今まで私に嫌がらせをしてきた公爵令嬢が急に優しくなって少し怖いです。
「この淫乱ドブネズミ!」
私は、公爵令嬢であるレナ・ラプテフ様とレナ様のご友人の方にそう呼ばれている。
その理由は分かっている。私がレナ様の婚約者である、ヴォルガ・ライティリ様と親しくしているから。
自分でも距離を取らねばならないと分かっているけれど、そのような事は優しく接してくださるヴォルガ様への失礼に値してしまう。
私が耐えるだけでいいのなら、このままの生活を続けていく事が最善の案。そう、ただ耐えればいいだけ。
「何よそのみっともない顔。あなたの泣きっ面なんて見るだけで反吐が出るわ。これで顔でも隠しなさい!」
そう言って、レナ様は私にバケツに入った泥をかけてきた。
「ふん、いい気味よ」
そのすぐ後、ドサっという鈍い音が耳に入ってきた。急いで顔の泥を拭うと、レナ様が地面に倒れているではありませんか。
ご友人の方はおろおろとしており、私もただ呆然と見ている事しかできなかった。
その時ふと、心が少しスッと軽くなった気がした。
この気持ちがなんとなく分かった気がする。たとえ自分のせいと言い聞かせても、やはり自分を見放す事はできなかった。
心のどこかで、この行いは理不尽だと分かっており、どうにか脱却したい、レナ様が嫌いだと、思っていたようだ。そして今、嫌いなレナ様が地面でのびているのを見て少々、いい気味だと思ってしまう。
なのにどうして、私はレナ様の心配をしてしまうのだろう。倒れたレナ様を見て、狼狽えるだけで何もしないご友人に少々腹が立ってしまう。
私は持っているハンカチを濡らして、レナ様の頭に添える。きっと、起き上がった時に罵詈雑言を言われるでしょうが、構わない。
倒れた人間を放っておく事よりは幾分かマシな事だ。
「いったた、ここどこ?」
「あの、大丈夫でしょうか?」
レナ様はじっと私を見ると、驚いたようにその赤い目を見開き、体を起こす。金色の髪が少々乱れてしまっているのが気になってしまうのは、言わない方がいいでしょう。
「え、え? ふわふわした茶髪に緑目って、もしかしてキャノちゃん? キャノ・リスタちゃん?」
レナ様は困惑しながら私にそう尋ねた。
「はい、そうです。あの、頭を打たれたようなので診て──」
「え! ほんとにキャノちゃん⁉︎ てか、え? どうして泥だらけ? え、え? というかどうして私ここに……」
「あの、レナ様、本当に大丈夫ですか?」
「え? レナ?」
レナ様はご自身の名前を聞くと、すぐに近くのガラスに駆け寄っていく。
「NOOOOO! え、何これ⁉︎ これってもしかして今流行りのやつ? 嘘でしょ、ああいうのはファンタジーのお約束ってだけでしょ!」
「あの、レナ様?」
レナ様はこちらを向くと、顔を青くしていきます。
「あの、一つ確認したいんだけど」
「はい」
「その泥って、もしかして私のせい?」
これは、一体どう答えればいいのだろうか?
もし肯定してしまえば、レナ様を責めた事になり、機嫌を損ねてしまう。しかし違うと言えば、私の行動に価値はないと言いたいのなど、これも責められてしまう。
一体どう言えばいいのだろう?
