山小屋 来訪者
依頼主の代理人は一度だけ山小屋を訪れた。変装用か質素な服装に身をやつしてはいたが、その所作には無駄がなく、言葉の端々から明らかに上級な身分をうかがわせた。
キーマが領主の首が入った木箱を差し出すと、特に表情を変えることなく淡々と中身を確認し、まだ長距離移動が厳しい二人については指示を仰いでくるので次の連絡を待つようにと言い置き、依頼主に届けねばならないからと早々に帰って行った。先ほど木箱がのっていた机の上には替わりに数年間は遊んで暮らせるような大金が残された。
「まったく、厄介な」
代理人が帰ると同時にそれまで黙って聞いていたチリは詰めていた息を吐き出した。チリの言葉を皮切りに、代理人がいる間は置物に徹していたクミンは文句を言いながら体をほぐし始めた。
「逃せって言っておいて、その後の事は考えてませんでしたとかありえないよな」
「まさか生存者がいるとは思っていなかったんだろ」
キーマがやれやれどうしたもんかと頭をガシガシかいた。
代理人が無造作に置いた大金を弄びながらコリアンダーも参戦する。
「本当ヤンなるよねぇ~。俺らが悪人なら面倒ごとをうっちゃって金を持ち逃げするとこだよ~」
口々に文句を言ったが、何のかんのと言いつつきちんと報酬が支払われたことにみんなの表情は明るかった。
代理人の指示待ちで、山小屋での待機生活が続く。
「代理人はまだ戻らないのかな」
「謀叛に関わった者たちはあらかた処分されたというが、依頼主は大丈夫なんかね」
「信じて待つしかあるまいよ」
そんな会話を交わした数日後、街外れの酒場の裏で、王都から派遣されていた文官が惨殺されたという情報をクミンが持ち帰った。その特徴から、殺されたのは代理人であったあの男で間違いなさそうだ。
「依頼主と完全に切れちゃったな~。報酬貰った後でよかったけど。これからどうするのさ、キーマ」
「代理人が消されたのが依頼主の意図なのか、別の勢力の仕業なのか、それとももっと別の理由があるのか……」
キーマは何かを考えて難しい顔をしている。そんなキーマの隣ではさっきまで買い出しに出ていたチリが渋い顔を浮かべている。
「依頼人とは引き続き連絡を取れるか調べるつもりではいるが、ここに隠れ続けるのは無理があるな」
「文官惨殺の犯人探しに、街の警備がさらに厳重になっていた。移動するなら早いほうがいいかもしれん」
「……ラカームワットに移動しよう。あの町なら、他国への船も手配できる。そこからプラト連合国へ渡るか? しばらくサルト国を離れた方がいいかもしれん」
「嬢ちゃん達はどうする? 連れて行くのか」
「助けたからには最後まで面倒は見るつもりだが、本人達の希望を聞いてだな」
「了解~、キーマの意見に賛成~。エルダーちゃん。磨けば光ると思うんだよね~俺の手で完璧な淑女に育てあげて……」
コリアンダーの俺好みのいい女構想が延々と続いく中、キーマはやれやれと思いながらクミンを見る。
「クミン、二人を連れてきてくれるか?」
「了解!」
クミンに呼ばれてエルダーとガルがやってくる。事の経緯を話たキーマは二人に今後どうするかを尋ねた。
「情けない事に、私の体はまだ万全ではない。エルダー様を一人では守りきれないだろう。できれば、足手まといにならないようにするので、一緒に連れて行ってくれないか」
ガルは握力が戻らない右手を握りしめる。
「エルダーはどうだ?」
キーマはエルダーにも聞く。
「私は、キーマ達と一緒に行きたい」
エルダーは捨てられた子猫みたいな頼りなさで静かに答えた。
「分かったから、そんな顔すんな」
キーマはエルダーの頭をガシガシかき回した。
二人を連れていく事が決まった後、今後の旅程について話し合った。
「問題は旅券の発行だな。エルダーはなんとか出来ると思うが、ガルはサルト国で有名みたいだからな」
「すまない」
「まぁ、なんとかする」
◇◇◇
出立の日時も決まり後は旅券発行待ちという所で、山小屋に現れたのは数名の兵士。窓辺で見張りに立つターメリックがハンドサインで人数を知らせてくる。それを見たチリは緊迫した様子だ。
「まずいな、つけられたか? どうするキーマ?」
「文官殺しの犯人を探して見回ってるだけかもしれん。こちらから情報提供してやる必要はない」
渋い顔をするキーマ。老医師はのんびりとした様子でキーマの肩をたたく。
「わしが出るよ。お前さん達は隣の部屋へ、地下から裏に出られる。何かあればそこからそのまま行きなされ」
キーマは荷物を纏めてクミンとコリアンダーに先にエルダーとガルを地下に連れて行くように指示を出し、ターメリックとチリには裏から出て馬の準備をするように指示を出した。
「先生、あんたは大丈夫なのか?」
「なぁに、気にするな、これでも高名な医者だからな。それに患者達のためじゃて、小屋の主人がここにいるのは当たり前の事だ、お前達がいない方がやりやすい」
「そうか、何から何まで世話になる」
「あぁそうじゃ。これを渡しておく、諸刃の剣になるかもしれんからの、使うときは慎重にな」
老医師は封書をキーマに渡した。
「これは?! ……先生、貴方は……」
老師はもう話は終わりだとばかりに入り口に向かいながら後手に手を振り、早く行けと合図を送った。キーマはその後ろ姿にもう一度頭を下げて地下室へと急いだ。