなる。
まあ、それでもいいか、とも思うが、俺は同族殺しはしたくない。
とりあえず一旦、気持ちを抑えるため、部屋の外に出る。
「ふう。」
魔素の強制供給が止まり、俺は落ち着きを取り戻す。
そのまま例のステンドグラスの元まで戻る。
「はあ、過ぎた力なんて、持ちたくねーな。」
俺はステンドグラスの青いドラゴンに話しかけていた。
「たくぅ、あんたの手下にされそうになって、無理矢理力をつけさせられたよ。」
俺の後方に、おっさんは戻ってきていた。人間に姿を変えている。
何やらバツの悪そうな顔をしている。
魔素の強制供給が途絶えたので、サイズを抑えたドラゴンに戻りたいのだが、それはやめておく。
まだ、魔素の過剰供給状態だった。
ドラゴンの本能を、抑えきれる自信はない。
「大きさを調整出来るのなら、部分的なドラゴン化も出来るのかな。」
俺は独り言のように、おっさんに聞いてみる。
「それは、可能だよ。ほらこの通り。」
人間に戻っているおっさんは、右手だけドラゴンに戻してみる。
「それも、大きさ変えられるんか?」
「ああ、この通り。」
おっさんはドラゴンの右手を振り上げ、ひと回りほど大きくする。
そして人間の腕に戻すと同時に、大きさも元に戻す。
「なるほどね。」
俺は左腕を見つめる。
おっさんの部分竜化を見て、おっさんに感じた通りに気力を調整する。
俺の左腕が、竜化する。
ドラゴンの本能が刺激されるが、腕一本分、それも利き腕ではないので、人間の理性で抑えこめた。
「なるほどな。」
俺は左腕を人間の腕に戻す。
「ビービルサム。天啓を受けた子供。」
そんな俺を見て、おっさんがつぶやく。
「神は一体、何をさせようと言うのか。」
それを聞いて、あのくそ女神を思い出す。
「別に、なんも考えてねーんじゃね?」
「それはおかしい。ソーマの泉の魔素をあれだけ受けて、まともでいられるはずがない。それにカスミーティア様は聡明な神。何の意味もなく、天啓をお授けになるはずがない。」
「カスミーティア様?あのくそ女神、カスミーティアって言うのか。」
「な、お会いになったのか、カスミーティア様と!」
「あ、やべ、」
あのムカつくくそ女神の名前が分かったので、思わず口に出してしまった。
これ、言わない方がいい事だよね。
「カスミーティア様から、特別な能力を授かったのではないのか。今生で何かを成すために。それこそが天啓。おまえが天啓の子供と言われる所以だ。」
「特別な能力っつっても、どんな病魔にも屈しない身体ってだけで、普通のドラゴンより、ちと丈夫、ってのと、あ、やべ、」
って思わず答えてしまったが、これって言わない方がいい事だよな。
「ほう、どんな病魔にも屈しない身体、か。」
まずいかも。
俺が転生者である事が、バレるかも。




