序章 第九話 話し合い
「タクマ君、そんな風にしなくてもご両親は大丈夫そうだが」
「あはは……みたいですね」
後ろの二人を庇おうと、ラルトイさんの前に俺が立ちはだかった形になったが大丈夫そうなので後ろへ下がった。
二人とも復活早すぎるでしょ、母さんなんてやっと話せる状態だったていうのに。
「えーとラルトイさんだったかしら」
「はい、ラルトイ・フロウと申します。娘がご迷惑をおかけしました」
「色々と物申したい所ですが、息子に娘さんの事情は聞いていますので今は咎めませんよ」
「ご温情、痛み入ります」
「ただし、拓真の命が危なくなるようだったらおわかりですよね?」
「存じております」
ラルトイさんにプレッシャーかけるまで復活してる……あの人自体は平気みたいだけど。
あとそんな初対面の人に凍りそうな冷たい顔しちゃ駄目だろ、母さん……
「まあ娘の部屋で話していてもなんですので、居間へどうぞ」
「だってさ、母さん、父さん。先行ってるよ」
「じゃあ私も」
「俺も動くか」
そんな雰囲気を察してか、フィーネさんが部屋の移動に勧めてきたので乗っておく。俺をこっちに召喚した事から少しは気がそれるといいけど。
「ではこちらへ……」
フィーネさんの案内で一同は居間へ移動した。
「おー……! こりゃすげえ」
「俺はあの古そうな時計、好きだぞ」
「あの槍、ツタとか絡まってるけど植物どうやって生きてるのかしら……」
うわーおぅ……
勲章、豪奢な装飾の短剣や奇怪な形の鎌、何かが纏わり付いた剣だの槍だの、斧だの武器の類が壁や天井にある変わったものが目を惹く。
また、宝石や小さな用途不明の装置が俺の腹くらいの背の棚に十五畳くらいの居間に飾られている。
火事現場に急いでいた時は気づかなかったけど、こんだけのコレクション揃えられるってサナのご両親ってお金持ちだったのかよ……!
「ラルトイさん、ご職業は」
「元は冒険者をしておりました。現在は国の施設で魔法について研究を」
しれっと答えたけど国で魔法の研究してるって時点で結構金持ちそうだな……! そしてここにある武器や宝石といったお宝の類は冒険者時代のって所か。
にしても父さん普段荒っぽい口調なのに、敬語が必要な場になると喋りだけでなく人が変わるなあ。酷く丸くなる。
「冒険者に魔法の研究者……冒険者?」
「おや、ご存じありませんか」
「ええ、字面からして旅をする者である事は想像つくのですが」
父さんは自分で言ってみて違和感を持ったらしく首を傾げた。
「冒険者、というのは平たく言ってしまえば旅する何でも屋ですね。化け物退治からお宝探し、家事の手伝い、使いっ走りまで……本当になんでもやります」
「本当に何でも屋なのですね、ここにある品はその成果で?」
「そうですね。皆いい奴らでした」
ラルトイさんはそう言って懐かしむように静かに笑みを浮かべ一本の青く、飾りっ気の無い剣を持った。話の筋からして多分昔使ってた愛剣なのだろうか。
後、ラルトイさんの話を聞く限りだと冒険者のやる事自体はゲームでよくみたものだと思っておいて良さそうだな。この世界で職に就くなら色々身振りが楽そうな冒険者にしとくか。
「これはね、まだ私がサナよりも三つか四つ上くらいだった頃にパーティの皆に無理を言って……」
「あなた、昔話もいいけどそろそろ本題に入らないと……!」
「おおっとそうだね、フィーネ。すいませんね皆さん。つい話題が逸れてしまいました」
痺れを切らした様子のフィーネさんに責められ、自分の行動を自重して話を先に進めようとするラルトイさん。俺と父さんは聞いてて楽しいけど態度からして母さんとサナ、フィーネさんからしたら面白みの無い話かもしれない。
「おっと奥さん、咎めんといてやってください」
「でも、あの人すぐ昔話をしようとして……しかも長いし」
「それはよろしくないですが、私個人としてはもっと聞きたいぐらいですよ?」
「おお! ならば早速……」
「あなた調子に乗らないで! イサムさんも夫の長話が伸びる事を言わないでください!」
「「おお、怖い怖い……」」
これ以上長話を聞きたく無いのに、父さんが軽口で神経を逆撫でしてしまって怒らせてしまったようだ……あの様子だと普段から周囲に聞かせていそうだ。
しかし、父二人は大分馴染めたようで、なごやかな雰囲気のまま居間にある木のテーブルに向かっていった。
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現在全員が着席し、玄関側にサナの家族が、その反対側にこちら側が着席している。席は計六つ、中央に子を挟み左に母親、右に父親という形だ。
「……」
居づらい。
お互い真剣な眼差しで見つ目あってさっきまでの雰囲気どこいった、シビアすぎるよ父さん達……
これから重要な事を決めるのだから当然ではあるけどさ、そんな早く切り替えられると追いつけないから雰囲気に合わせるのに困る……なんてとても言えない重苦しい雰囲気で口を開くのが憚られる。
「さて、ラルトイさん」
「なんでしょう?」
「本日の本題ですが、そもそも魔法というものを披露していただけませんか?」
「なるほど。構いませんよ」
父さんが口火を切った。
そうか、父さん達はまだ魔法を見てないから魔法を実際に見せなければサナの魔力の件も成立しないから、実際に見せないといけないんだ。
一度もう見たし、話を円滑に進めるためにも俺は黙っていよう。
