全裸吸血鬼からの挑戦状
王領都市のとある教会の庭。
そこにはひどく倒錯した光景が広がっていた。
全裸の吸血鬼を脅す敬遠なる少女と、その傍らで目を逸らす半裸勇者。
「もーいーかい」
「まだです」
「も、もうやめんかっ」
「もーいーかい」
「あと少し」
「ちょ、もうやめっ……」
「もーいーかい」
「ええ、もう大丈夫です」
「……」
少ししてカサギが顔を上げれば、そこには一仕事終え手をパンパンと叩くキーセラとへたりこむトリスタリアの姿が。
下を向いている間「次よそ様に迷惑をかけたらどうなるか……」とか「ぬおぉっ!」とか、勇者パーティーにとっても相応しい素敵で健全な会話が行われていたが、幸い何か鋭いものが肌に刺さる音だけは聞こえてこなかった。
「血は?」
「出してないですよ。叱りつける為に怒ったフリをしていただけに決まってるじゃないですか」
「刺したっていいんだぜ、それでどうにかなるたまじゃあない」
吸血鬼の体は特別製だ。
ちょっとやそっとの傷はものの数分で完治してしまう。
そのせいでおいたが過ぎた時にはイスカに容赦なく手足を叩き潰される羽目になるのだが……。
「私は手紙書かなきゃなので先に戻りますね」
「その前にまず起き上がるのに手を貸し…あっおい待て、キーセラ。……あ、あいつ順調に図太くなってやしねぇか?」
用事だけ言い残すとキーセラは聖堂を解き、今度は礼儀正しく庭を回って玄関の方から部屋に戻っていった。
後に残されたのは全裸と半裸の男が二人、うつ伏せで倒れている地獄のような光景。
教会の庭と言うのがなんともまた罰当たりな……。
「トリス、起きろ」
先ほどから喋る度に深く突き刺さったガラスが揺れて、頭からツーと血が漏れている……が、全ての力を使い果たしたカサギにはその痛みを感じ取ることも出来ない。
目はかすみ、耳には空気が押し込めたよう。
体性感覚もほとんど消え去り、自分に手足が付いているのかどうかも判別不可能。
いつになく満身創痍の体で絞り出す呼びかけの、その声の行き先にいるのが大仰な身振りで人を小馬鹿にする力ある魔族ではなく、ケツ丸出しで倒れている男なのが本当に残念でならない。
「トリス」
「…ハッ……な、何を見ている貴様! 我輩があの程度の些細な切っ先に怯えようはずはない!」
「……おうとも、まったくもってその通りだ」
「何であるかその気の抜けた返事は! ほ、本当のことぞ!」
「んなこたぁいいから、とっとと俺を起こせっつーんだ」
「むぅ……」
渋々と言った様子で起き上がろうとしたトリスタリア。
一切無駄のないスラリとした体を震わせるが……まだ力が入らないようだ。
背中から生えた五本の骨に膜が張ったような蝙蝠型の大きな羽を力なく揺らし、小さく風を起こすのがやっとのこと。
陶器のような真っ白い顔に屈辱感をたっぷり浮かべ、尖った二本の歯で唇を固く噛みしめている。
イスカに植え付けられた先端恐怖症は、やはり相当なものであるようだ。
ほんのり赤い黒目はまだ怯えの色を宿している。
「情けないったらねーなァア、えぇ? トリスさんよーォ」
「き、貴様にだけは言われる筋合いがないわっ。あの処じ…婦女に背負われて街中を散策する貴様を目にした時の我輩の心模様をなんと言い換えたらよいか」
応酬を浴びせ合いながら、カサギとトリスはもぞもぞと顔を寄せた。
トリスが回復するまで近況報告と洒落こむつもりらしい。
このあたりの無言の連携はさすが仲間、と言ったところか。
「一体何から聞いたものやら、このカサギをしても頭を捻っちまう」
「フゥム。では尊厳を守るためにも、まずは我輩から言える事だけ述べておこう」
「全裸に至るに納得できる理由を教えて欲しいもんだ」
首を振り、垂らした右前髪を靡かせて「当然」と一言。
「盟友、貴様が我輩から理が非でも聞きたくてしようがない事柄はすべて掌握している」
「別にそこまでの関心がある訳じゃあ……」
「えぇい嫌がるでない! いいから聞くのだ我輩の苦節の数々を……っ」
この吸血鬼、意外にかまってちゃんである。
「結界を通れた理由、魔大陸に居ない理由、服を纏わぬ理由……ただの偶然から貴様と目を合わせて記憶を取り戻し、そこで我輩もこれらがただ一つの結論に集約されると気づいた」
カサギの「もったいつけてねーで、早く言いやがれってんだ」と言う視線を受けてトリスが不服そうに続ける。
「貴様が生まれし時まで遡った此度の時間転遷で我輩の誇る魔力、そのほとんどが失われたからである。
訳は理解できぬが、貴様の魔力が以前よりもよほど多いのを見るに、あり得ぬ話ではなかろう?」
カサギが再度何も言わずに顎で次を促せば、流石のトリスタリアも反応を求めるのを諦めたようだ。
