第17話 ソーマの泉
畜生道に堕ちた俺だが、俺が思ってた畜生道とは、どうも違うらしい。
ケダモノ達なのに、なぜか社会性を構築してやがる。
「ついて来い。」
前回獅子の穴の洗脳に、対抗する手段があると言ったおっさんは、そのまま歩きだす。
おっさんは、とある一室に俺を連れてくる。
「う、」
部屋に入った瞬間、俺はたじろぐ。
この部屋の魔素は、凄く濃い。
壁際に溜め池の様なものがあり、その水自体が、多量の魔素を含んでいる!
「な、なんだこれ!」
この魔素の濃さは、千尋峡谷で子羊を出現させてた魔素の、比ではない。
数百頭の羊の群れを出現させるほどだ!
「これがソーマの泉だ。」
おっさんはニヤりと答える。
「これを飲めば、獅子の穴の洗脳には、かからなくなるぞ。」
おっさんは溜め池のふちまで歩く。俺もおっさんの横で、改めて溜め池を見る。
いやいや、これは常人が摂取していい物じゃないぞ!
こんなもん飲んだら、俺はどうにかなっちまう!
何考えてんだ、このおっさん!
いや、ちょっと待て。
ここは確か畜生道。
ただの善意で行動するだろうか。
そうだ、自分に利益がなければ、行動しない!
「いいから、早く飲め!」
おっさんはいきなり俺の後頭部に手を回し、俺の顔面を泉に押し付ける!
「がほ、がほ。」
泉の水を飲まないつもりでも、高濃度の魔素は俺の顔面の皮膚から浸透する!
「こいつ、抵抗するのか!」
おっさんはさらに力を込め、俺の顔面を泉に沈める!
すでに皮膚から大量の魔素を吸収した俺は、ドラゴンの本能なのか、さらなる魔素を求めて、泉の水を飲み始める!
「ごごく、ごくごく、ごくごく、ごごくごく、ごくん。ぷはー!」
俺は息継ぎのため、顔を上げる。
おっさんの力では、すでに俺を押さえ込めなくなっていた。
「すげー!何だよこれ!」
俺の身体から、無限の力があふれ出す!
以前は弱いドラゴンだったが、今なら人間の姿のまま、千尋峡谷のドラゴンを全部ぶっ殺す事も可能だ!
「ま、まさか。信じられん。」
そんな俺を見て、おっさんは震えている。
「おまえ、何がしたかったんだ?」
俺は上機嫌で聞いてみる。
これでは、俺を自分より強くしただけだ。それも、果てしなく。
「こ、これだけの魔素を吸収すれば、正気は保てなくなり、壊れてしまう。そこを洗脳するつもりだった。」
「あはは、おまえに先に洗脳されれば、獅子の穴の洗脳にはかからないって訳か。」
ドラゴンは嘘をつけないとは、ほんといい事聞いた。
俺の耳に入るのは、真実だけだからな。
「で、俺を洗脳して、どうするつもり?」
この答えによっては、このおっさんは始末するか。
何企んでるか分からんし。
「おまえを、竜王の先兵にするつもりだった。」
「は?竜王?確かこの先に封じられてるとか言ってたけど、もしかして、まだ生きてるの?」
「ああ。竜王ははめられたんだ。勇者の連れてたスライムにな。」
「へ?スライム?」
うーん、なんかよく分からん設定が出てきたな。
これだと、このおっさんを始末するべきか、悩むぜ。
事情知ってんの、このおっさんだけだしな。今んとこ。
「竜王はな、ドラゴン三種族と、この地上の平和のために立ち上がったんだ。人間ともうまく行きかけてたんだ。それを、一匹のスライムの嘘が、台無しにしたんだ。」
「は?何だよそれ。嘘をつけるのは、人間だけなんだろ?それにおまえのその言い方だと、当時の事を実際に見ていたようだな。」
「ああ、間近で見ていたさ。俺は竜王の親友だった。」
な、なんだと?
見た目は三十代か四十代のこのおっさん。
この見た目以上に老けてんのか?
それがドラゴンモノの定番かもしれんが。
つか、竜王の事件が何年前か、知らんけど。
「じゃあ、おまえは竜王と同じ、ギースンドラゴンって事か。」
「いや、俺はターズンドラゴンだ。」
「へー、種族を超えた友情か。見せてくれよ、ドラゴンの姿。」
俺が今まで見てきたのは、ノーマルのドラゴン族のみ。他の二種族はあのステンドグラスでしか、見た事ない。
「分かったよ。これがターズンドラゴンだ。」
おっさんは瞬時にドラゴンに戻る。
全身赤い鱗のドラゴン。
ノーマルのドラゴン族よりも、力強さを感じる。
そしてその大きさは、人間の姿の時と、ほぼ同じだった。
「ターズンドラゴンって、チビな種族なんか?」
俺がドラゴンの姿に戻れば、五倍くらいの大きさになる。
「いや、魔力を調整すれば、ドラゴン時の大きさを抑える事は可能だ。」
「そっか、なら俺もやってみるかな。」
「ふ、ただのドラゴン族に、この調整ができるヤツは居ないぞ。」
「何?」
おっさんの言葉に、少しカチンとくる。
「き、気を悪くするな。俺は事実を言っただけだ。」
事実か。確かに俺は今まで、大きさを抑えたドラゴンを見た事がない。
だけどおっさんがこなしてるのを見た今、俺にも出来そうな気はする。
俺はドラゴンに戻ってみる。




