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臍を噛む

臍を噛む


「なあ、友達を食事?とかに誘うってどうすればいいんだ?」

「「はあ?」」

混雑する食堂でジャンケンに負けた木谷が講義終了直後にダッシュで勝ち取った席に座りジャンボカツカレーを頬張りながら試験範囲について話をしていた木谷と魚住はなんの脈絡もなく問うてきた加瀬に二人して盛大に眉を顰めた。

「なにどったの修斗?遠回しに俺らと飯食いに行きたいゆうとん?心配せんでも試験終わったら良輔の家で祝杯やるで?」

「また俺んちかよ」

「お前ん家がいっちゃん大学から近いやんけ」

「うざ、寄りかかんな。つか食べにいきたいんやったら俺の家じゃ意味ないだろ、焼肉でもいくか?」

「あーそれええな、修斗どうする?焼肉にするか?修斗?おぅい!しゅーとく〜ん?あかんわ、明後日の方向いてしもとる」

「加瀬最近上の空なこと多いな」

「自然な感じに、友達を…」

訝しがる二人をよそに心ここに在らずな加瀬は青本に次は自分から誘うと言ってしまった手前もう引き下がれない、どう誘おうか思案しては棄却してと考えを巡らせていた。相手が相手だけに目の前でこちらを不審そうに見やってはひそひそと話す二人のようにラーメン食いたい!開いてる日教えろ!…なんて言えるわけもなく、文を打ち込もうとするとまるで営業マンが取引先に送るカッチカッチの文面になってしまうのだ。これは友達に送る文じゃない、流石にわかる絶対に違う。これをもう何度も繰り返して回数はきっと両手でも足りない。

スマホの検索履歴は友達、ご飯の誘い方、自然、断られる、NG、といったネガティブな内容になっていった。

「どうしよう…」

もたもたしていたら一週間が経ってしまっていた。




「あ、青本?」

「!加瀬くん…じゃなかった加瀬。はは、私から呼び捨てにしようって言ったのに間違えた…」

照れたように頭を掻く青本は本屋の帰りらしく手に携えた袋の中には数冊の本が入っていた。



試験までもう残すことあとわずかの日数になり朝一から閉館まで図書館の学習室に缶詰状態だった加瀬は帰って夕飯を作る気も起きず三番地下街で夕飯を食べて帰ろうとしていた。混み始めた地下街に早く店に入ってしまわなくてはと思うのだがいまいちこれといってそそられない、木谷や咲良がいれば勝手に行きたい店を主張するので楽なのだが一人になるとどうも決められない。じゃあ帰ればいいのにせっかく途中下車したのだからとムキになってもう三巡目になるのにまた彷徨う。そして四巡目に差し掛かろうというときに上の階のエレベーターから降りてくる人に以前より幾分か落ち着いた声音で名を呼ぶことができた。毎日寝る前に呼び捨てをするイメージトレーニングをしていたおかげだ。思っていたよりラインでの会話を多く交わしていたことも要因の一つなのだろう。しかし本人を前にすると未だ緊張してしまう、早鐘を打つ心臓と自然に呼び捨てが出来た自分への賛美と今すぐ声をかけたことをなかったことにしてほしいと逃げの考えでぐちゃぐちゃになる脳内を叱咤してなんとか彼女を視界から離さないようにする。


「これからご飯?」

「そうなんだけど、どこで食べようか迷っててもう三周くらいここ彷徨いてる」

「え、めっちゃまわるじゃん。何系食べたいとかないの?」

加瀬の言葉に可笑しそうに笑う青本にそういえば中学の頃も仲の良い友達とはとても楽しそうに話していたことを思い出した。

「それが、どんなのがいいのかも思いつかなくてさ、でもコンビニ飯もなんだかなぁって感じで」

「あーなるほど、あるよねぇそういう日」

「だよな、青本もこれから飯?つか結構本買ってんね」

「うんそう、今日発売のがあってどうしてもすぐ欲しくてさ本屋って行くと思ってたよりも沢山買っちゃうんだよね。あ、そうだ、私行く店決まってんだけどよかったら一緒に行かない?」

