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時は二〇二五年の晩夏……今日は、お盆明けの立秋を過ぎた八月十八日だ。
暦の上では……というのはもう枕詞になっていて、TVニュースでは聞かない日が無いくらいである。秋と言うのに、暑さの盛りはまだ過ぎてはいないようで、関東地方では、今日も最高気温が四十度を超えた地点が幾つかあると、ニュースで騒いでいる。
そんな中、お盆休みを家族の元で過ごして、鋭気を養ってきた海の男(女)が、ここ、大湊に続々と終結して来た。
三か月後の十一月は、自衛隊記念日だ。その一環として、陸海空持ち回りで、自衛隊最高指揮官に対し、閲兵を行う事になっていた。今年は海上自衛隊観艦式が、相模湾内で行う事が予定されている。そして、海上自衛隊で初めての航空機搭載型護衛艦(DDV)として登場した『むさし』型、その一番艦である『むさし』が観閲艦となる事が決まっていた。
ここで、海上自衛隊の艦隊運用部隊構成を説明しよう。
海上自衛隊の艦隊は、機動運用部隊として四隻の護衛艦を二組で一個護衛隊群とし、それぞれ、旧海軍鎮守府に相当する地方隊がある横須賀、佐世保、舞鶴、呉を母港として活動している。また、それとは別に四隻の護衛艦を一個護衛隊群で、地方配備部隊として、横須賀、佐世保、舞鶴、呉そしてこの大湊に配置されていた。
それを三十一中期防では、DDV『むさし』型とDDG『あまぎ』型を旗艦相当の護衛艦とした遊撃部隊創設が盛り込まれた。これら旗艦を護衛するのは、『しののめ』型の新鋭汎用護衛艦(DD)だ。
地方隊配備相当のDDの内、艦齢が古いものを淘汰して、二つの護衛艦隊、四個独立護衛隊群を新設する。一つは佐世保に、そしてもう一つは横須賀だ。そして、そのうち一個隊群が、この大湊を係留地、要するに母港という事になっている。
そして、『むさし』が所属するのは、海上自衛隊第一独立護衛隊群だ。母港は、この青森は大湊である。ここに勢ぞろいした屈強な水兵は、みな、第一独立護衛隊群の乗組員たちだ。
大湊を係留地にするのであれば、艦名は『むさし』ではなく『むつ』だろうと、突っ込みが入るかも知れない。勿論、艤装完了時に配備された母港は横須賀だったのだが、太平洋にも日本海にも直ちに急行出来るという事で、慣熟訓練後は津軽海峡の奥にある大湊港に、他の配下となる僚船の汎用護衛艦と共に変更された、という経緯である。
第一独立護衛隊群の指揮は、この『むさし』から行う事になっている。当然の事ながら、護衛隊群の司令は『むさし』に座乗していた。その司令の座る席は、海上を直接目視出来る艦橋、艦長席の隣ではなく旗艦用司令部作戦室(FIC)にある。ここから、座乗艦の『むさし』と、隊群配下の各艦船に対して、命令を行う手筈になっている。
その第一独立護衛隊群の司令は、この俺、高野だ。簡単に自己紹介しよう。
名前は、高野浩司と言う。出身は新潟県長岡市だ。
高校三年の時、悪友の父親が自衛官で、たまたま地連で働いており、員数合わせのために、航空学生、一般曹候補学生、そして防衛大学校の試験に駆り出された。そして、運よく?防大の試験に合格(もちろん他の試験も一次はバスしたが)、面接では、正直に『員数合わせ』で受験した事をうっかり話してしまい、三軍の面接官から苦い顔をされたのを覚えている。試験の成績が良かったのか、地連勤務の悪友の父親のお陰なのかは分からないが、最終合格通知が書留で手元に送られてきた。
他に受験した大学が、滑り止めも含め、全て落ちてしまったのと、例の悪友の父親に、給料が貰えて大卒資格が得られると、いい事を並べられたため、浪人はするなとの両親の説得?もあり、結果入学するしかなかった訳だ。
そして、辛い四年を過ごし、何とか卒業した。防大四十九期卒で、専門は人間文化だ。勿論、任官拒否などせずに、海上自衛隊に入隊、幹部候補生学校を卒業して、三尉を拝命した。任地は特に希望を出していなかったためか、教育機関を除き、任官時からずっと艦隊勤務だ。