「……いえ、泥を避けられなかった私の責任です。レナ様に責任はございません」
私がそう言うと、レナ様はものすごい勢いで頭を下げた。
「本当にごめん! ごめんなさい! ああ、どうしてこんな酷いことを」
レナ様は制服のポケットを探り、ハンカチを取り出した。
それを私の顔に当て、泥を拭っていく。
「本当にごめんね。あと、多分今までも結構やらかしてるよね。本当にごめんね。もう二度としないから」
「…………いえ、気にしてませんよ」
レナ様のあまりの豹変ぶりに、私はその言葉を吐くことしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
レナ様のあの不可解な行動、正直また新たな嫌がらせではないかと思ってしまう。だけど、レナ様には申し訳ないが、それほど頭の回る方ではない。
「キャノさん、難しい顔をされてどうされたのですか?」
「ヴォルガ様。……あの、実は──」
ヴォルガ様に、レナ様の急変について相談しましたが、どうやらヴォルガ様が気にしたのはそこではないようだ。
「またレナはキャノさんにそんな事を。キャノさん、本当に申し訳ありません。婚約者を制御できない僕にも責任はあります。はあ、家同士の決定の為、簡単に婚約破棄が出来ないのも悩みどころです」
「それは大変ですね。それでレナ様の事ですが、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「人はそう簡単に変われません。キャノさんはレナの事を警戒しておいてください。僕に言わないだけで、他の貴族の方からも何か言われているのでしょう。何かあったら、遠慮せず僕に相談してください」
「はい、分かりました」
このお茶を飲んだらすぐに退出しようと思い手を伸ばすと、ヴォルガ様が話しかけてきた。
「ところで、この部屋は寒いですか?」
「──? いえ、そのような事はありません」
「そうですか。あまり気にしないでください。キャノさんが体をさすっていたので、確認したまでです」
ヴォルガ様にそう言われて確認したところ、たしかに私は無意識に体をさすっていたようだ。
◇◆◇◆◇
あの日からレナ様からの嫌がらせがぴたりと止んだ。
それどころか、私が少し目を離した隙に、お詫びとも取れるお菓子が机の上に置かれている。贈り物であることと、平民である私には一生食べられないような高級な品の為、捨てる事もできず、おかげで少し体重が増えてしまった。
そして何よりの変化は、ローブを羽織って正体を隠しているつもりのレナ様が、よく助けてくれるようになったこと。
「聖魔法が使えるだけの平民が、馴れ馴れしく王子様と話すなんて! それに何? 王子様にそんな毒物を食べさせるつもり⁉︎」
「ちょっと、やめなさい! 聖魔法が使えるだけの平民なわけないでしょう! それだけで王子様が友好的に接するなら、王子様に対しての冒涜にもなるよ! キャノちゃんはね、とっても優しいんだよ! 優しくて、努力家で、あなた達のように嫉妬で人を貶すような事はしない!」
「な、何よ……」
そう言われ、貴族の方は去っていきます。
「そ、それじゃあね」
「あの、レナ様」
「わ、私はレナではない。謎のローブだ!」
そう言って焦って誤魔化すレナ様を見て、自然と笑みが溢れてしまう。
「ではローブさん、少し付き合ってくださいませんか?」
「わ、私は忙しい」
「そうですか。では、レナ様に伝言をお願いしてもいいですか?」
「……いいだろう」
「ありがとうございます。伝言は、お菓子ありがとうございます。ですが、我が儘になってしまうかもしれませんが、少々体重が増えつつあるので、控えてくださると助かります」
「わ、私じゃない!」
そう言った後のレナ様のあっ……という表情がすべてを物語っています。
「レナ様、もう、機嫌を伺うのはやめようと思います。これは私の為ですが、レナ様の今後の為にもそう思います。また、新たな嫌がらせですか? 一体、何が目的ですか?」
声が震え、レナ様の言葉を聞くのが少々怖い。
「本当に、ただキャノちゃんにしでかした事を償おうと思ったの。でも、私が行ったことはキャノちゃんの心に大きな傷を与えた。私が面と向かって償っても、それは自己満足にしかならない。だから、キャノちゃんには私がやったってバレないようにすれば、キャノちゃんの中での私の好感度は上がらないけど、心の傷はこれ以上酷くなる事はないでしょ」