「この身に宿る魔力よ。その力、姿を炎へと変えよ……ファイア!」
「掌から炎が! しかし一人が一回使った程度では……」
実際に魔法を見てみたものの、まだ信じきれない様子の二人。まあ一回じゃ疑うだろう。
「ではこちらも披露しましょう。この身に宿る魔力よ、その力、姿を変えよ……ウォーター!」
「あら掌から水が湧くのね。お料理に便利そう」
「母さんそこ着目すんのな」
今度は手のひらに何もない事をアピールした上で、水が溢れ出てくる魔法を披露。母さんはちょっとズレてる気がするけど……
「ほおぉ、これは……」
父さんは前のめりになっていてかなり関心がありそうだ。こんなんでもファンタジーものの海外映画なんかを見てたところを見かけたし、こういうのに興味があるのかもしれないな。
「これが魔法、ですか」
「はい。娘はもっと凄いものを扱えますよ」
「それは、それは。ところで娘さんの魔法といえば」
「体質、ですか?」
頷き無言で肯定。
それに対しラルトイさんは顎に手をやり、細く何か呟いて表情を僅かに険しくして父さんの目を見た。
「見ていただいた方が、早いと思いますね」
「お父さんそれって!」
さっきよりトーンの低い声でそう語ったラルトイさんにフィーネさんが食い下がった。サナの体質を見せる……確かにそうした方が早いのは事実だ。
「うん、そういうことだ。サナ、ちょっと苦しい思いをしてもらうことになるけどいいか?」
「大丈夫。見てもらう以外納得してもらう方法思いつかないし」
「けど、どうするの?」
「魔力はちゃんと吸い取るし、私達もいる。大丈夫だよ、フィーネ」
「そう……」
ここでいうそういう事は魔力が過剰回復する体質を実際に見てもらおう、という事だろう。当然だが実際に見せれば倒れていた時のように苦しむことになるわけで。
フィーネさん同様に心配だが、口でこっちの両親に伝わらないのもまた事実。手を出してはいけないな。
「皆さん、魔法陣の外へ下がってて」
「うぉっとと……」
「わっ、驚いたわ」
「おっと、魔法か。さっきのよりは小さそうだけど」
いつの間にか杖を持っていたサナに引くよう言われ、サナ以外は席を立っていつの間かできていた青緑の魔法陣から出た。
「この身に宿る魔力よ……その力、姿を尽くを貫かんとする槍の如き荒ぶる激流へと変えよ」
詠唱が進むにつれてサナの体から青い蛍光が漏れ出し、量を増していく。やっぱりサナの詠唱はとても綺麗だ。父さんも母さんも驚きと感心が入り交じった表情をしている。
「グレイト・ウォーターランスッ!」
最後の詠唱と同時に、ラルトイさんがサナが示した方向にあった窓を開ける。
「わっ!」
太ぉぉい……!
手に握られた杖からサナの腕の二倍、否。三倍はあろうか太さの水がウォーターカッターよろしく発射され、ギリギリで窓を通っていった。
こんなもん見れば二人は。
「なんだ、今のは」
「あらまー…………」
うん、振り返ってみたらやっぱりこっちの二人は口をぽっかり開けていた。
「うっ」
が、そんな盛大な魔法も徐々に衰え、最後は消えてしまい、サナ自身もその場に座り込んで荒い呼吸を始めた。そういえば魔力が過剰に回復するのは知っていたが、この様子だと魔法放ったら一度に青くなるわけではないのか。
「ふっ……! くうぅぅ……っ!」
「大丈夫か?」
「ああ、無理をして!」
なんて思っていたら、毛先から青くなってきた。ついでにあの時と同様に弱り始めていてとても苦しそうだ。母さんと父さんも……母さんはえらくハラハラしてる。父さんはむしろ顎に手をやって考察に入ってるようだが。
「ふむ。娘さんの事、大変よくわかりました。ご丁寧な説明感謝します」
「左様ですか。では本題に……」
一連の流れを見た父さんが、感情のない表情でサナ達の方へ一歩歩み寄る。何を言う気だろうか。
「ですがその前に。いえ、全てが事実だとわかった今だからこそ娘さんに聞いておきたい事があります」
「ううっ、私、ですか?」
さらに二歩歩み寄り、サナの前に立つ。こちらからは背中しか見えないが……なんだろうサナが赤く火照って疲れてそうな顔だったのが、血の気が下がったものに変わってるような。
「失礼。魔力の吸引をさせてもらいますね」
「おっと、すみません」
「この魔力石を使いなさい」
「ありがと、父さん」
ラルトイさんが問いかけが始まる前に、サナに灰色で、手の平くらいの大きさの角ばった石を渡し、彼女が石に触れると徐々に髪色が白く戻り顔色も良くなっていった。
どうやら人に魔力を流す以外にも魔力を移す方法があるようだが……渡した時の渋い顔を見るに、あまりやりたくないのだろう。
「サナさんと言ったか。まずは俺達の疑問を晴らすが為に無理させて悪かった」
「いえいえっ、そんな事よりも、頭をあげて下さい。あのぐらいなら大丈夫ですから!」
そう言って頭を下げる父さんに慌てた様子でサナは自分も何故かぺこぺこ頭を下げながら父さんに歩み寄った。
けどまあ良かった、父さんただ謝ってるだけだ。 昔から自分に非があるって思った時は謝るのに躊躇しないんだ。よしよしこのまま無事終われば……
「んじゃ、聞こうか。なあに大したことじゃないさ」
「はっ、はい! 何でしょう!」
刹那、父さんが姿勢が低くしてサナの目線に合わせた。
「拓真の命は保証できるのか?」
質問の部分、そこだけを特別低いトーンで冷たく捨てるように言った。