要介護勇者、世にデビュー
初投稿です。
この小説での「要介護」はあくまで登場人物を形容した比喩的な表現であり、作者に特定の個人を軽んじる意図や、またそう言った主義はありません。
王領都市の大通り、フタヒラ区画の側に並んだとある店――占い堂。
占い一筋80年の老婆が営む老舗だ。
この地に根付いて長いのもあって、都市には『面倒な同僚について相談したんですが、今じゃそいつが旦那です』といった人から『あの店のアドバイスで両親が仲良しして生まれたのが私』といった人まで、恩恵を得た者は数知れない。
つい先日も、愛弟子が王から直々に桂冠詩人の称号を授けられたことでも名前が挙がったそこ、日夜お客で賑わうその建物は今、普段の大盛況ですら比べ物にならないような喧騒に包まれていた。
「どうだったんだー!」
「おばばさまー!」
「後どれくらいなのでしょうか!」
「おぉ神よ、統一神カラーロよ! どうか彼らを祝福ください!」
「うわっ、押すなよ!」
「この線より前に入らないで!! おい、入るなっ!」
「あ! あんの兵士のやろ、剣抜きやがったっ」
「さぁ買った買った! オレンジ大福がお安いよぉ~」
「隠すな! 我々には知る権利がある!!」
「だから待ってればいいんだよ!」
「うるせぇぞお前ら! 集中させてやれ!」
「おばばさま頑張ってー!」
視界の端から端まで、どこを見たって人、人、人。
右では屋台がひっくり返り、左では圧迫されて呼吸困難に陥った女性が運び出されていく。
器用に人の間を駆けていくスリもいれば、背の高い絡繰り馬車から顔を覗かせる貴婦人もいる。
都市の人口の半数、約四十万人がその一本の大通りに大挙として押し寄せていた。
彼らが求めるのはたった一つの占いの結果。
なにもここにいる彼らだけじゃない。
証拠に、人々の最前列では『毎日マジカル新聴』の情報魔術師が、手に握り込んだ魔道具に向けて声を放っていた。
かつてない大仕事のためか、にわかに緊張した声だ。
「こちら、わたくしがおりますのは王領都市の占い堂前です。占いの結果をいち早く知ろうと、建物には夥しい数の人が押しかけています」
「先ほどはみだりに暴れる若者が拘束された様子も見られ、大通りは大変混乱して――ああっと! あちらで今、兵士の方々が結界を張って民衆を押し返した模様です!」
情報魔術師の声が言霊の技法で魔力に乗り、中継地を経て魔導都市に届くと、それが世界最大の共鳴石によって大陸の端々にまで流れて行く。
大通りに集まった民衆の中には現場に居ながらも共鳴ラジオ――魔導都市から出る特有の波長の魔力を受け取る魔道具――を持ってきている者が居るらしく、そこからキャスターの声が聞こえていた。
『……三日に及んだ“勇者予見”の大儀式もいよいよ完成が迫り、辺りには殺気立つような熱気が渦巻いております』
『では一度、王領都市の中継局にお返しいたします。儀式が終わるころにまたお会いしましょう』
少々のラグはあるにせよ、そのラジオを通して大陸中のあらゆる人類種がそれ――勇者予見の占い、ひいては勇者を待ち望んでいた。
そう、勇者。
統一神カラーロに寵愛されし神の遣い。
邪悪なるものを退け、遍く人類種を救う希望。
魔王と時を同じくして生まれ、戦う運命にあるという伝説の存在。
魔大陸で現界の予兆が確認されてから15年の歳月が経ち、ノーラ・トスケイナと名付けられた魔王がとうとうその姿を現して、早1年。
この1年の間、魔大陸の向かいに位置する第一の防衛ライン――不帰の浜は平穏そのもので、隊列を為した行軍はおろか、はぐれの魔物一匹渡ってくる気配すら皆無だった。
だが、つい数日前に命からがら帰還した派遣隊の報告によれば、こちらが殻に籠って身を構える間にも向こうは着々と準備を進めていたらしい。
側近の部下――魔世将を増やし。
要衝に拠点――魔纏楼を建設し。
堅固な居城――魔王城を築城し。
今はまだ魔大陸から足を出さないが、この大陸ストレリチアに手を伸ばす日もそう遠くはないだろう。