レナ様は眉を顰めて笑った。少し、苦しそうな笑顔だった。作り笑いとも思えない。ただただ、今は笑顔を見せないとっと思っているような、そんな笑顔だった。
「レナ様、私はあなたが嫌いでした。たしかに、レナ様から見れば私は聖魔法だけが取り柄のくせに、婚約者にベタベタしているように見えたでしょう。ですが、一つだけ言わせてください。私は一度も、自ら王子様に会いに行った事はありません。この学園で唯一の平民である私を、王子様はただ気遣って下さっただけです」
「うん、知ってる。キャノちゃんは何も悪くない。ただ、レナはヴォルガの隣を奪われるのが怖かっただけだったと思う。平民に隣を奪われるというのは、プライドが許せなかったんだと思う。キャノちゃん、今まで本当にごめんなさい。一生嫌いなままでいいです。許してほしいなんて思ってません。ただ、今後は学園生活を楽しんでほしいです。平穏な学園生活を送ってほしい。ただそれだけです」
レナ様は少し他人の事のように話した。だけど、最後の言葉はレナ様からの本心のように聞こえた。
見たこともない、頭を床につけた謝り方。やったことなどないけれど、おそらく普通の人にとって、一番屈辱的な、それでいて一番誠意の伝わる謝罪の体勢に思える。
そんな体勢しなくてもいいのに。
「レナ様、勘違いをしていらっしゃいますよ。私はたしかにレナ様のことが嫌いでした。ですが、今はそれほど嫌いではありません。
人はそう簡単に変わらないと、ある方がおっしゃっていましたが、今のレナ様を見て、変わる方だっていると教えてあげたいです。先程の御令嬢方が、これを王子様宛の物だと勘違いしていらっしゃいましたが、本当はレナ様に渡そうと思っていたものです。
私が作った物ですので、レナ様が普段から口にしているお菓子に比べれば、捨てて同然の物かもしれませんが、受け取ってくださると嬉しいです」
顔を上げたレナ様は、考えが追いついていない顔でバケットを受け取り、中にあるマフィンを一つ口にしました。
「おいしい! すっごくおいしい! キャノちゃん才能あるよ! 今まで食べたお菓子で一番おいしい!」
それから次々においしいおいしいと溢しながら、嬉しそうに頬を緩ませて頬張る。
「あー、おいしかっ……あっ、もしかしてキャノちゃんの分もあった? ごめん、全部食べちゃった!」
「大丈夫ですよ。レナ様のお口にあったようで何よりです」
そう告げると、レナ様は少々考え込んだ表情になった。
「あの、キャノちゃんはどうして私に良くしてくれるの? 私、キャノちゃんに嫌がらせされる事はあっても、良くしてもらう覚えはないよ」
「自分がされて嫌な事は他人にはしない。そう思いませんか?」
「うん」
「それに、レナ様はもう十分私に良くしてくれました。嫌がらせといっても、どれもなんとかなるものでしたから」
「でもそれって、キャノちゃんが我慢してたことだよね。やっぱり、納得いかない」
本当に、レナ様は変わった。まるで、同じ姿をしただけの別人のように。
「でしたら、私を友人にしてください。調子に乗りすぎでしょうか?」
レナ様は驚いた顔を目一杯の笑顔に変えて、私を抱きしめた。
「全然! 嬉しいよ! うん、今日から私達は友達だよ!」
私はこの時、本当の意味で心から安心したのだと思う。今まではレナ様に優しくされても、なんらかの策なのではと思っていたから。
◇◆◇◆◇
それから、私とレナ様はよく行動を共にするようになった。
周りの人からは噂をされるようになった。あまり良くない噂を。
レナ様もそのことが耳に入っているのか、たまに申し訳なさそうにしていた。
でも最近は、そんな噂も収まっていった。
それと同時に、レナ様との距離も広がった気もする。人当たりが良くなったレナ様は、いろんな御令嬢との交流も増え、私にだけ構うことができなくなった。元々、学園は貴族の方が通える場。たまたま聖魔法が使えた私は特例の為、友人も他にいない。レナ様が側にいらっしゃらないのは、少々寂しさがある。
「暗い顔をしてどうしたのですか、キャノさん」
顔を上げると、心配そうな表情を浮かべたヴォルガ様がいらっしゃった。
「いえ、ただ少し、一人はこんなに寂しいものだったと再認識していたところです」
