ラカームワットに向けて
華麗なるライス一座は村から村へ、小さな町から町へと公演を繰り返しながら港町ラカームワットにむけて、順調に旅路を進めていた。当初心配していたエルダーやガルの追っ手には今の所遭遇していない。手配書が出まわるかと警戒していたが、今の所それもない。
エルダーとガルはこの旅ですっかりキーマ達の仲間の一員となっていた。一生懸命に皆んなの助けになろう、新しい事を覚えようとするエルダーの頑張りに、傭兵達はすっかりほだされている。何かを見せたり、教えたりするたびに、エルダーは頬を紅潮させて「凄い!」と素直に感動する。それが嬉しくて、エルダーのその言葉を聞きたいが為に、最近ではエルダーに自分の持つ知識を競うようにして与えている状態だ。
ガルも過去の役職からは想像もつかない程、どんな仕事でも率先して行った。井戸端でいつもはクミンが担当していた洗濯を、体の大きなガルが背中を丸めてせっせと洗っているのを見てしまったキーマはちょっぴり切ない気持ちになった。
「こんな事、騎士団長様がする仕事じゃねぇだろうよ」
「ここでは俺は新人だからな。それに、昔はよくやっていたから慣れたもんだ」
そう言って、絞った洗濯ものをパンパンと手慣れた手つきで伸ばすガルの顔に陰りは無かった。
今一座が滞在している大きめの町では、郊外に一軒家を借りて拠点とし、かなり長く公演を行った。この町での公演は大成功に終わり、路銀の補填も出来た。芳しくは無かったものの、情報収集も粗方終えたので、本日いよいよ次の町へと出発する事になった。
エルダーはクミン、ターメリックと一緒に食料の買い出しに来ていた。町を歩くと、公演を見に来ていた人達から声がかかる。一座はすっかり人気者になっていた。朝一番で、この町に滞在中贔屓にしていたパン屋に訪れ、保存用の焼きしめた堅いパンを大量に買いこむ。
「はいよ、お待たせ。持てるかい?」
「ありがとう。大丈夫」
クミンは、堅いパンの他にも、お気に入りのフワフワ白パンが詰め込まれた袋を女将から受け取りながら、ポツリと呟く。
「ここのフワフワパンともお別れだな~」
クミンの呟きをパン屋の女将は聞き逃さなかった。
「今日、出立するのかい? 寂しくなるね~。この町に来た時は絶対に又寄っておくれよ」
女将は一座が滞在中、毎日パンを買いに来る見目麗しく、礼儀正しいエルダー少年を息子の様に可愛がっていた。女将は豊満な体で包み込むようにエルダーを抱きしめる。
「エルダー、体に気をつけるんだよ。これ、一座の皆でお食べ」
エルダーは女将さん特製クッキーを受け取った。
「ありがとう。女将さんもお元気で」
エルダーとクミンは抱えきれない程のパンを持って店の外に出ると、外で待っていたターメリックは袋を受け取り荷馬車に載せる。その後も調味料、保存のきく加工肉、野菜、果物と旅での食料を買って回る。借り物の小さな荷馬車は山盛りになっていった。
一軒家の鍵を返却し、昼前には町を出立した。旅の一座を乗せた幌馬車は郊外の長閑な一本道をガタゴト進んでいく。今日からはまた暫く野宿が続くようで、幌馬車の中では美容を気にするセリ嬢仕様のコリアンダーからエルダーへ、肌のお手入れについての講義が開講されている。
「エルダーちゃん、若いからって油断しちゃダメ。美容の道は一日にしてならずよ!」
「はい、先生!」
エルダー達の様子を温かく見守っていたガルは、自分もかつてよく耳にしたエルダーの懐かしい台詞に胸が熱くなる。
(あの頃には想像もつかなかった、いつも張り詰めていたエルダー様が、あのように年相応の顔で笑っているなんて)
日が落ちる前に、本日の野営地である山越え途中の街道沿いの開けた場所に到着する。
幌馬車が止まると、すっかり旅慣れて来たエルダーは手早く少し大きめの石を集めて、簡易的なかまど作りを行う。かまどが出来ると、薪を燃えやすいようにセットし火をつける。かまどの用意は、旅に出てからエルダーが任されるようになった仕事の一つだ。
「エルダー、かまど組むの早くなったな」
料理担当のターメリックが、エルダーの組んだかまどに水の入った鍋をかける。あっという間にきっちり均等に切られた具材が、次々と鍋へ放り込まれていく。エルダーはその様子を後ろから覗き込む。
「ターメリック、他に手伝える事ある?」
「そうだな、吹きこぼれない様に鍋を見ていてくれるか? 時々かき混ぜておいてくれ」
「分かった」
ターメリックは鍋をエルダーに任せると、燻製肉の塊を少し厚めに切って、フライパンで焼いていく。途端に、辺りには香ばしい匂いが漂う。
「おっ! 美味しそうな匂い~。今日はお肉だね」
水汲みから帰って来たコリアンダーは嬉しそう言った。一緒に水汲みに行っていたチリは、釣り具を持たずにどうやって取ったのか大きな魚をぶら下げて帰って来た。
「ターメリック土産だ、内臓は処理して来た。後で塩漬けにしておいてくれ」
「大物だな。了解」
「チリ、凄い! どうやってとったの?」
鍋をかき混ぜながら、エルダーが羨望の眼差しを向けると、チリはエルダーの頭をくしゃっと撫でる。
「今度やり方を教えてやる。今はそっちに集中しろ、夕食を焦がすなよ」
「やった! 大丈夫だよ。ちゃんと混ぜてるから」
最初の頃、ターメリックに“鍋を見ておいてくれ”と頼まれたエルダーは、一生懸命に鍋を見つめ続けて、見事に焦がしてしまった事があり、未だに皆からネタにされている。
チリとコリアンダーは水樽を馬車の中に仕舞うと、ガルが切ってきた丸太を適当な場所に運んで、簡易テーブルや椅子になるものを即席で作って並べていく。
肉を焼き終わったターメリックはエルダーがかき混ぜていた鍋の様子を見て、調味料を追加し味を調整する。最終確認の後、スープを小皿によそう。
「エルダー、味見するか?」
「いいの?」
「ほら」
エルダーはターメリックから渡された小皿のスープをコクリと飲む。程よい塩加減にハーブのアクセント、野菜の優しい味わいが口一杯に広がる。
「ターメリック、美味しいよ!」
「そうだろう? さぁ、完成だ! エルダー、皿によそってくれるか?」
「了解」
「エルダー様、手伝います」
ガルは払った枝を薪にして焚き木の側に置くと、エルダーが盛り付けた木皿を簡易テーブルに運んでいく。焼いた燻製肉には、今朝、町を出る前に買っておいた白パンを添える。テーブルには、湯気の立つシンプルながらも美味しそうな料理が並ぶ。お腹を空かせた面々は、それぞれ好きな場所に腰掛けた。
「キーマとクミンはまだか?」
チリはキーマとクミンが食料調達に向かった森の方を見やる。程なくして森の中から弓を担いだキーマが、水鳥三羽と兎を二匹下げて戻って来た。
「すまない、遅くなった」
「キーマ、クミンは? 何かあったのか?」
「今の所は大丈夫だ、クミンには見張りに立ってもらっている。取り敢えず先に飯にしよう。ターメリック、クミンが後で食べられる用に、用意しておいてくれ」
ターメリックは頷くと、クミンの分の料理を食べやすいようにアレンジして、バスケットに入れた。
各々食事をとりながら、キーマから話を聞くことになった。