旅芸人の一座
山小屋から別の拠点まで馬で駆け、キーマ達一行は事前に準備していた幌馬車に乗りこんだ。
「しばらく傭兵稼業が出来ないからな、路銀を稼ぎながら行くぞ」
キーマがとったのは、旅芸人を装い拠点を転々としつつ港を目指す作戦。旅芸人の一座というのは、キーマ達一行の持つもう一つの顔だった。
ターメリックは“怪力のウコン”、チリは“短剣投げのペッパー”、クミンは軽業師のシード、コリアンダーは“妖艶な踊り子セリ”、キーマは“魔術師チョッパー”に。厳つく薄汚い印象だった面々は、“華麗なるライス一座”へと変貌を遂げる。
「驚いたな、傭兵姿からは想像も出来ない……全くの別人だな」
ガルは心の底から感嘆している。
「コリアンダーは女性だったの?」
エルダーは混乱している。それを聞いたコリアンダーはクスクス笑う。
「やぁね〜エルダーちゃん、俺は男だよ〜。でもこの格好の時はセリ姉様って呼んでね」
「分かった、セリ姉様」
「いやぁ〜ん、エルダーちゃん可愛い〜」
コリアンダーに抱きつかれて困惑するエルダーを救い出しながら、キーマは考える。
「後は、ガルとエルダーだが、どうするか……」
「私にお任せを!」
キーマの言葉を遮るように、コリアンダーが衣装箱をゴソゴソ探ってピックアップしたモノを、ガルとエルダーに渡す。
「こんなのはどうかしら?」
「これは?」
エルダーはコリアンダーから渡された服と、鬘をしげしげと眺める。
「エルダー、貴女の黒髪はこの国では目立つわ。その為に鬘と、女の子の旅は危険だからね、性別も隠しちゃいましょう!」
コリアンダーはバチンッと長いつけまつげを揺らしてウインクをする。
「そうだな、では、お前は今日から見習いの少年エルダーだ」
キーマの言葉に、エルダーは覚悟を決める。
「分かった。着替えてみる」
「セリ様が魔法をかけてあげるわよ!」
エルダーはコリアンダーに連れられて、布を吊るした仕切りの向こう側へと入っていった。
それを見送ったガルは、渡されたものをじっと見つめている。
「私のはフード付きのローブに異国のマスク?」
「ガル、お前が一番変装が必要だからな。それなら全身隠れはするが……よし、こうしよう。ガルお前を、魔術師チョッパー様の僕その一に任命する!」
「“魔術師チョッパー様の僕その一“? なるほど……」
ガルは何かを考え込んでいる。
(流石に、騎士様にこんなふざけた変装は厳しいか?)
キーマが別の提案を考えていると、ガルはおもむろにローブとマスクを身につけた。
「偉大ナル、チョッパー様。コレデヨロシイカ?」
ガルは外国語訛りの変なイントネーションで喋って見せた。キーマは信じられないモノでも見た様に目を丸くする。
「……ガル、あんた。意外とノリがいいな」
「……こんな感じかと思ったんだが、何か変だったか?」
マスクの下から真面目に答えるガルの声に、キーマは思わず笑った。
エルダーは服を着替えた後、コリアンダーに手伝ってもらって長い黒髪を纏め、この国によくある明るい茶色の鬘を被った。
「さぁ、できたわよ。エルダー少年」
コリアンダーが姿見の鏡をエルダーに向ける。そこには、どこにでもいそうな男の子が映っていた。その姿を目にしたエルダーは、また何かを思い出しそうな気配を感じたが、コリアンダーの呼びかけに霧散した。
「さぁ、エルダー。みんなにお披露目よ〜!」
エルダーは仕切りの布を捲って元の場所に戻る。そこには、怪しい仮面をつけ、頭からフード付きのローブをすっぽり被ったガルの姿があった。
「……ガル?」
「オォ! エルダー様。少年ノ格好モ、オ似合イデスネ」
ガルの胡散臭いセリフまわしに、一同は大爆笑した。
◇◇◇
山小屋を出た日から一週間程がたった。幌馬車での移動は念のため、しばらく村や町を避けて森の中を進む事になった。夜は順番で火の番と見張りをしながら野営する。
ガルは主人の首に何度も何度も刃を落とす悪夢のループに目が覚める。
(あの日から、同じ夢を幾度見たことか……)
寝床から起き上がって息を深く吸うと、じわりと浮かぶ汗を拭う。少し離れた場所では焚き火の温かな色が見える。今日最初の見張り番はキーマ、火の番をしながらランプの明かりで本を読んでいるよをうだ。ガルは寝床から出て、火の方へのそりと近く。ガルが火の側までやってくるとキーマは本から目線を上げる。
「どうした、眠れないのか? 交代にはまだ早い時間だが」
「どうも夢見が悪く寝つけなくてな……いっその事起きていた方がマシかと」
「そうか」
キーマはそれ以上聞かずに火に枝を焚べる。乾いた枝がパチパチと音を立てて炎にのまれていく。
「何を読んでいるんだ?」
「これか、そんな大したもんじゃない。単なる暇つぶしさ」
キーマは小型の本をガルに差し出す。ガルは興味深そうに本を受け取る。それはサルト国の誰もが知る『騎士物語』だった。
「なんというか、意外だな」
「そうか? 案外面白い。俺の育った国にはそういう物語は殆ど無かったからな」
「そうなのか、本が好きなのか?」
「好きかはわからんが、幼い時からの習慣のようなものだな。無いと落ち着かない」
「ははっ、ならば、返しておくとしよう」
パラパラめくって読むでもなしに本を眺めていたガルは、冗談めかしてキーマに本を返した。
その後しばらくの間、二人の会話は途切れた。静かで穏やかな夜だった。枝がパチパチと爆ぜる小さな音と、時折遠くで鳴いている鳥の声だけが聞こえていた。
ふと思い立ったようにキーマは火にかけてあった鍋の湯で手早くハーブティーを入れ、ガルに差し出した。
「飲むか? 体が温まれば少しは眠れるかもしれん」
「あぁ、ありがとう。頂こう」
キーマ自身は目が覚めるように別のお茶を濃いめに入れて飲むようだ。
「キーマ、すまんな。感謝している」
「なんだ藪から棒に、茶ぐらいで大げさな。それともまた何かしでかしたのか?」
「酷いな、流石に私も色々学んださ」
「ふっ、どうだかな。エルダーと一緒に毒キノコを嬉々として料理していたあの日を俺は忘れる事はない」
「ぐっ……それは忘れてくれて構わない。見知らぬキノコは金輪際、二度と口にしないと誓う」
ガルは小一時間笑い続ける笑い茸を食べてしまった日の事を思い出してげっそりした。
「……で、なんだ?」
「いや何、ここまで無事これたのもお前たちがいてくれたからだ。私一人ではエルダー様をお守りしながらの旅は無理だっただろう」
「気にするな、こっちはそれが仕事だからな」
「それでもだ、きちんと言っておきたかったんだ。ありがとう」
「……そうか。ほら、飲んだんならもう寝ろ。交代時間には起こしてやる」
キーマは照れ隠しか空になったコップをガルから奪い取るようにして、ぶっきらぼうに言った。
「そうさせてもらう。見張り頼む」
ガルは寝床に寝転がると目を瞑った。ポカポカ温まった体に自然と微睡みがやってくる。
(今度は、悪夢は見なさそうだ……)
ガルは交代時間までぐっすりと眠った。