序章 第七話 どちらも諦めれなくて
「悪意なく魔王を降臨させる原因になったかあ。大変なことになったなあ……」
「うん、だから改めてお願いしたいの」
昔話を終え、長時間座っていたからか、軽く背伸びをしてから立ち上がって背筋を真っ直ぐに伸ばして改まった態度を見せるサナ。どうやら真剣な話をしたいらしい。
なら俺も相応の対応しないと。先ず立とう。
「聞くよサナ、どんな事?」
「あなたを召喚したのは魔力を受けてもらうのと、犯した罪でもある魔王討伐の手伝い」
「それが動機だったよな」
「私だけでどうにかしたかったけれど、魔力が暴走して倒れてしまうだけ。だから、この世界に残って力を貸して欲しい」
懇願。
淡々と、しかし僅かに震える声で助力を乞われ深々と頭を下げられる。
「……」
「——」
すぐには答えられるはずもない。
沈黙が広がり外の音が煩くなってくる。
「ぅ……うぅぅ」
まずい。
頭を下げたサナが小刻みに震え始めてる。でもこれからを大きく左右する事だ。きちんと考えよう。
引き受けたい。「力を貸すよ」と言って理不尽を叩きつけられた彼女の支えになりたい。
抱える重たい事情が使命感に、また庇護欲にもなってなんとかしてやりたいと思う。
ついでにちょっと魔法を使ってみたい。
だが怖くもある。
否、怖いの方が強いかもしんない。
まだ魔法も使えなければ身体能力は籠ってきたから論外、戦力になれず迷惑をかけないか心配で仕方ないし、そもそも魔王を倒すなんて大役を俺が務まるはずもない。さらに加護も能力もないと不安だらけのも事実。
後は……。
サナは何度も他の召喚した人達に頼んでも断られてきたらしいが、テウメスが出てきた上に他にも魔王が控えてる。
俺が戦うかは置いといても、彼女の持つ魔法のこと思うと実質強制じゃないか? あの豪雨や過去にバケモノと呼ばれたくらいの力を持つのに体質で動けないのはあまりに惜しい。
つまりサナを配慮するなら誰かが嫌でも応じなければならない。
おまけに時間が経過するほど他の魔王が出てきて一度に相手にする数が増えるペナルティが発生する悪どい仕組があるとは酷い。早めに誰かが……
ああそっか。
よし、気持ちは決まった。
「いや。ダメだ」
加護とかテウメスという神、神という言葉で連想ゲームみたくたった今思い出した。
あんだけ、あんだけ根掘り葉掘りあの自称神様に繰り返し色々と訪ねて、それも一番初めに聞いた事なのになんで俺は忘れてんだ。
やっぱり俺は大馬鹿だ……!
「ごめん、今は応えられない」
「……なんで?」
「たった今思い出したんだ、帰らないといけないって」
ぎょっと目を開き、信じられないと言わんばかりの様子のサナに俺は正に今思い出した事を、先の彼女と同じくらいに頭を下げて告げた。
元の世界に帰らないといけないと。
緊急事態とか謎やら意味深発言やら昔話されたせいなのか、綺麗さっぱり頭から抜けてたけど今思い出して頭の先から、足の爪の先までどっと血の気が引いた。
しかし思い出すの遅えよ、馬鹿。
今頃母さん大慌てだろう、ゴミを捨てに行ってる間に消えるなんていう不自然な失踪の仕方をしたんだ。
いてもたってもいられず、家を飛び出して叫びながら俺を探すと思う。多分ダメだから父さんに連絡。
とりあえず落ち着くように言われるだろうけど、効果なし。
今度は近所や俺の友達とかの心当たりにあるとこを探して話が広がりどんどん大事になっていく!
そんな悪い想定が僅かな間に頭の中を走馬灯のように駆け巡った。
そうしてようやく湧いた使命感を吹き飛ばし、両親を心配させている自覚が新たに湧いてきて、帰るのを最優先にせざるを得なくなったのだ。
でも、さっき気づいた事を忘れたわけじゃないからこの世界には戻ってくる。こうも袋小路に閉じ込められた人を放ってはおけない。
「元の世界に帰って、母さんと父さんを安心させてやりたい。そうでなきゃ事に身が入らないと思うんだ」
「身が入らないのは理解できるよ。でも元の世界に戻ってご両親を安心させるまではよくても、私の事なんて話すの?」
「あ……!」
尤もな疑問に冷や水をかけられた気分だ。
上手く話せなきゃサナを諦めるて帰るか、このままこの世界に居残るかの二択だ。
でもどちらか諦めるなんて出来っこない……!
じゃあサナの存在の証明、否。
この世界を見た事ない二人にはそもそもこの世界を証明する方法を何か考えなければ。
連れて来るのがベストでは?
