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「…どうしたんだ、その顔」

「ええと…、ちょっと、眠れなくて…」


 その日はエリシアがクマを作ってきたが、理由を尋ねても誤魔化された。

 また昨日のように拒まれるかもしれないと思うと、深く聞くことは憚られた。




 それから一週間が経ち、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。


 カラン、と音を立てて落ちた短剣を目にするまでは。



「…!」


 エリシアは寝返りを打ったようで、ぐうぐうと寝息を立てている。エリシアの背後に落ちたそれは、間違いなくエリシアのドレスのポケットから落ちたものだった。


 俺を殺そうと………?


 そんな、まさか。

 今までそんな素振り見せなかったのに…。



 …いいや。こんなものを持ち歩くなんて、暗殺以外の他にどんな理由がある。


 今までの暗殺者は忍び込み、瞬時に俺を殺そうとしたが、エリシアは二ヶ月もの間をかけて、俺の懐に潜り込んだわけか…。



 自然とその首に手が伸びる。


 腕のように細い首は、少しでも力を入れてしまえば簡単に折れてしまいそうだった。



「んにゃむ…」


 すんでのところで、隠すように手を引いた。



 ……殺せない。


 殺せるわけがない。




 例え、エリシアが俺のことを殺すために親しくなったとしても。



 気付けば森の中で一番高い大樹の上に移動していた。冷たい風が頭を冷やしてくれるかと思ったが、そんなことはなく、喉がカッと熱くなった。

 頬に温かなものが流れる。


 様々な感情が波のように押し寄せてきては、デリックの心を揺さぶった。



 あいつは俺を裏切ったんだ。


 優しいふりをして、あんな短剣を隠し持って。



 でも、これまであいつは俺のために毎日サンドイッチを作り、魔物からも守ろうとしてくれた。


 俺に普通に接してくれたのも、俺のために何かをしてくれたのも、優しくしてくれたのも、笑顔を見せてくれたのだって、十年生きてきてあいつだけだった。



 俺を殺すために見せたとしても、許すのか?


 …許せるはずがない。



 ここまで俺の心を惹きつけておいて、今更裏切っていたなんて。


 エリシアもただの、暗殺者だなんて。



 許したい。けれど、他の奴らと同じなら、…憎い。



 そんなことを考えるうち、日が暮れかかってしまった。元の芝生に戻ると、エリシアの姿はなかった。


 暗殺を諦めて帰ったのか。

 それとも、…今にも俺を殺そうと、どこかの影に隠れているのだろうか?


「…追跡魔法」


 膨れ上がったエリシアそっくりの影が、あちこちを走り回る。

 …俺を、探しているのか?


 誰かを探すようにキョロキョロとしては、次の場所へと駆けて行く。



「ガルルルル…」


 魔法で聴覚を強化しているデリックには、離れていてもその唸り声が聞こえた。


 まさか、と思いながら魔法で木陰に移動すると、崖から落ちたらしきボロボロのエリシアと、エリシアに迫り寄る魔物がいた。


 助けないと──!



 ──……本当に?


 どこかで、そんな疑問が湧いた。


 俺を殺そうとした人間を、どうして俺が助けてやらなきゃならない?

 死ぬのは自業自得だ。


 ふと、デリックは返り討ちに遭わせた暗殺者たちのことを思い返した。


 あの時は何とも思わなかったはずなのに、血塗れとなった彼らのようにエリシアが横たわる姿を想像してデリックはゾッとした。




 エリシアが死ぬのは、耐えられない。


「っエリシア!」


 間に入り炎魔法で魔物を包み込むと、キャン!と鳴き声を上げた魔物は逃げ惑い、さらに崖の下へと落ちていった。


「エリシア!大丈夫か!」



 初めて、身の毛がよだつ思いをした。


 頭が真っ白になり、呼吸も忘れていた。



 小綺麗なドレスは土に塗れ、髪は乱れて、頬や手足の擦り傷からは血が出ていて。

 何より、足はありえない方向に曲がり、腹に太い木の枝が刺さり、大量の出血をしていた。



「殿下…」


 吐息でそう呼んだエリシアは、今にも目を閉じそうだった。



 怖い。怖い。


 嫌だ。


 エリシアを失うのだけは、絶対に。



 絶対に、嫌だ───!