「どこ?」

「お茶漬け屋さん」

そんな店あったか、三巡もしたのに覚えがなくてしかし四巡目する気にもならず青本と話すチャンスを逃すまいと同行することにした。

店には既に何組かの客がおり、親子くらいの女性客が一組、カップルが一組、他にも友人同士らしき女性客が三組。女性受けのしそうな小洒落た雰囲気の店内は全てのテーブル席にそれぞれコンセプトがあるようで加瀬たちが通された席はウッドデッキ調の席だった。暖かそうなブランケットは全ての席に備えつけられているようで暖房で暖められた室内でも尚される気遣いにこれも集客に繋がる戦略なのだと思うと恐れ入る。

次第に周囲の席も満席になってゆき店の外には席が空くのを待つ新たな客が列を作り始めていた。

「ここきたことあるの?」

「うん、前に部活の先輩ときたことがあってまた食べたいなって、副菜も種類が多くて美味しいからおすすめのお店だよ」

「そうなんだ」

以前よりも自然に話ができている気がする、今日はたまたま会ったがこの調子なら自分から改めて誘うことができるかもしれない。

「そういや加瀬って本読むの好きなの?」

「んー小説とかは最近あんまり読んでないな、漫画は結構読むけど。なんで?」

「そっか、いやね、ほら前に図書館であったから、そうなのかなって」

「あぁ図書館には試験勉強で行ってたんだ、自分の家でやるより集中できるから」

「なるほど」

「青本は本好きだよね、よく図書館利用するの?」

「いや?あの日が初めて、レポート用の資料になる本が大学の図書館になくて、市の図書館にはあったからコピーさせてもらおうと思って」

「社会学部だっけ、結構レポート系の試験が多いの?」

「私が選択した授業はレポート系のが多いかな、もちろん暗記系もあるけど」

「結構大変じゃない?俺文書くのめんどくてあんまり好きじゃないんだよね」

「かなりめんどい。でも題材がどんなのかわかってるからめちゃ広い試験範囲を暗記するよりは自分に合ってるかな。そっちは経営学部だよね、バリバリに未知の世界だわー」

「わかる、俺ももう一回生終わろうとしてんのに未だなんじゃこりゃって感じ。そっちはそうでもないの?」

「んー掘り下げていけば知らないことだらけだけど私の場合は興味が強いから」

「へぇー」

「興味なさそうだねぇ」

はっとした。あまりにも自然にこんな他愛ない会話、『ともだち』のようじゃないだろうか。青本は自分の購入した本の中には漫画もあるのだと言って最近アニメ化が決定したらしい漫画を教えてくれた、アニメは普段見ないが見てみようかと思った。有名な作家の新刊の話、おすすめの小説を聞けばミステリー小説を勧められた。

思い切って試験が終わり春休みに入ればどこか遊びに行こうと誘った。

「いいねいいね、初めの一週間は帰省するけどその後なら!」

「あ、その、帰省先って…」

「ん?ああ東京」

先程までの浮ついたような気は急落下した。彼女は中学卒業前に転校していた、クラスには家庭の事情と伝えられたが加瀬はもうその時には理解していた自分のせいだと。そして青本と話していてさらに思い出した、青本は中学の頃から読書が好きな様子だった。登校後の朝礼の時間まで、休み時間もよく自分の席で本を読んでいた。そして自分はよくその本を隠したりページを破ったり中に落書きと古典的ないじめをしていた。

「加瀬?おーい、大丈夫?急にぼーっとして」

「あ、いや…なんでも、ない、デス」

「え、なんでまた急に敬語?」

己のした取り返しのつかないことをずっと後悔していたと、反省していると宣っておきながら忘れていたなんて、それなのに赦しを請うていたのか。その傲慢さにあの頃から何一つ成長していない自分に嫌気がさした。