それから意味も無く声を潜めて情感たっぷりに語りだした、己が全裸へと辿った道のりを――。
「16年前のある時、貴様が生まれし日、魔王が現界の予兆を見せ、魔大陸に在る生きとし生けるすべての者がその強大な力の一端に触れ、畏敬の念を覚えていたあの瞬間。
この世に生を受けてから107年と少しのあいだ魔族として生きていた我輩は突然に魔力を失い、人類種となった」
「彼奴の力を恐れ、または心服し、やがて来る現界の日に忠誠を示さんと魔大陸の統一を目論む魔族ども、その一派に目を付けられた我輩は厳戒態勢の不帰の浜を悠々と抜け、この大陸・ストレリチアへと足を踏み入れた」
「それから鬼人たちの里で優雅に隠遁生活を送ること15年。
つい数日前、とある理由から里を後にした我輩が中々に具合の良い処女を見つけ、吸血にあやかろうとした折、あの村の愚か者共は我輩を魔族と空目し、共鳴石をもって通報、すぐさまに基幹道を封鎖させた」
「H&A教会の屈強な追手どもが使う結界を抜ける為、我輩が魔族であった唯一の名残とも言える魔力の塊、あの外套を脱ぎ捨て、更に身の潔白を示すべく、王領都市の厳格な結界を自慢の羽で抜け、今に至る」
所々に自慢を挟みながらも、これまでの経緯を簡潔に言いきったトリス。
その顔をまじまじと見て、それが冗談ではないことが分かると、カサギがゆっくり首を傾けた。
「浜の警備とH&A協会の甘さも癪に障るが……魔族から人類種に戻っただァ?」
「そこは我輩も不思議であるところ。魔力の多寡の他にも何かが致命的に変わったのであろうな」
魔物に堕ちた人類種は法術で人類種に戻ることあるが、魔族に成った人類種は元には戻らないはず。
魔界には鬼人から成った魔族以外にも、生まれたその時から魔族である者たちが居る。
だが、もし時間転遷に巻き込まれるだけで戻るのなら、彼らとの争いは、もしかするとあるいは……。
と、そこで「立ち上がる前に、最後に一つ盟友に忠告をくれておこう」真剣にものを考えているカサギに吸血鬼が横槍を入れた。
「我輩の爪を見るがよい」
トリスタリアがゆらりと晒した鋭い爪には赤黒いマニキュアのようなものが張り付いていた。
「16年前に魔力の大半を失って以降、あの外套の切れ端ほどの血でさえ十全に操ることが出来なくなった我輩は、術の緻密さをひたすらに追い求め、扱う血の量を切り詰めていった。結果、我輩が操るは両の手の爪に薄く塗ってあるこればかり」
「だがしかし」尖った爪でもう片手の小指を指した。
よくよく見ると、その先だけマニキュアが僅かに欠けているようだ。
「その力は貴様も体感しただろう、いいやむしろ気づきもしなかったろう。貴様にはここにあった血を入れてやったのみよ。いまや我輩は悟られることなく相手を術中に引き入れる事が出来る」
一応"仲間"の能力だからと耳を傾けていたカサギが、なぜか言葉を切ったトリスに顔を向ける。
「……で? 忠告っつーのは?」
「『で?』ではないっ! まずは我輩を褒め称えるが良いっ」
「……スゴイ術ダネ」
「では進もうではないか、貴様のせいで話が円滑に行かなくてかなわん」
面倒極まりない会話にいい加減疲れてきたカサギだったが、次に出た言葉で俄然興味を取り戻した。
「兎にも角にも我輩の実力は未だ健在、どころか増々磨きがかかった。だが盟友、変化が起きているのは、貴様の"仲間"だけに言えることではないやも知れぬぞ」
「ほぅ……何があったっつーんだ?」
自分の近況報告の時に比べて耳の傾き具合が60度ほども変わったことに苦々しい顔をしながら「先刻、十五年ほども居た村を出たと言ったであろう?」と前置く。
「それは我輩を魔大陸より追いだした者どもの一人、上位魔族の男が来たからのこと。あの程度の木っ端魔族、戦えば我輩が負ける道理もないが、奴は自らを魔王の使者だと名乗り、四六時中我輩に付き纏っては魔大陸に戻るよう要求した。ちょうど村での借金も嵩んでいた故、お暇した次第」
「おい、なにサラッと借金踏み倒していやがる」
「そう気を急くでない。まだ話はここからよ。
奴はついに現れた魔王が、魔族でなくとも力ある者は魔世将に取り立てているとのたまうのだ。
記憶を取り戻した今分かる。これは我輩が以前魔大陸で目にした魔王の采配とは大きく異なっている。何かが妙だ。歯車がズレ始めている」
トリスタリアの言うように、魔王――ノーラ・トスケイナは決して魔族や魔物以外を部下にしなかった。
各地の要衝に置かれた魔纏楼は魔王城に近いほど信頼が厚い者が任されていたし、城に入れるのは数少ない側近だけと言う徹底ぶり。
その慎重さは勇者であるカサギの大雑把なやり方とは正反対。
そんな魔王がトリスタリアを……?
