第一話
わたしたちは弱者だ。どれだけ頑張っても、不思議な力を使う生物に勝てない。火を吹く山みたいに大きい生き物には到底、敵わないし、わたしたちくらいの大きさの醜悪な見た目をした生き物にも負ける。
だから、わたしたちは集団で寄り添って暮らしている。この広い平原を彷徨いながら、不思議な生物に襲われないよう願いながら日々を過ごしている。
「おーい、クシャ。ここも、もう駄目だ。今朝方、ダルのやつがやられたらしい」
人が死ぬのなんて日常茶飯事だ。毎日、誰かが必ず怪我を負う。願っても死ぬときは死ぬと嫌と言うほど感じる。
「そう。じゃあ、ここを離れないとね」
「あぁ、もうみんな準備している」
この前、移動したのは、いつだったか。アイツらさえ、倒せる力があれば、移動しなくていいし、いつ移動したかなんて考えなくていい。そして、人が死ぬこともなくなるのに。
◆◆◆
この前の場所から移動して、太陽が何回か沈んだ。その間にも何人もの人が怪我をしたが、死人は出ていない。まぁ、どうせもうすぐ誰かが死ぬ。
アイツらはわたしたちの匂いを嗅ぎつけ、ここまでやってくる。動きが遅いので、もうしばらくは安心だが、ほかのヤツらが来ないとはかぎらない。
人の味を覚えたアイツらは非常に厄介らしい。オババ様がそう言っていた。
オババ様はアイツらのような生物を魔物と、呼んでいるが、その魔物達は生物を喰べるたびに力をつけていく。オババ様が小さかった頃から魔物はいたが、今ほど多くはなかったそうだ。
「クシャ、ちょっとよいかの?」
オババ様の事を考えていたら、ちょうどオババ様に呼ばれた。でも、今のオババ様は少し…
「ダルがおらんのじゃが、どこに居るか知っておるか?」
「ダルはこの前、アイツらに襲われて死んじゃったって何回も言ったでしょ?」
「はて、そうじゃったか?」
ご覧の通り、オババ様は疲れてしまっている。わたしやみんなに同じことを繰り返し、繰り返し聞いている。
「それで、アイツらとはなんじゃ?」
「アイツらはアレだよ、アレ。オババ様がマンティコアって呼んでいたヤツ。何か、こう、わたしたちみたいな顔を持った大きな獣だよ」
「そうじゃった、そうじゃった」
人、獣それぞれの特徴を持つことから人面の獣と、オババ様が呼んでいる。
マンティコアはわたしたちのような人の集団を見つけては襲ってくる。しかも、殺し方が酷い。少しずつ、痛めつけては苦痛に歪む顔を見て歓喜に悶える。
マンティコア以外にも、脅威は多い。時には、小さな子供の姿をした魔物――その魔物は邪妖精と呼ばれている――に集団の力自慢達が舐めてかかって殺されるものもいる。
インプはマンティコアよりも力はないし、強くもない。しかし、不思議な力を使えないわたしたちにとっては、十分に脅威だ。
「魔物のような力が使えたら、いいのに…」
思わず口から溢れる。この世界に生きている人間なら誰もが思っていることだろう。
◆◆◆
わたしが所属している集団は、現在、40人ほどが集まっている。この広い平原――わたしたちはビグラス平原と呼んでいる――を彷徨っている内に、他の集団と合流して増えたり、魔物に襲われて減ったりしているが、最近では、魔物が増えたので減る方が早くなっている。
オババ様は
「このままでは、儂らに生き残る道はないだろう」と、よくみんなに語っている。
そんなことはさておき、この集団では、いくつかの仕事がある。食糧調達、水汲み、子供の世話など色々だ。
「ねぇ、クシャ、遊ぼ!」
「俺、オババ様の話が聞きたい」
そんな中でもわたしは子供の世話をしている。世話っていってもこの集団に子供はほとんどいないから、とても簡単だ。
「そうだなぁ、昨日はオババ様の話を聞いたし、今日は何かして遊ぼうか」
「やったー♪何して遊ぼうかな」
「えー俺、オババ様の話がいい。疲れるし、魔物に襲われちゃうかもしれないじゃん」
「大丈夫だよ。今まで遊んでる途中に魔物なんて見たことある?ないでしょ。だから、今日は集団の探検だー」
子供たちの声を聞いていると、ふと視線を感じた気がした。辺りを見回してもいつもの風景だ。気のせいか。その後も嫌な視線を感じながらも子供達の世話をしている内にだんだんと気にならなくなった。
しかし、頭の中にはオババ様の語るあの言葉が繰り返し流れていた。