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 最後の日に、魔物に襲われかけたから?


 崖から落ちて大怪我をして怖くなったから?



 …俺の魔法が、恐ろしかったから?


 いや、炎魔法はともかく、エリシアは回復魔法に感動していた。

 …でも…。



『魔物。全部殺してやろうか?』


 あの時の表情は、今でも忘れられない。

 悍ましいものでも見てしまったかのような、恐怖に慄くあの表情を。


 やはり、俺の魔法が恐ろしくなったのか。

 


 何日も誰かと一緒だったせいか、一人になると寂しさを感じるようになり、心にポッカリ穴が開いたようだった。夜も昼も眠れず、再び苛立ちが襲ってくるようになる。

 時折眠れても、夢に現れたエリシアに冷たく『化け物』と罵られ、目が覚めた。



 エリシアがいないと、あの頃に逆戻りだった。


 知らなかった感情を引き出された分、悲しみさえ引き連れているのだから、あの頃よりタチが悪い。

 昔の生活に戻っただけだというのにな…。



 何度か、森を出てエリシアに会いに行こうともした。


 しかし、その度に思い出すのは幼い頃の唯一覚えている記憶。

 村の少女を殺してしまい、村の人たちに侮蔑と嫌悪の目を向けられながら石を投げられる、あの恐怖だった。


 …俺が怪物だからエリシアが会いにこないのだとしたら、行ったところで拒絶されてしまうかもしれない。


 エリシアに拒絶される恐怖を知ってしまったデリックは、一度そう思ってしまうと物心つく前から暮らす森を出る勇気はなかった。




 そうしてエリシアを待ち続けて、半年近く経っていた。

 久々に森を走る馬の足音が聞こえ、デリックはエリシアなのではないかと待ち伏せしていた。しかしやって来たのは、時折安否確認をしに来ていた騎士だった。


 森に足を踏み入れた一人の騎士を移動魔法で攫い、休む間もなく頭を湖に押し込む。

 水面下で息のできない騎士は手足をバタつかせて暴れ抵抗したが、腕力のないデリックでも魔法を使えば拘束するのは容易かった。



 やがて騎士が大人しくなったところで解放すると、咳をして息を吸い込むのがやっとな様子だった。


「知っている事を話せ」

「ゲホッ、貴様、に、ゴホッ…言うものか…!」


 デリックは騎士の顎を掴み、目を合わせる。


「催眠魔法」



 弱った騎士は簡単に催眠にかかり、その目は虚に、体は人形のように力なく座った。


「エリシアを知っているか」

「エリシア…、……誰だ」


 騎士は少し考えているのか間があった。



「この森に通っていた少女がいただろ」

「…エリシア・ヘンドリー?」


 姓までは覚えていなかったが、ヘンドリーといったのか…。



「彼女は今どこにいる」


 ヘンドリー家の人間なら、ヘンドリーの邸宅だと後になって思ったが、騎士の発言はデリックの予想に反していた。





「死んだ」


「……………………は………?」




 …死んだ?


 エリシアが…?



 思考が止まり、何も考えられなくなる。


 どのくらいか、放心していたデリックはようやくあの日のことを思い返していた。



「…う、嘘だ…。

俺はあの日、治療したし……」



 怪我は残っていないとエリシアも言っていた。


 元気そうに笑っていた。



「嘘を吐くな!」

「本当だ。馬車ごと崖から転落した」



 馬車ごと?


 崖から、落ちた……?






 嘘だ…。



 嘘だ、嘘だ、嘘だ……!!!





 枯れたと思っていた涙が、次から次へと溢れ出す。

 膝から崩れ落ちたデリックは、「嘘だ!!」と何度も叫んでいた。


「もっと詳しく話せ!何があった!どうして馬車が転落した!いつ!!どうしてそうなったんだ!!」


 それまで晴れていた空に、暗雲が立ち込める。



 突風が吹いてくると、紛れて飛んできたものが騎士の頬を擦り、涙のように血が流れた。

 ボツリ、ボツリと大粒の雨が木の葉に落ちてくる。


「…半年前、エリシア令嬢はデリック王子殿下の暗殺に失敗した。

二ヶ月の期限が過ぎ、任務に失敗すれば、エリシア令嬢を処分するよう国王陛下より命令が下されていた」


 また、国王。


 何度もその名を聞く。

 俺を殺そうとするだけでは飽き足らず、エリシアにまで手を出したのか…………っ。


 …そういえばエリシアと最後に会ったのも、出会ってから二ヶ月ほどのことだったはず。


 じゃあ、あの日。



 短剣を持ちながら俺を殺さなかったエリシアは…。



『…きっといつか、救われる日が来ますから』



 死ぬと分かっていて、何でもない顔をして、馬車に乗り込んだのか…………?



「最後の日の帰りの馬車を襲い、馬が暴れ出して馬車ごと崖から落ちた」



 なんで。

 なんで俺を殺さなかった。


 チャンスならいくらでもあったじゃないか。


 エリシアがいればぐっすり眠ることができた。

 エリシアにだけは背を向けても警戒しなかった。


 俺を抱きしめることができたなら、それほど接近することができたなら。


 俺を、殺せたはずなのに………。



 激しく本降りとなった雨が二人に打ち付ける。雨というにはあまりにも鋭く、攻撃性のあるものだった。

 やがて雷が鳴り始めると、彼方此方に落雷した。


「…俺は何も知らずに、ずっと、来るはずのないエリシアを待ってたというのか」


 そう口にすると、溢れていた涙が止まらなかった。



 もう、二度と会えない。


 エリシアの笑顔を見ることも、共に過ごすことも叶わない。



 彼女は、死んだ。



 

 ───殺された。



 地響きのように、激しい音を立てて雷が落ちた。


 どこからともなく竜巻が発生すると、森の木々を薙ぎ倒して王宮の方へと向かっていく。

 


「……………誰が殺した」

「…馬車から落ちた」


 デリックは騎士の首元を掴みかかると、今にも殺しそうな目で騎士を凄む。


「殺そうと馬車を襲った奴の名前を全員吐け」



 嵐と呼ぶには生温く、人々に危害を加えるほどの脅威を持っていた。

 雷は怒るように、雨は悲しむように。



 その日、エストランテ王国は記録的な災害に見舞われ、中でも王都と王宮は壊滅的な被害を受けた。

 

 屋根が吹き飛び、ガラス窓は割れ、何万人もの怪我人や死人を出した嵐よりも残酷な災害を、人々は神の咆哮と呼んだ。



 犠牲となった者の多くは王宮務めの騎士で、国王や王子、大臣らは地下壕に逃げ込み難を逃れた。




「君」


 デリックの起こした神の咆哮の被害も受けず、防御魔法でバリアを張って近づいて来たのは、腰の曲がった老人だった。



「儂の弟子にならないか?」

 

 デリックが雷を落としても、炎で炙っても、そのバリアは弱まることを知らなかった。


 

「君に魔法の使い方を教えてあげよう。儂の元においで」

「…エリシアにもう会えないのに、生きている意味なんてない」

「……エリシア……?」



 老人は「うーーーーーん」と迷った末に、ある提案をした。




「…では、死人を生き返らせる方法があることは知っておるか?」


 それまで吹き荒れていた風がピタッと止まる。

 


「……そんなものがあるのか?」

「儂に着いてきたら、教えてあげよう」


 胡散臭いと思いながらそれでも着いて行ったのは、もう一度、エリシアに会いたかったからだった。




次からは再びエリシア目線です。

今後いろんな人物が出てくる予定なので予告なしに変わることがあります。

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