「なんだってヤツがこんな『先端恐怖症のノンデリカシー全裸吸血鬼』を欲しがるのかサッパリ分からねーなァ、おい。こんなヤツ居るだけ邪魔だっつーのによーォオ」
「む、言いたいことがあるなら言うがいい!」
「今しがた全部言ったじゃあねーか、なんだってこう会話が成り立たない。あといい加減に起き上がれ。この俺を抱き起せっつーんだ。カーッ、情けないったら無いね、だ」
「い、言うが盟友、貴様の姿も中々のものだぞ。仮にも勇者などとのたまっているであろうに」
不毛な会話をしつつ、もぞもぞ動き始めた吸血鬼が「それはそうと」と付け加えた。
「先において貴様を操るために潜り込ませた血で軽く体内を診てみれば、その血液はなんぞ。病魔に侵される間際であったぞ」
「ハンッ、そりゃあ大変なこったぜ。脅しとしてはイイ切り口だ」
「……」
「…マジにか?」
「うむ」
トリスタリアは鷹揚に頷いた。
「だが感謝するとよい。話している間、我輩の血で貴様の血管内の血栓をこそぎ落としておいた。流石ン我輩っ!」
「うげ……なんだそのミョ~に気持ちの悪い処置は」
「礼の一言もあってしかるべきところをこの返し、フフハハハっ、やはり盟友、これは貴様の口撃がすべて照れ隠しによるものだと言う証左に違いない!」
恐らくは排泄を減らすために極限まで水を減らしていたことが良くなかったのだろう。
それでドロドロになった血液が固まって血栓となり、血流を妨げて……。
カサギは考える。
このまま水を我慢していてはいずれ頭の血管が破けたりするかもしれない。
それではダメだ。
介護されつつも、やる時はやれなくては。
考えに考え、そこで先延ばしにしていたある一つの決意を固めた。
水は飲む、がぶがぶ飲む。
そしてその代わりに履くのだ。
……………………おむつを。
最後のプライドが邪魔をして使用を避けていたが、背に腹は代えられない。
魔王討伐と言う目的の障害となるような尊厳なぞ、へその緒と一緒に一切合切切り離したのだ。
そういうことにしているのだ。
「クッ、なんだってこんなことに……ッ!!」
「何処までも脇の甘い男であることよ」
「……ま、そりゃあ塩辛いトリスの脇に比べりゃあ甘いだろーぜ」
「誰がワキガかッ! ……貧弱め」
「理由があんだよ、この全裸ヤロウ」
「むっ! いやよいのだ、衣服なぞは手に入る。しかし貴様のはどうだ。永遠の貧弱、回復の兆しも無い」
「あァーン!? また言ったな! 全裸ならせめて歯にくらい布着せろっつーんだよ!」
「なにをッ! 貴様、まだ全裸を追求するかっ! その体たらくで!」
「上等だコラ! てめーにゃあ色々鬱憤溜まってんだよ」
「では勝負と行くか! フハハハっ!」
――こうなりゃあ俺はトコトンやるぜ、動かねぇ体の最後っ屁、その一撃で沈めてやる。
カサギとトリス、二人してお互い今にも技を繰り出そうとしたその時、コンコンと窓枠を叩く音が鳴った。
そこに居るのは勿論……、
「まったく……二人とも静かにしてください、深夜なんですよ?」
「「スミマセンデシタ」」
……何度だって言うが勇者パーティーは女が強いのだ。
先ほどまでの様子が嘘かのようにすっくと立ちあがったトリスタリアが、カサギに手を差し伸べて小便の溜まりからその体を引き上げる。
「おかしいと思ったぜ。こいつ、動けねーフリをしていやがった」
「フハハハ、なに、すべてが嘘と言うわけでもない。最初の数十秒は確かに足が震えていた。なにより血を精密に操作する際、我輩は完全な静止を必要とする」
言いながら羽の先をカサギのシャツに突っ込んでスルリと脱がし、ペアルック(全裸)になったそいつの両脇を抱えて井戸へと歩き出した。
体を流してくれるようだ。
「おむつ……か、このカサギも遠くまで来たもんだ……」