「うっ…ご、ごめん、ちょっと、トイレっ」

「え!?」

勢いよく席を立ったつもりが重厚な椅子は音を少し立てただけで膝裏に鈍い痛みが走った。店員の驚いたような制止の声も無視して店を転がるように出、時折歩く人にぶつかりそうになりながら近くのトイレに駆け込んだ。

「うっうぇっ、げぇっ、かは、はぁ…うぇっ」

個室に入って鍵を閉める余裕もなく便器に顔を突っ込んでついさっき食べたばかりのものを全て吐き出す。ひどく寒い、便座を握りしめる手はブルブルと震えているのに滝のように流れる汗が止まらない。目玉を神経ごと奥に引っ張られるようにぎしぎしと痛み、頭をかち割らんばかりの耳鳴りがずっと響く。一度治った吐き気が吐瀉物とトイレ特有の無機質な水の臭いと相まってまた襲う。強張った体を自力で支えることなんてできなくて便器に凭れていないと座っていられない。朦朧とした意識を早く手放してしまいたいと思うのに波のように迫る吐き気にまた便器の中に顔を戻す。

「うぇっ、ひゅー、うっ、おえっげほっ」

「いた…うん、もうほとんど出してるね。えらいね。」

声と共に突如背中に当たる温かいものが手でそれがゆっくりと優しい力加減でさすっているのだとすぐには理解できなかった。

「多分これ以上は出ないだろうから一回流しちゃおうか、顔あげられる?」

未だ治る気配のない吐き気に無理だと小さく首を振るが口元にハンカチを充てがわれゆっくり顔を便座から離される。そのまま腕に抱き込まれるように頭を預けるとトイレの流される音が響き渡り自身の噯気がかき消される。

「食べたの柔らかいものでよかったね。はい水、口の中ゆすいで」

蓋の開けられたミネラルウォーターを渡されるがうまく力が入らなくて結局支えてもらいながら口をゆすいだ。口内に残る強い酸味とそこから鼻に抜ける匂いにまた気持ち悪くなるがハンカチを口に押さえることでなんとかやり過ごす。

スポーツドリンクを手渡されかけてやっと介抱してくれていたのが青本だと気づいた。

「あ、あお、もとさ…ごめ、」

「うん、大丈夫、謝らなくていいよ。ちょっと急ぎすぎたね、今はゆっくり息するだけでいいよ。」

うわ言のように謝るが途切れ途切れになり時折漏れる噯気にまたハンカチで口を押さえる。

「加瀬、いいよ、大丈夫だから。…家まで送っていく、車呼ぶからそれまで休んでようね。」

青本の優しげな声音と額の汗と張り付いた前髪を柔らかく拭う手に体の力が抜けていき、それに比例するように朧げだった視界がどんどん暗く狭くなっていきついに意識を手放した。



目が覚めたのは昼過ぎで自宅のベットの中だった。弛緩しきった体では起き上がることもやっとでこたつテーブルの上には開封されていないスポーツドリンクやゼリー、他にも栄養食品が並べられていた。

『鍵はポストに入れています。起きたら連絡ください。 青本』

そばに添えられた簡潔な文の置き手紙を見てあやふやだった思考が一瞬でクリアになる。

急いでスマホを開いて青本のトーク画面を開き迷うことなく通話ボタンをタップする。数回のコールを繰り返したが青本は電話に出なかった。仕方ないので迷惑をかけたことの謝罪と介抱してくれたことへ感謝の意を文面で述べ、お礼がしたいからと開いている日程を尋ねる文を打ち込み画面を閉じる。

身体中がベタベタで気持ち悪い、心なしか頭も痛むし、昨夜吐いたっきり何も口にしていないせいでさっきから腹の虫が鳴り止まない。乾いた喉をスポーツドリンクで潤しパウチパック式のゼリーを二袋一気に食す。一応満たされた腹の次は風呂だ。服をベルト以外全て洗濯機に放り込みシャワーで汗を流し湯には浸からずさっさと体を拭く。今の今まで寝ていたにもかかわらず既に眠気に襲われておりすぐさまベッドに寝戻りたい。



「こんな風になるなんて、俺最悪だ…」

自省できないガキのまま。

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