「……キャノさん、お茶でもしませんか?」
「私なんかが王子様とお茶なんて……」
「キャノさんが嫌でないなら受け入れて欲しいです」
また何か噂されるのでは、レナ様に嫌われてしまうのではと少々不安もあったが、王子様からの誘いを断るのは失礼だと思い、受け入れる事にした。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。お誘いありがとうございます」
◇◆◇◆◇
王子様とのお茶会は新鮮で、楽しさと緊張が入り混じった、他では体験できないものだった。
王子様と特に話せる事もなく、必然的にレナ様とのお話が多くなった。
「キャノさんはレナと仲良くなれて嬉しかったのですね」
「そうですね。私に初めてできた友人ですから」
「……そうですか。そのご友人を悪く言って申し訳ないと思うのですが、まだ警戒は解かない方がいいですよ。実際、今キャノさんはレナと中々一緒にいられず寂しい思いをしているではありませんか」
「たしかにそうですが、それはレナ様の人当たりの良さの証拠です。レナ様と日々を過ごしていたので分かります。今のレナ様は、以前までのレナ様とはまるで人が変わったようにお優しく、楽しいお方です。他の人に誘われるたびに、私に申し訳なさそうに謝るんですよ」
初めて、ヴォルガ様の笑顔が剥がれた気がした。
「キャノさんは疑わなすぎです。生まれてから今まで、人を乱雑に扱い、傷つけ、地位のみを見ていたお方です。キャノさん、あなたは確実に裏切られます。今レナがキャノさんに優しくしているのは、レナに深入りするほど、裏切った時の傷が深くなるのが分かっているからです。
ですからキャノさん、もうレナには近寄らない方がいいです。僕の元から離れすぎますと、助けられなくなります」
頭がヴォルガ様の言葉に支配されていく感覚がする。ヴォルガ様の言葉がすべて正しいと思ってしまう。
ヴォルガ様の言葉を訂正したいのに、その文脈が掻き消されていく。
「はい」
私はそう呟く事しか出来なかった。
◇◆◇◆◇
それ以降、私とレナ様の関係はほぼ途絶えたと言って差し支えないものになった。
レナ様の笑顔や言葉を聞くたび、ヴォルガ様の言葉が頭をよぎり、その度に耐え難い頭痛が襲う。
レナ様も私の変化に気づいたのか、放課後に二人で話す事や、行動を共にする事もなくなった。
私はその時間を図書館にあて、毎日齧り付くように本を読み漁っていた。
◇◆◇◆◇
しかし、そんな日々を終わらせる出来事がやってきた。
生徒全員を集めた集会、そこには異様な雰囲気が漂っていた。
「皆さま、急な呼び出しに応じていただきありがとうございます」
登壇したヴォルガ様は厳かな表情を浮かべていた。
「この度皆さまに集まっていただいた理由は、婚約者であるレナ・ラプテフの長期間に渡る嫌がらせについてです」
ヴォルガ様は皆に訴えるように、私が今までレナ様にされてきた嫌がらせを説明した。
「以上が、彼女が今まで行った嫌がらせになります。たとえ相手が平民であろうと、人に対しこのような事をしでかしてきた彼女には、婚約破棄並びに国外追放を求刑します。生徒の皆様の中に、異議のある者はいらっしゃいますか?」
ヴォルガ様が述べた内容に嘘はない。それは、生徒全員が知っている。だから、もしこの場で異議を唱えるとしたら──
「私は、異議を唱えます」
声を張り、手を高々に挙げてヴォルガ様に訴えたのは、レナ様だった。
「加害者である君が異議を唱えるのですか。まあいいでしょう。一方の話では皆も納得しないでしょうから」
レナ様も登壇し、ヴォルガ様と顔を合わせた。
「たしかに、その嫌がらせの内容に間違いはない」
ヴォルガ様はレナ様の言葉に、そうでしょうという顔をした。
「だけど、嫌がらせを唆したのはヴォルガ様、あなたです。あなたは私とキャノさんを比較するような事を行い、私を愚弄した。違いますか?」
レナ様の告発に、周りの生徒はざわめき出した。
「たしかに、あなたにとってはそのような事を行ってしまったかもしれません。ただ、比較といいますが、わたしはキャノさんを褒めただけです。あなたの嫌がらせを止める為、多少誇張した強い言葉を使ってしまっただけ。
その点ではこちらに非があるとは思いますが、それを唆したなどというのは、王子であるわたしへのなすりつけ、つまり不敬にあたるのでは?