年齢は四十三歳、勿論、独身である。ちなみに魔法使いではないぞ。現在はどうなのか……まあ、コメントは差し控えたい。
防大を卒業するか幹部候補で入隊した場合、途中でいろいろな選抜はあるが、最短十八年で一佐に昇進する事が出来ると言われている。ところが、俺の場合、何故か四年も早く一佐を拝命してしまった。
この艦隊群司令を拝命する前は、この艦隊群の旗艦である『むさし』ではなく、『むさし』型DDVの二番艦である『ひたち』の艦長を拝命していた。そこから階級はそのままで、艦隊群の司令に任命されたのだった。
要するに昇進だ。その証拠に、雀の涙ほどだが、他の艦長クラスよりも棒給額が少し高い。額は雀の涙ほどだが、責任は鯨の涙よりも重いという事だ。本来ならば、海将補クラスが率いるべきの規模だが、なぜ一佐の俺が、と内示があった時には驚いたが、任命されたからには職務を全うしようと思っている。
ちなみに、帝国海軍の山本五十六元帥は、俺の従弟叔父にあたるそうだ。海上自衛隊に入隊したとき、親父から聞いたのだが、本当にびっくり仰天した。
FICの大型ディスプレイには、僚艦の汎用護衛艦(DD)『しののめ』型一番艦の『しののめ』が映し出されている。これは、『むさし』艦橋の上に設置されているカメラが捕らえた映像だ。『しののめ』型は、対潜、対空戦でバランスの取れた汎用護衛艦として設計されており、最低限の対空防御しか持たない『むさし』の直掩艦という位置付けである。既に、『しののめ』からは、出港準備完了と『むさし』のFICに伝わっていた。『しののめ』同様、『むさし』も、そして他の僚艦四隻も準備万端のようだ。既に、FICに詰めていた要員から、担当の艦艇が準備万端である事を知らされている。
「各艦、抜錨はしているな」
俺は、司令席の隣に立つ副官を見て言った。
そうか、副官の紹介がまだだったな。
俺の隣に立っているのは、第一独立護衛隊群の副司令、前地洋介一佐、四十六歳だ。防大四十七期卒、専門は機械工学だ。防大時代から、公私共にお世話になっている。俺と違って既に結婚していて、子供は二人。長女が二十五歳、次女が二十三歳だ。
長女の年齢で分かると思うが、学生結婚である。なんと、防大在学時に、高校時代から付き合っていた彼女がオメデタ、と言う事で入籍したと言う事だ。
防大では先輩だったのだが、俺の方が昇進が早く、結果、前地先輩が部下になってしまった。先輩が一佐を拝命したのは四年前だ。入隊後十八年で一佐に昇進したので、四十七期卒の同期の中ではとても優秀だと言えよう。独立護衛隊群副司令の前職は、ミサイル護衛艦、いわゆるイージス艦の艦長を勤めていた。その副長、前地一佐が、俺の問いに対して答えた。
「はい、準備完了しております」
「うん、よろしい。では『しののめ』に命令。大湊を出港せよ」
「承知しました。独立護衛隊群司令より発令、『しののめ』に通達、出港せよ。平舘海峡を出て津軽海峡を西に転舵、太平洋の訓練海域に向けて進行」
FICに詰めている艦隊群司令要員は、目の前のディスプレイを凝視し、それぞれ担当の艦艇に対して、キーボード、あるいは直接インカムで命令を伝達している。
「『しののめ』出港しました」
目の前にいる『しののめ』を担当する要員が俺と副長を見て、僚艦の出港を告げた。インカムから直接情報を受け取ったのか、それともディスプレイの情報なのか、どちらだろうか。
『しののめ』が大湊港を出港した後、次に続くのはこの『むさし』である。露払い役の『しののめ』が出港する姿は、FIC内の大型ディスプレイに映し出されている。『むさし』のマストにある船外カメラの映像を中継したものだ。そして、俺は、それを司令席から眺めていた。
出港して十分に距離がある。丁度いい頃合いだろう。
「そろそろいいかな、副長。では、ウチらも行くか」
「はい、そうですね。では『むさし』出港。艦長に伝達、発進してくれ。他の各艦は単縦陣で『むさし』を追尾の事」
副長は、艦橋にいる『むさし』艦長の伊地知一佐に出港命令を、他の艦船には追従するように、俺の命令を伝達した。
第一独立護衛隊群の旗艦である『むさし』の艦長、伊地知要一佐を紹介しよう。