後手に回った人類種に「勇者の所在を知りたがるな」というのはとうてい無理な話だった。
ざわめきの中でしばらくの時が経った頃、占い堂のバルコニーに男が姿を現した。
魔道具の力を借りて、その人物の静かな声が大通りに響く。
「皆様、大変長らくお待たせしました」
その一言でまた一段と膨れ上がった熱気は、もはや只中に居るだけであてられてしまいそうなほど。
男の後に続いてぞろぞろと出てくるのは、儀式を執り行った魔術師たちが数十人。
盛大な拍手で迎えられた彼らは汗みずくの煤だらけ。
一目で疲れが見て取れるような覚束ない足取りをしているが……抱き合ったり人々に手を振ったりと、誰も彼もが大きな達成感を滲ませていた。
最後に若い男に手を引かれて出てきた老婆が魔道具を口元に寄せ、120歳に相応しいしわがれた声で――告げる。
「さぁ若造ども、喜びな。儀式は……成功だよ」
その老婆、占い堂の店主キャメロンが言い切ると、まだ盛り上がる余地があったのかと目を剥くような熱狂が大通りを駆け抜けていく。
6つの都市の都市民と、300の町の町民と、1500の村の村民、そのほか幾多ある集落や里の民、全ての人類種の願いが成就したのだ。
「ありがとー!」
「主よ、カラーロよ。感謝します。あなたのお恵みに」
「信じてたぞー! 神もあんたらも!」
「神さんがいつまでもお告げをくれないから……」
「言葉が過ぎるぞ!」
「おい、そいつを捕まえてくれ! 財布を盗まれたんだ!」
「早くはじめろー!」
「おばばさま!! 今日も素敵ぃ!」
おばば様と呼ばれたキャメロンが、その熱心なファンを尻目に水晶を掲げた。
「いいかい。今からこの水晶が空に映し出すのは、世界のどこかにいる六代目勇者の今の姿。伝承通りなら16歳だろうね。どこにいるかまでは分かりゃしないが……その姿絵はストレリチアの至る所に配布される。全員で探そうじゃないか。世界を救って貰わないとだからねぇ」
そう言ってから占いを始めようとして……「あぁ、そうだ」と思い出したように動きを止めたキャメロンが
「――」
一言加えてにやりと笑い、男女で全く別の反応を見せる民衆に一瞥くれると、若い男に支えられつつ今度こそ占いを始めた。
助手の魔術師たちがおっかなびっくり緊張した手つきで屋内から持ち出したるは、クヌギの魔物・ツギハギクヌギの樹液にたっぷり浸した巨大な布地。
数人がかりで大通りのど真ん中へ放り投げられると、巨大帆船の帆にも劣らないその布が風に巻かれるようにして空高く飛んで……不自然にも、ある所で四隅を大きく広げてビタッと止まった。
ちょうど占い堂のバルコニーを太陽から隠すような位置だ。
アートと見紛う緻密な幾何学模様が描かれた面が陽を一身に受けることしばらく、いつしか布自体が光を逃がすように輝き出し……、
……やがて一際大きく発光、視界の全てを白で塗りつぶした。
五秒が経ち、ようやっと光が収まったあと。
怖々と瞼を押し上げた人々は……頭上に広がる光景に思わずほぅと感嘆を漏らした。
理屈を抜きにして「お前はなにか圧倒的なものを見ているのだ」と見た者にまざまざと思い知らせるような。
血で描いた正三角に魔力を流して火種を得るといったレベルの魔法を児戯へと貶めて、これから始まる占いの期待を更に煽るような。
そんな、神秘的な光景。
布の魔法陣から一条二条と出た計五本の光線、それらが交差して昼の空に幾何学的な立体構造を描き出し、その先にある一点……キャメロンの持つ水晶で身を結んでいる。
「さぁ勇者、姿を見せな」
誰が鳴らしたのか、はたまたこの場の全員がそうしたのか、とにかくさっきとは打って変わって、生唾を飲み下す音が響くほどの不気味な静寂が辺りを支配する中。
さらり。
変化が起きた。
魔術師が持つ高坏の中にある黒鉛が、光線に沿ってさらさらと空へ巻き上げられていき、布地をキャンパスにして砂絵でも描くかのように動き始めたのだ。
それはいつしか人型の輪郭を作り出し、それからゆっくり細部の形を詰めていく。