「回復魔法!」


 外側の怪我を治しつつ、突き刺さった枝を抜いて体内まで回復させていく。


「あ…すごい…」


 体を起こしたエリシアが不思議そうに自身の体を見回すのを見ても、デリックはまだ手に汗を握っていた。



「エリシア、まだ痛いところはないか?」

「大丈夫です…。助けてくださって、ありがとうございます」


 良かった…。いつものエリシアだ。

 デリックは胸のつかえが取れたようにホッと息を吐いた。


 そして気付いた。



 俺は、エリシアを殺せない。



「そうか……」


 しかしこのまま崖の下にいるわけにはいかない。

 移動先に選んだのは、エリシアが喜びそうな綺麗な湖だった。



「わあ……!!」


 想像通りエリシアはその光景に目を輝かせる。


「綺麗ですね…!」

「…ああ」


 ボロボロのドレスを身に纏うエリシアをそっと木に寄り掛からせる。

 死にそうだったエリシアがあまりにも元気なのが嬉しくて、可笑しくて、デリックは笑いがこぼれた。



「殿下が笑った……!」

「…なんだよ」

「殿下が笑ったところ、初めて見ました!

笑顔の方が素敵ですよ!」


 笑顔なんて意識したこともなかった。


 しかし俺が笑顔になれたのだとしたら、それはきっと、相手がエリシアだからなのだろう。



「…殿下」

「何だ」

「助けてくださってありがとうございます」

「それはさっきも聞いた」

「でも…本当に、怖かったので」


 エリシアがデリックに寄りかかる。


 先ほどの事を思い出して恐怖を感じていると思うと、拒むことはできなかった。


「…だから魔物を消すかと聞いたんだ」

「それはやめて下さい」

「…エリシアのためを思って言ったんだ」

「デリック王子殿下」


 初めて名前を呼ばれた。



 その瞬間、心臓が跳ね上がる。


 手のひらまで騒がしいほどドキドキと脈が伝わり、見上げてくるエリシアに伝わらないかひやひやした。


「殿下のために申し上げております。

誰かを“殺す”なんて、簡単に言わないでください」

「あ……」


 そうか。

 エリシアは両親を殺されていたんだった……。


「…すまない」



 傷付けるつもりはなかった。

 ただ、エリシアを不安にさせる要素を排除してやりたかった。


「……殿下」

「なん───」


 何だ、と言いかけたデリックは、エリシアに抱きしめられて言葉を失った。



「…きっといつか、救われる日が来ますから」


 まるで断言するかのような物言いに、疑問を覚えた。



「…エリシア?」


 しかしエリシアはそれ以上を言わず、デリックの額に口付けた。



「っ…!!」


 首まで真っ赤になったデリックはエリシアを突き飛ばしかけたが、思い直して華奢な肩を掴んだ。


「……なんだよ……」

「へへ、もう帰りますね。送ってください」



 エリシアもまた、夕日のせいか顔が赤らんでいる。



 エリシアを見送りながら、デリックは心の中で認めつつあった。


 エリシアにだけは、自分は弱いという事を。



 例え殺されるかもしれないと分かっていても、エリシアを殺すことはできない。

 だからと言って、大人しく殺されることもないのだろうが。


 だから、せめて、エリシアが動き出すまでは、一日でも長く、ずっと一緒にいたい。




 口付けられた額を手で触れながら、自然と頬が上がっていた。


 早く、明日にならないかな…。




 しかし翌日を迎えても、エリシアが森に来ることはなかった。



 デリックは何日も何日も待った。


 だが何週間も待っても、エリシアは森に入った気配すらなかった。




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