いいでしょう。なら、キャノさん本人に確認していただきましょう。キャノさん、壇上へ」
私は震える手を強く握り、登壇する。
「さあキャノさん、皆さんに正しい判決を聞かせてください」
ヴォルガ様は余裕の笑みを、レナ様は不安そうに強張った表情を見せている。
「ヴォルガ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「ヴォルガ様は私に、禁忌魔法をかけていますよね」
私の言葉で、先ほどよりも大きなざわめきが起こった。
「何を言っているのですか? 禁忌魔法なんて、そもそも使い方すら知りません」
「ヴォルガ様とお茶をしてからというもの、レナ様の笑顔や言葉を聞くたびに、ヴォルガ様の言葉がよぎり、支配されそうな感覚になるんです。その事を調べる為、私はずっと図書館で本を読んでいました。そして、禁忌魔法について書いてある書物を見つけたのです。私の症状は、似ているという言葉で片付けられないほど一致していました」
ヴォルガ様の顔には焦りが見え始めていた。
「そんなはずはない。そもそも、なぜわたしが禁忌魔法を使わなくてはならないのか」
「以前おっしゃっていましたよね。家同士が決めた事の為、婚約破棄ができないと。
ですから、私を使ってレナ様を犯罪者に仕立て上げ、強制的に婚約を破棄するつもりだったのですよね。
ですが、最近私とレナ様が仲良くなった事でその手が使えなくなった。その為、無理矢理にでもレナ様を悪役にしようと、私に禁忌魔法を使った。違いますか?」
「違う! たしかに婚約破棄は望んでいた事だったが、その為に極刑に値する洗脳魔法なんて使わない!」
ヴォルガ様はそう叫んだ。自分を追い込んだとも知らずに。
「どうして私がかけられているのが洗脳魔法だと分かったのですか? 私は禁忌魔法とは言いましたけど、洗脳魔法とは言っておりません」
「そ、それは、禁忌魔法でキャノさんの症状に当てはまるのは洗脳魔法のみですから」
「とても似たもので、服従魔法というのもあります。ですが、ヴォルガ様は洗脳魔法と断言しましたね」
ヴォルガ様は罰が悪そうな顔をした。
「そうか、分かりました。レナ、君がキャノさんに洗脳魔法をかけているのだな。自分の刑を軽くしようと。そうだろう。まさか、自分から死罪を望むとは」
ヴォルガ様のその言葉に、生徒の一人が声を上げた。
「レナ様はそんな事しません!」
その方は、レナ様とよくいらっしゃった令嬢の一人だ。
「私は、レナ様からよく聞いておりました。レナ様が魔法について悩んでいる事を知っておきながら、わざとらしく聖魔法を使える平民を褒め称え、それに比べてとレナ様を貶めていた事。
要領が良くないながらも、努力して学力を保っているレナ様を、平民と比較して努力を馬鹿にするような言動を吐いていた事。
王妃に相応しくなろうと努力していたレナ様を、あなたは鼻で笑っていた!
そしてあなたは言った。これは、私も聞いていました。平民がこの学園にいる以上、レナ様が認められる事はないと! 無駄な努力だと! これ以上レナ様を追い詰めないでください! もうレナ様を解放してください!」
その言葉に対し、ヴォルガ様は冷たく言い放つ。
「それが、禁忌魔法を使わない理由にはならない。あなたも、嘘を述べた分覚悟しておいてください」
「あります!」
その言葉に、場の全員が息を呑み、耳を立てた。
「レナ様は、禁忌魔法を使えるほど魔力はありませんし、扱えるほど魔法に長けていません!」
その言葉に、何人かがたしかにそうだと声を漏らし始めた。それが引き金となり、レナ様を擁護する言葉が大きくなっていく。
その様子に、ヴォルガ様は狼狽え始め、レナ様は少々恥ずかしそうにしていた。
「ヴォルガ様、もう諦めた方がいいですよ。私がキャノちゃんとの関係を一旦切ったのは、キャノちゃんが禁忌魔法を調べ、私がヴォルガ様が使用したという証拠を掴むために動いていたから。キャノちゃんの聖魔法は禁忌魔法に唯一対抗できるの、知っていましたよね? もしかして、キャノちゃんは痛みに屈するとでも思いましたか?
