5 愛想
男は愛想良く目元に笑みらしき皺を作っている。
でも、と茜は思った。皺の向こうの奥側は笑っていない。眼球は昏い闇で覆われているように見え、微かな気味の悪さを感じる。
「なんせ滅多に来客なんてありゃしませんからなあ。――で、どうされました。目指す駅、乗り越してしまいましたか。時刻表見て驚かれたでしょう。誰も乗り降りしないくせに路線の端っこにあるせいで電車が通りすらしないんですわ。おかげで一週間に一本のダイヤっつう狂気じみた設定で」
ペラペラと矢継ぎ早に男はまくし立てた。
箱船は軽く首を傾けて柔らかな否定の意を示す。
「思っていた駅は乗り過ごしましたが、目的地には無事辿り着けたので問題ありません。羅生村……まさか、路線表にも乗っていない隠された終点駅の最寄りにあるとは思いませんでした」
「隠されたなど。そんなつもりは毛頭ありませんわ。ただ、あまりに魅力がなさすぎて誰からもそっぽを向かれてしまっただけで」
「そうですか。地図サイトにある航空写真にも映ってはいないようでしたが」
「はあ、ちずさいと。よくわからんけれども、四方を山に囲まれた窮屈な土地だから上からの写真には上手く映らんかったんでしょう。そもそも、ここいらの空には航空機は飛ばないようになってるもんで」
すう、と箱舟の目線に鋭さが混じったが、男はまったく気づかず言葉を続ける。
「ああ、そんなことより。この村にご用とはいったい何事ですかな。今も言ったように、この村には観光できるようなところなんて何一つありゃしませんが」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。我々、大学で民俗学を専攻しているものでして」
と、箱船は自らの身分を明かした。