乾いた声を鳴らすカサギを見て何を思ったのか、トリスタリアが「フゥム」と思案気な顔で足を止めると、並外れた膂力を以てまだ遠くにある井戸へカサギを……
「おいッバカ、んなァアッ!」
放り投げた。
カサギのひょろい体が井戸枠の石の中に消えたあと、しばし遅れて届いた水音にトリスタリアが高笑いする。
「フハハハハハっ! 処女の一声で和解するとでも思っていたのか! 今回の所は貴様の悲鳴とこのシャツを治療費にしておこうぞ!」
井戸に向かって救出に走るキーセラを確認してから、少し膝を曲げて屈み……ぶわりと羽で空へ飛んだトリスタリア。
すこぶる気分が良さそうなその顔に、真下から風を切って迫る石……
「む、なんぞ」
を、トリスタリアは難なく受け止めた。
見ると、そこには右手以外を井戸の壁面にめり込ませている男の姿がある。
どうやら落ちないよう石を穿ち、そのついでに石の落下で水音をかき鳴らしつつ、手に入れた破片を投げて寄こしたらしい。
「ヘッ、どこに行くつもりか知らねーが、気持ちよく帰して堪るかってんだy……あッおい! その石をどうするつもりだ!」
「フンっ」
……カサギから狙える位置と言うことは、トリスタリアからも射線が通っているという訳で。
両足片手を壁面に埋め込ませ、今度こそ完全に脱力した全裸の男には、股間に迫る豪速球なんて防げるわけは無く……、
「やめ、止めろォォオオッ! タマナシ勇者だけはごめんだぜーーがッ、んグギッ……」
一も二も無く気絶した。
「少し興を削がれたが、懸命に抗う様もまた一興。話を戻すが……今の貴様には我輩が力を貸してやる気にもならん」
意識が消えたカサギに、聞こえてないと知りつつトリスタリアが続ける。
「前回の旅に同行したのはあくまで貴様の立てる作戦が、成す偉業が、何よりの娯楽であったからのこと」
井戸に駆け寄り「大丈夫ですか!?」と中を覗き込んで、そこで磔になっている全裸に白目を剥いたキーセラの事など、トリスタリアには眼中にないらしい。
段々とボルテージを上げながら、隠していた本音を明かしていく。
「力を失ったのは構わない。ただし……」
あくどい笑顔に手を当てて、その隙間からカサギへと鋭い眼光を投げる。
「先の近況報告には虚偽がある。通報したのは村の愚か者ではない。我輩だ。件の上位魔族が我輩との交渉手段として基幹道を使う商人どもを人質に取ろうとした。よって、我輩は自らを通報し、先んじて封鎖させたのだ」
「王領都市の結界を通り、人類種であると証明した我輩が、兵士どもにそれを伝えないのはなぜ故か。それはその上位魔族が、この近辺に来ているからのこと。封鎖を解く訳にもいかないであろう?」
「どうしたものかと考えていたのだが……それが今は具合がいい! もし我輩の力を借りたいのであれば、魅せてみろ! その魔族を倒して証明するといい! 勇者カサギはここにありと! 貴様のやり方で我輩を楽しませてみせろ! その日までさらばだ! フフハハハッ! フハハハハハハッ!!」
今日一番の高笑いを響かせながら、その吸血鬼は大きく飛び上がると、今度こそ夜の闇へと消えていった……。
「……上位魔族が?」
静かに繰り返したキーセラの声もまた、暗い庭に溶けて消えた。
よ、ようやく一章でのやることリストを全部出せた……。
〈リスト〉
・注文した魔導具と服の受け取り。
・移動手段の確保。
・金集め、ついでにビリー家立て直し。
・華々しいデビューを飾るための根回し。
・上位魔族の討伐。
次回からの数話を踏み台に、加速していきます。
何度でも言いますがエタりはしません。
ので、ブクマして待っててください!(本音)
ポイントとかは作者もよく分かってないんで、ブクマか感想をギブミー!