高野先輩の五期上で、今年五十二歳になる。俺が『ひたち』の艦長をしていた時の副長だ。俺が司令に昇進したのと同時に『むさし』に転属、艦長を拝命した。
おそらく、あと二、三年したら陸上勤務になり、そして運が良ければ、海将補に任名されて勇退、という事になると思う。
前地さんもそうだが、先輩を指揮するのは、とても心苦しい。だが、仕事なので割り切っている……そう、割り切っているつもりなんだけどな。だが、こればかりは致し方ない。自衛隊歴は俺よりも長いから、二人とも人生の先輩として、とても尊敬していると、自分に言い聞かせているけどな。
俺が乗っている『むさし』の後には『むさし』型二番艦であるDDV『ひたち』が続いている。その『ひたち』の艦長は渡辺静香一佐だ。名前が静香なので女性かと思う人もいるかもしれないが、れっきとした男性だ。四十期卒、もう五十四歳だから、『ひたち』艦長を勤め上げ、有終の美を飾るのだろう。
続いて『しののめ』型の二番艦、DD『あかつき』、以降、同三番艦『かげろう』、同四番艦『あさやけ』、同五番艦『ゆうなぎ』、同六番艦『あさなぎ』と続いている。こちらの艦長は、いずれ紹介しよう。
第一独立護衛隊群は、このDDV『むさし』を旗艦相当の艦船とし、同型の二番艦である『ひたち』、それに汎用護衛艦(DD)しののめ型の一番艦『しののめ』と同型艦五隻で、都合、DDVが二隻、DDが六隻の合計八隻で構成されている。
第一独立護衛隊群はDDVを中心とした八隻、第二独立護衛隊群はDDG(ミサイル護衛艦)を中心とした八隻構成となっている。第二の方は、艦名、構成等はいずれ、紹介する機会もあるだろう。
それぞれ、各艦単独では、武器を除けば、燃料食料を満載にした場合、半年以上は寄港せずとも作戦行動を取る事が出来ようになっていたはずだ。一応、これは軍機だけどもな。
勿論、武器をどれだけ積んでおくかは、たとえ架空戦記だとしても、オフリミットだ。俺が海自を退役した後も、言ってはいけない事になっている。稀に、戦記物でかなり緻密に書いている奴が居るようだが、あれは、『オフレコだよ』とか言われたものをボヤかして書いているのだと思う。だよな、○○先輩……
武装も含め、諸元はWiKiに概要が載っているから、適宜参照してもらえると助かる。まあ、軍艦の性能公表値は、最低限のものだけれどもな。取りあえず、詳細値は軍機と言う事で。
そして、その諸元値の一つに連続航行距離というものがある。勿論、これは、カタログスペック上の事だ。そう、カタログスペック上では、半年以上も海上を航行する事は可能と書いてある。
だが、自動化が進んでいるとは言え、操船するのは人間だ。軍艦をAIに任せるのは、流石に……だろう。なので、カタログスペック上では可能だが、乗組員の性能も含めると、半年は不可能であると考えている。
いくら海の男(最近は海の女も多くなっているが)とは言っても、やはり陸地は恋しいだろう。今は平時だから、最高でも一か月程度かな、航海に出るのは。じゃあ、どれ位の期間かと言うと、これまた軍機なので、海の男(女)が、ポンコツにならないように、ローテーションして、とだけ言っておこう。
実は、今回の訓練に、特別に補給艦(AOE)も帯同している。『いなわしろ』型補給艦、『いなわしろ』だ。前級の『ましゅう』が、テロ対策特別措置法に基づき、インド洋に派遣された事は、かれこれ二十年も前の話だ。我が隊群の訓練予定は一ヶ月ほどだが、補給艦『いなわしろ』が一緒に来てくれるのは、とても心強いと思っている。
艦長は、友野完治一佐。『ひたち』艦長の渡辺一佐と同期の四十期卒だ。
艦隊群の殿、DD『あさなぎ』が大湊を出港した旨の報告があると、大湊港の艦隊司令部から呼び出しがあった。
「ディスプレイに表示します」
FIC要員の一人が俺に向かって、少し恭しく言ってきた。俺は少し苦笑しながら、全艦船に転送する旨、目線で伝える。すると、FICの大型ディスプレイに大湊の艦隊司令部で指揮を執っている稲垣耕三海将補が映し出された。分かっていると思うけど、このおっさん、俺の上司、いや上官な。