キャノちゃんはずっと、頭痛に耐えながら支配を拒んだ。その結果があなたの断罪へとつながる。これ、なんだか分かりますよね?」
レナ様が取り出した水晶を見て、ヴォルガ様は今までにないほど狼狽えていた。
「もしこの水晶を手に乗せて黒いモヤが発生すれば、もう逃げ場はないですね」
ヴォルガ様は壇上から降りてこの場から立ち去ろうとしたが、ご自身で呼んでいたと思われる王国騎士団の方に捕まった。
「ヴォルガ、お前」
「お父様、なぜここに⁉︎」
「王国騎士団を動かす程の事態に国王が顔を出すのは当たり前だ。しかし、残念だ。まさか息子を失う羽目になったとは」
「お父様、それはどういう意味ですか!」
国王陛下は何も答えず、ただ王国騎士団にヴォルガ様を連れて行くよう命じた。
「愚息が迷惑をかけて申し訳ない。あいつは身分を剥奪して国から追放し、一人で生きてもらう。それが、愚息にとっては死ぬより辛い事だろうから」
国王陛下はそれだけおっしゃり、力無くこの場を後にした。
◇◆◇◆◇
馬車で連れていかれるヴォルガ様を見て、レナ様は安堵したように息を漏らした。
「はあ、なんとか破滅は逃れた。相手がヤンデレ王子とか焦ったよ」
聞きなれない言葉がレナ様から発せられましたが、おそらく触れられたくない事だと思い、私がお応えできるところのみを口にする。
「レナ様が破滅するはずありませんよ」
レナ様は少し焦ったように声を漏らし、体を無駄に動かした。
「いや、うん、そうだね。
……キャノちゃんありがとう、信じてくれて」
「いえ、お礼を言われるほどの事ではありません。むしろ、異変に気付いていただきありがとうございます。前々からヴォルガ様といる時違和感を感じていたのです。おそらく、洗脳魔法の練習でもしていたのでしょう。婚約破棄の為にそこまでできるのも、正直凄いと思います。皮肉ですが」
レナ様は私を見たまま少し考え込んだ顔をしている。
「レナ様?」
「あ、いや、キャノちゃんってもしかして鈍感?」
「え、そうでしょうか?」
レナ様はおかしそうに笑った。
「婚約破棄の為だけに、禁忌魔法は使わないと思うよ」
……つまり、ヴォルガ様は私が嫌いだったということ?
「あー、これは分かってないね。好きだったって事だよ。私に取られると思って焦ったんだろうね。だから、未完成な洗脳魔法をかけた。
私の性格が前のままなら、洗脳魔法を完全に完成させていただろうから、危なかったかも」
「私、ヴォルガ様に気に入られる要素ってありますかね?」
「そういう謙虚な人は貴族にはいないから、新鮮だったんだろうね」
「そう、なんでしょうか?」
「そうなの」
あまり、ヴォルガ様に好かれていたといわれてもピンと来ない。それよりも私が心配なのは
「あの、私はどのような罪に問われるのでしょうか?」
「罪?」
「ヴォルガ様がたとえ罪を犯していたとしても、私が王子様に反抗的な態度を取っていいという事ではありません。やはり、不敬罪や反逆罪に当たるのでしょうか?」
レナ様は私を安心させるかのように抱き寄せた。
「大丈夫だよ。何かあっても私が守るから。むしろ死ぬまで面倒見てあげる」
「あの、もうそんな償いとかは良いですから」
「いや、別にそういうのじゃないよ。ただ私が面倒みたいと思っただけ」
それはまるで告白のようで、思わず胸が高鳴った。
「あ、あの、それってどういう」
「そのままの意味だよ。さてと、そろそろ部屋に戻らないと。行こう」
レナ様が差し出した手を私は取る。ですが、レナ様に今の顔は見せられない。
急に優しくなったレナ様は、まるで私のことが手に取るように分かるかのように心を翻弄していくので、少し怖いです。ですが、その怖さが安心できるので、やっぱり怖くて、それでいてかけがえのない人です。
ご愛読ありがとうございます。
ノリと勢いと気分転換で書いたので、追放やざまぁを期待して見にきた方には少々物足りなかったかもと少し反省です。
悪役令嬢視点なら、結構スカッとしてるんだろうなって思います。
また書く機会があればレナ視点も書いてみようと考えたり。蛇足になったら嫌なので要望とかがなければ高確率で書かないと思います……。
少しでもいいなと思いましたら、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューの方よろしくお願いします。