6 豹変
「はあ、民俗学」
男は気の抜けたように言った。
力強く頷く箱船。
「民俗学を志す者にとっては、外向けの、観光資産という名の虚飾に塗れた地域より、こちらのように独自の文化や慣習を残し、外と断絶しているような村の方が知的好奇心を刺激されるのです。是非、この村について簡単なあらましでも教えて頂ければと思いまして」
しかし、そのとき異変が起きた。
殺気が男の全身から放たれたのである。
地雷を踏んだ! でも、どこに?
傍観者と化した茜は血の気が引く思いとなった。
「あんた、この村のことどこまで知っとる?」
声にドスが混じり、ぶっきらぼうさを和らげていた丁寧語が消える。
だが箱船はどこ吹く風で、
「ほんの少しだけ、薄らと輪郭のみですよ」
男はカウンターから身を乗り出した。
「悪いことは言わん。即刻ここから出て行ってもらおう。これから駅に連絡して本国への列車を――」
くるりと振り返る箱船。
「仕方ありません。出ましょう」
茜を促し素早く出口へと向かう。
「待て!」
男の怒鳴り声を背後に、箱船は素早く扉を閉じた。扉越しにからん、と先程より小さな鐘の音が聞こえる。
出来るだけその場を離れようとする茜。が、箱船がついてこないことに気づき、つんのめるように止まった。
「何してるんですか!」
振り返ると箱船はまだ役場のすぐ前にいて、何故か両手の拳を胸の前に構えている。
数秒してから全身に漲らせていた緊張をふっと解いた。そして真顔で、
「追い掛けてくるのなら迎撃するつもりでした」
と、冗談かどうか判らないことを言った。