当然の事ながら、FICにいる全員が一斉に立ち上がる。軍隊だから、もう条件反射って事かな。俺も、無意識に号令を出していた。
「総員、気を付けっ!!」
出港直後は、なにかしら作業が有るものだが、手すきの隊員は、俺の号令の基、その場で直立不動の姿勢を取っている事だろう。
「休め!!」
高野の「~けっ」の音が聞こえるか否かのタイミングで、海将補から短い号令が出る。その瞬間、俺もそうだが、直立不動の姿勢を取っていた全員が、両手を後ろ手にし、両足を半歩開いて、『休め』の姿勢を取る。
「高野一佐、そして隊員諸君、一人も欠ける事無く、この大湊に無事に帰って来てくれ。小官からは以上だ」
出来る上司ほど、短い訓示で済ませるものだ。俺もこうありたいと心から思っている。そして、ディスプレイのおやっさんに軽く頷き、部下に号令をした。
「総員、気を付けっ、敬礼!!」
おっさんが映し出されていたでスプレイが、航行図に切り替わると、堅苦しい雰囲気が払拭され、このFICでも、少し弛緩した空気が流れた。司令官が見えなくなったから、という理由ではない……と思う。艦艇員は忙しいのだ、上官に敬礼はするものの、いつもの訓練通りに、自分の役割に戻っていく。いつもの自分に戻るからこそ、ホッと一息ついた、ように見えるのかも知れない。
そんな中、前地先輩が俺に小声で話しかける。小声って事は、副長としてではなく、防大の先輩って目線で、俺と話したがっていると言う事だ。
「旗艦が先導するのが通常だが、ブリーフィングの時に『しののめ』を先導させるって聞いて、少し驚いたぞ。その時は特に理由を聞かなかったんだが」
「ああ、これ、訓練の一環ですよ。まあ、津軽海峡は我が日本の中庭。完全に実効支配しているとは言え、中央部は公海ですしね。まあ、航行する潜水艦は全て監視しているとは言え、万が一、旗艦がやられちゃったりしたら、洒落にならないでしょう。尤も、これだけの艦隊群に対して、手出ししてくる勇者は、世界広しと言えども、居ないと思いますけどね」
「はは、違いない。しかしさ、観艦式訓練の件りで、こんなに武器積むんか?まるで、戦争に行くみたいだぜ」
「確かにそうですねぇ、実弾射撃訓練なんて予定していないですし。なんで、こんなに積ませるのか理解に苦しみますよ」
「って事は、おやっさんか」
「ええ、海将補が持ってけって言うんでね。だいぶ抵抗したんですけど」
武器弾薬を搭載しなければ半年は航海出来るのだが、やはり海軍、軍艦の訓練航海だ。一応、これだけの武器を積んでいれば、艦隊群だけで、リムパック程度の訓練が出来そうな気がしてくる。内緒だが、積み込んでいる艦対艦ミサイルを全弾打ち込めば、日本近海で展開している『海上自衛隊』以外の、海上に浮いている補助艦を含む戦闘艦を全て駆逐して、さらに十分なお釣りが来るほどの量だ。
「そうか。でも、これじゃあ訓練じゃなくてよ『実戦をやって来い』って勢いだよな。まあ、最近はいろいろとキナ臭いから、それなりに覚悟はしているけどもさ」
「本当ですよ。全く、先輩のおっしゃる通りですね。自分も、『合戦用意』なんて指令は出したくありませんから」
「全くだ……だがな、日本は大陸の出口をしっかりと蓋しちまっているからな」
北を上にした地図だと分からないが、その地図を反対にして、南東、太平洋側を上にした地図を表示してみると分かるだろう。アジア大陸から太平洋に出るには、一部の例外を除けば、必ず日本列島の海峡、水道を通る必要がある。
「外洋に出られる津軽海峡や沖縄なんかは、そりゃ、喉から手が出るほど欲しいと思っているだろうからなぁ、他所んトコはよ」
「それだけ重要って事ですね、我々の任務は」
「違いない。俺たちは日本国の四方を守る海上自衛隊だからな」
俺は、前地先輩の『日本国の四方』という言葉を聞いて、軍艦マーチのフレーズが頭に浮かんできた。
守るも攻むるも黒鐵の
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇國の四方を守るべし
眞鐵のその艦日の本に
仇なす國を攻めよかし