人類種なのは当然として……と、人々はまだ見ぬ勇者の姿に想いを馳せた。
――魂人? だが足があるぞ。
――鐵人にしちゃ輪郭が丸いな。
――鬼人、って訳にもいかねぇか。
――魚人ではなさそうだ、腕ヒレがない。
――鉱人はもっと小さい。成長期が一年なのさ。
――獣人の類じゃないね。俺らの耳はもっと上だ。
――植人はないわ。頭に生えてるあれ、枝じゃないもの。
――なら…………………人間か。
緊張のあまり知らず知らずのうちに息を止めていた群衆は、勇者が人類種で最も非力な、生殖しか能がない人間であることに大きく落胆して、どっと息を吐き出した。
この場のほとんどが人間か、もしくは人間との混血だというに、だ。
だが10数秒後、そんな彼らは更に肩を落とすことになる。
今や髪型まで事細かに描写され、人間の男であることがはっきり識別できるようになった砂絵が、残り少ない黒鉛で表情や肉付き、それにわずかばかりの背景を描き出していく。
まず分かったのは、勇者が今寝転がっているという事。
次に分かったのは、勇者が口を動かしているという事。
そして最後に分かったのは……………………。
……。
……。
……。
「ねぇ、見えないよ」
「あ、あぁ…………待ってなソマリ、今お兄ちゃんが肩車してやるから」
完成した絵を見たっきり息を飲んで固まった四十万人の中で誰よりも早く反応を示したのは、兄の肩の上からそれを見た、いたいけな童女だった。
「……? あれが勇者さま? でも、なんだかとっても……」
思い当る何かがある様子の童女が唸ってそれを考える内。
次に沈黙を破ったのは魔道具店の店頭におかれた共鳴ラジオだった。
手を尽くし宥めすかしてやっと砂が混じったみたいな音を出してくれるような、お値打ち品のそれから声が漏れてくる。
キャスターがどうにか正気に戻ったようだ。
『この放送をご視聴中の皆さま、是非とも驚かずに聞いてください。う、映し出された勇者の姿は……ま、まるで……………………』
「あっ、そうだ!」
童女がぴったりの言葉を見つけるのとほぼ同時、キャスターの女性が慌てながらも、勇者の状況を実に簡潔に、言い換えれば全く歯に布着せずに言い放った。
「ソマリのおじぃちゃんと一緒だ!」
『まるで! 要介護認定を受けた老人の、よ、ようです!』
希少な素材に、有用な人材。
三日に渡る大儀式の果てに、人類種の希望に応えて完成した魔術。
その砂絵には、こんなものが描写されていた。
『豪華な天蓋付きベットに横たわった、瘦せぎすでヘロヘロの若い男が……何者かにおしめを取り変えてもらっている姿』
喧騒、感動、静寂、落胆。
どれも全て期待によって発露していた出来事だっただけに、それを吹き飛ばされた今、最後に残ったのは果てしない困惑。
これが勇者?
こいつが自分たちを救うのか?
魔王の手から、これが?
「あの弱そうなのが勇者さまなの? ねぇお兄ちゃん。なんで答えてくれないの? どうしてソマリを肩から降ろそうとしてるの? ねぇ、ねぇってば」
「………ソマリ。よく分からないけど、多分見ちゃダメだ」
この時、人々が一斉に嘆息するもんだから、その気流が大陸の中心にあるこの王領都市でぶつかってつむじ風を起こし、布を天高く巻き上げて行ったとかなんとか。
とにかく、儀式によって明らかになった勇者の人物像はすぐさま『魔法郵便』の速達便で運ばれて、たちまち大陸中に周知されることになる。
キャスターの発言に因んで「WANTED!! 要介護勇者!!」という何とも不名誉な仮称と共に……。
こうして今代の勇者はあまりに意味不明で鮮烈なデビューを果たしたのだった。
そして!
ここで話は一度、占いが決行されるXデーの十数日前に遡る!
ブックマークと評価のほど、是非お願いします!
最低でも45話までは毎日上げられそうです。
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効能:クラスや職場にて(変な意味で)一目置かれる。