序章 第八話 一緒に異世界へ
「大丈夫、母さんはタクマの言う事だったら疑ったりしないから。あの光に包まれた後何があったか話してごらん」
穏やかに不穏な前提を呑んでくれた。スムーズに話せるのはありがたいが、疑わないというのは崩れそうな気もする。
「ありがと、じゃあ話すよ。ここじゃない世界に行ってた」
「えっ、そう……なの……ふっ、ふぅーん。で、どういう所だったの?」
そらみろ。
急に話し方がたどたどしくなってる。けど思ったより驚いてもないからこのまま質問に答えて行けばいいか。
「ヨーロッパによく似たレンガ造りの街並みだったよ。といっても水を出したり、足が速くなったりする魔法って呼ばれてたものがあったから、この世界じゃないのは間違いないと思う」
「ああ……きっと疲れてるんだわ。一週間は学校休みなさいな」
理解できなくなったか。
でも、まだサナの説明もしてないから聞いてもらわないと。
「さっきも言ったけど現実の話なんだ、母さん。それにまだ話終わったわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「ああ、その世界でサナ・フロウっていう丁度俺ぐらいの歳の女の子に出会って、突然火事を消すのを手伝って欲しいって頼まれてさ」
「うんうん」
「で、その女の子がこの火事は私の贖いなんだって言い出してさ」
「うんうん」
その後母さんは話こそ聞いてくれたが相槌を打ち、時折「あなた疲れてるのよ」と穏やかな笑顔で言うばかりで取り合ってくれなかった。
「やっぱり連れてかなきゃ駄目か……」
概要は俺がサナを助けたいと思ってる事含めて全部話したが、事の大きさにこそ驚きこそしても本格的に動こうとはしてくれなかった。
まあ俺もこんな荒唐無稽な話、信じろと言われたら無理だ。しかし、こうなるとやる事が無い……わけでもないか。父さんが姿が見えない理由と、母さんが何してたか聞いておける。
「母さん、父さんは俺が居ない間どうしてたんだ?」
「そりゃあ勿論、仕事放ってタクマを探してたのよ、あちこち車で走り回ってね。今さっき連絡したからもうじき帰って来ると思うわ」
父さんの帰宅はいつもは晩御飯どきより少し遅れるぐらいだが、今日はこの分だと日が暮れる前に帰ってきそうだ。
まだ勤務時間だろうに、迷惑をかけてしまったものだ。
「そっか、ありがと。じゃあ母さんはどうしてた?」
「私はご近所さんやタクマの友達に聞いて回った後、そのあと心当たりのある場所を歩きで探してたわね」
「ふむふむ……やっぱり話が広まってるかあ」
「それで、暫く探しても駄目だったからお父さんに連絡した後は車に乗ってあちこち探したわ」
案の定随分心配をかけていたようだ。あいつらにもサナ達との話をつけ次第、連絡を入れておこうか。
ガチャガチャ。
おっ、母さんが鍵を開ける時より少しテンポの速いこの音は。
ガチャン。
鍵と扉が開く音が玄関からして、母さんが出迎えに行った。
「ただいま江美。拓真はどこに?」
「おかえりなさい、お父さん。タクマはリビングよ」
「そうかっ。見つかってよかった」
聞き慣れたこの低い声。
よく怒鳴られ、謗られてきたけど今はこの声をまた聞けてよかったと思う。
「拓真、ただいま」
大柄で紺色の作業服を着た、五十代後半か六十代の目が細く鋭い、厳つい顔つきをした人物がドアを開けてリビングへ入ってきた。
こうやって改めて見るとやっぱり堅気とは思いにくいなあ、父さん。
「おかえり、父さん」
「おうっ。拓真、おめぇもよく帰ってきた。無事で良かった」
安堵した様子の父さんは作業服を脱いで母さんに投げ渡した。土で薄汚れてたから洗うのか。
「迷惑かけてごめん。仕事放ってきたんだろ?」
「気にすんな、息子が影も形も残さず消えたってぇのに、黙ってられっか」
そう言って細い目をさらに細くして厳つい顔を破顔させた。
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「でだ、拓真」
「ん?」
着替えを終えてリビングで三つある座椅子の内、父さんは左手側の座椅子に座っていつものように休息することもなく、こちらの目を見据えてきた。
「母さんに聞いたが、異世界……だかなんだかに行ってそこであった子が大変な事になってんだろ?」
「うん、そうだね」
「そんで、その子の話の前によ、その異世界ってのが、どういう場所なのかすら理解出来んかった。説明してくれ」
母さん話通してたのか、話がスムーズに動くからありがたい。
