花嫁の友人は女優なのか否か
隣の二階堂さんには変な癖がある。
考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
最初は何かこちらがいけないことをしたのかと思い、ビクビクしていたのだけど、直接話してみると彼女ととても良い人で、壁を叩いてしまうのは単に変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
むしろ面白い。
今日は何を考えているのか……。
一人で考えている彼女の話を聞くと、その話は実におもしろい。
だから、最近では彼女が壁を叩き出すと、お茶に誘って話を聞くことにしており、あたしも夕凪もその時間を楽しみにしている。
どんどんどんどん……
今夜も壁を叩く音がする。
さて今夜はどんな話ができるのだろうか。
『夕凪、お隣のお姉ちゃん、呼んできてくれる? 甘いものでも食べましょうって』
――――――――――
ついに来てしまった……。
結婚式の招待状。
仲の良かった友人なので嬉しいし、もちろん出席予定。
おめでたいにはおめでたいのだが……
気が乗らない。
それもそのはず……。
お金がないのだ。
ご祝儀が……。
まあ……貯金を切り崩したらそのぐらいは出せるのだけど。
結婚式というのは何かと物入りである。
着る服だってそれなりのものが必要だし…。
そういえば暑い以外にも髪の毛を切りに行く口実ができたのは良かったけど。
ちょっと気乗りがしないのはお金の問題だけではない。
どうにもあたしはあの結婚式の雰囲気が苦手だ。
『変わってる――』とかよく言われる。
変わってるのか?
だって疲れるじゃん。
あの雰囲気。
おめでたいし、嬉しいけど……まあ……楽しくはない。
『嫉妬でしょ』とも、よく陰口で言われているのも知っている。
いや……本当に嫉妬とかはないんだよな――。
確かに花嫁の着るウェディングドレスにはあこがれるけど……。
正直、まだ結婚したいという気にはなれないのだ。
ま……相手もいないけど……。
結婚式の雰囲気の何が苦手かというと、おめでたい席にもかかわらず、なぜか泣くシーンが多いというこの矛盾があたしにはちょっと苦手なのだ。
もちろん感動して泣くというのも理解できる場合もある。
新郎新婦の両親は結婚という人生の大きな岐路に自分の息子もしくは娘が立つわけだから、感慨も一入だろう。
家族にしたってそうだ。
自分のお兄ちゃんとか弟、お姉ちゃん、妹が結婚するときは、ちょっと感動するだろう。
結婚までにいろんなことがあれば、そういうことを思い出して泣くこともあるだろう。
分かる。
すごくよく分かる。
ただ……新婦の友人……。
なぜスピーチで泣く?
なんかあったのか?
所詮……他人じゃん。
それとも先に結婚されてそんなに悔しいの?
そんなわけないだろう。
それなりに理由があって感動の涙を流しているのは、こんなあたしにだって分かる。
しかし……なんで泣く??
ちなみにあたしはスピーチでは泣かない自信がある。
今まであったこと……新婦への感謝の気持ち……そして新婦の良いところと新郎との結婚はきっとうまく行くということ……。
これを淡々と話す自信がある。
いや……ちょっと待てよ。
淡々と読んだら結婚式……盛り上がらないのでは?
え?
じゃあ……。
『ウソ泣き??』
あたしは考え事をしていて、何かを思いついた時、つい独り言をつぶやいてしまう。
自分でも気持ち悪いので辞めたいと思っているがなかなか癖と言うものは治らない。
てゆうか……ウソ泣きってすごいな。
みんな女優なの?
いや、あたしは無理だわ。
演技力ないし……。
でもなあ。
そんなおめでたい席でウソ泣きなわけないよなあ。
う――ん。
考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。
どうやらあたしはまたやってしまったらしい。
もし……結婚式の引き出物が甘いお菓子だったらお隣に持って行ってあげよう。