けど、異世界の説明か。言葉の意味なら異なる世界、自称神様の言う通りこの世界ではない世界なんだけど。
多分父さんの求めてるのはそんな事じゃなく、何でそこが異世界と呼ぶに相応しいか、即ち異世界の証明だろう。
うん。なら好都合だ、話の流れに乗じて異世界に来てもらおう。
と、その前に母さんが洗濯中でこの場に居ないな。お守りの効果範囲がわからないが、とりあえずは近くに来てもらうか。
「説明の前にさ、ちょっと母さんを呼ぼうと思う。父さんの前に話したんだけど相槌打つばかりで聞き入れてもらえなかったからさ」
「そうだな、一度に説明してしまった方が早い。江美ぃー!」
父さんが洗濯をしてる母さんを呼んだらすぐ「はーい」と返ってきてぱたぱたとスリッパを履いた足音がし始めた。
今のは俺が呼ぼうと思ったんだけど、まあいいか。
「はいはい、どうしたのお父さん?」
「拓真がさっき言っていた異世界って奴について話すらしい」
「あら、その話ね。今度はどんな話なの拓真?」
「うん……ちょっとこいつを見て」
ペンダントに念じればいいんだよな。服の中にあるペンダントを取り出そう。
「あら、綺麗な青い石の付いたペンダントね。文字も入ってるようだけど」
「誰にもらったんだ?」
「言ってたサナって子だよ。ちょっと特別な力が込められててさ」
ペンダントを見た母さんたちはそちらに注視してる。上手くいくかわからないからどきどきするが……今の内に念じておこう。
初めて召喚された部屋と、石造りの街並み、白髪で毛先が青いあの少女のいる場所に……
俺と母さんと父さんを連れて行ってくれ!
「きゃっ! 何これ光ってる……?」
「うぉっ、眩しい!」
ペンダントが眩い光で周囲を覆い始めてるって事は効果を発揮できたか!
ただ不意打ちのような形になってしまってちょっと後ろめたいが……とにかくこれで母さん達と異世界へ行けるぞ、待ってろサナ。
視界が白い光が覆い始め、段々眠気が差して意識が遠くなるこの感じは異世界に行く前兆だ。
前兆を察し、俺は眠気に身を任せて目を瞑った。
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意識が醒める。
服越しに覚えのある板の感触……
「はっ。着いたか!」
馴染みのある感触に全身に感覚が一度に覚醒し、視界に知ってる木製の天井が入った。異世界には来れたらしい。
「母さんと父さんは……?」
身体を起こして、後ろを見ると。
「すー……」
「んご、んごごっ……」
寝息立ててまだ眠っている父さんと母さんがいた。いきなり連れてこられてきっと驚くだろうなあ。
「んごっ……ううぅっ」
「……ここはぁ?」
なんて二人の寝顔を眺めていたら、二人共目が覚めたようだ。さて、第一声は?
「ここは……? 建物の中みたいだが、日本のものじゃない。確か俺は……」
「きゃあっ! え、え、何、ここ」
父さんは戸惑いつつも、状況の分析を始めているが、母さんは軽くパニックを起こしてるな……軽く状況説明だけでもしておくか。
「突然こんな風に連れ込んでしまってごめん。ここが俺が言ってた異世界って奴だ」
「異世界? この部屋だけ見ると、小屋か何かにしか思えんが……」
「異世界……?」
いよいよ許容範囲を超えたらしい母さんは、呆然として喋らなくなってしまった。まあここからは全ての元凶に説明してもらおう!
「サナー約束通り連れ帰ってきたぞぉー!」
「んもう、そんな大きな声で呼ばなくても聞こえてるわよ」
背後の扉を開いて青いワンピースを着たサナが部屋に入ってきた。
「拓真、あれがサナって子なの?」
「そうだよ」
「そうなの。ですって父さん」
「ふむ、確かに江美電話で話していた特徴と一致するな」
サナを見て言ってた特徴と一致し、受け入れられたのか少し喋り出した母さんは父さんに話を振っている。
今扉の向こうにまだ誰かが……
「タクマ、紹介するね」
どちらも三十代くらいの青髪の男性とサナにどこか似た白髪の女性がサナのどことなく芝居掛かった台詞と共に入ってきた。この二人はもしかして。
「私の名前はラルトイ・フロウ。サナの父親だ。そしてこっちが」
「フィーネ・フロウよ。ごめんなさいねタクマ君、娘が迷惑をかけたみたいね」
「私の両親よ。タクマ、ご両親は」
俺がまだ本調子でない、と庇おうとした次の瞬間父さんと母さんは跳ねるようにその場で姿勢を正した。
「ご紹介頂きありがとうざいます。こんばんは、拓真の父親の野鹿勇と申します。こっちが——」
「母の野鹿江美と申します。本日はどのような意図で拓真をこちらにお呼びしたかお聞きしたく……」
……二人共切り替え早えよ!