口頭で話して通じるもんでもないし、写真とかなんて今どきいくらでも加工が効く。催眠の魔法なんかも使えるかもしれないが、それでは説得にならないわけだから連れてきて見てもらうのが一番手っ取り早い。
困るのはサナと双方の両親の負荷だが、もう目を瞑るしかない。
「よし、俺は一旦戻って連れて来るよ!」
「はぁっ? タクマ何言ってるのよ……」
がっくりと肩を落として疲れたように吐き捨てられる。完全に呆れられたな……。
けどこれ以外思いつかないからゴリ押す!
「無理言ってるのは承知してる。でもこれ以外にサナ達とこの世界を証明する方法がないんだ」
「確かにそうね。私もちょっと考えてみたけどタクマが言ったの以外に想像がつかないもの。それにご両親に会いたい気持ちを止める事もできない……けど」
言葉はそこで止まり小刻み体を震わせるサナ。
怒らせた、いや違う。悲しんでるんだ。
「何よりも私はあなたを攫って利用しようとしたんだよ? もし連れきたら私は罵られ、非難され、他にやり方はなかったのだとか、どうしてうちの子なのとか、終いにはどうしてそんな体質なんだって、咎められ続けるだけだよ……!」
ああ……その通りだ。
言う通りでサナは俺を召喚という名目で攫った。全部正直に話す必要はないかもしれないが、魔力の器にしようとしてる以上、母さん達と会ったら示しがつかず激しく咎められるのは目に浮かぶようだ。でも。
「でも力を貸してほしい。サナの言葉が必要なんだ」
「私の言葉……?」
努めて潤んだ青い双眸を見つめ、肩を掴めるくらいに距離を縮めて助力を求めた。
最も、彼女の都合のみ考えるならこちらの両親に何も言わずにこの世界で生きていくのが最適解かもしれないが、そんな親不孝は絶対に嫌だ。
精神的な部分以外でもサナが直接話してくれなきゃ、元の世界で話したってこんな話ゲーマーの妄想にしかならないから、助力は必須だ。苦しくてもここは頑張ってもらうしかない。
それにチャンスはある。
「俺を召喚したのは仕方ない事だったろ? だったらちゃんと話せばわかってくれる。俺の両親はそういう人だ」
「そうなの? なら……あ、でも」
「言ってみてくれないか」
「タクマ以外にも色んな人召喚してるの」
「うっ」
俺以外にも召喚してたなぁ、そういえば。
こうなってくると厄介だ。俺だけだったらまだわかってくれたかもしれないが、何人も攫っていたとなると誤魔化しようなく犯罪者だ。
「でも……うん」
袋小路に頭を抱える俺をよそに何か納得した様子のサナは顔を引き締め、絞るように続けた。
「私、頑張ってみる。召喚した人達への贖いの第一歩としてタクマのご両親と話してみるよ」
良かった、通じてくれた……!
しかし動いてくれるのは嬉しいが、これからの事を思うと何人も攫った点の口実以外にも課題が多い。
ぱっと思いつくだけでも学校だとか、俺が異世界にいる間何をしてる事にするかとか。考えなきゃいけない事が沢山ある。元の世界に帰ってからのが大変そうだが今は棚上げにする他ない。
「といっても、私もお母さんとお父さんに相談してからになるよ。けどお話は必ずするよ」
「ああ、そうだよな。じゃあそっちのご両親とも話すことになるか」
「そうなると思う」
こっちが両親連れてるなら当然か。にしてもサナが勇気を出してくれただけでも良かった。
これでサナも俺に魔力を流せて体調が良くなるし、俺も両親と縁がきれずに済む。万々歳だ。
「じゃあ、必要だからお守りを渡して。ちょっとした細工をするから」
「細工?」
「今のままだと私からタクマに魔力を送るだけなの。あ、靴持ってくるね」
靴を持って戻ってきて渡したサナは、お守りと呼ぶペンダントの石に豪雨を降らせた時に見たような文字を書いている。
結構な不思議現象だけど、あんまり驚きがない。慣れてきたかもしんない。
「ちょっと弄って元の世界でこっちに来れるように……はいこれ」
「行き来する為の魔法か何かを施したってわけか」
首にペンダントをかけた。
さっきまでと違い、青い石により濃い青で細かく文字が入っていて、よく見るとアルファベットみたいな形してる。
「元の世界に帰すよ。こっちに来る時はお守りに念じて」
「念じればいいんだな。それからサナの事は無下にしない、待っててほしい」
「うん、きっと戻ってきてね。詠唱行くよっ」
本棚に立てかけられていた杖を手に取り、床を軽く突いて青白い魔法陣が現れたのを確認すると、サナは目を閉じた。
「この身に宿る魔力よ、その力を行使する。彼の者を我が命ずる世界へ、場所へ送り届けたまえ……」
一瞬躊躇うが一拍置いて
「セデム!」
詠唱を完了した。
足元の魔法陣から光が溢れて白み、視界を塞がれてゆく。
「この包み込む光は……」
この世界に来るときに見たものだ。
と、そこまで時間は経って無いのに妙に懐かしい記憶を懐かしんでいたら
「またねぇっ!」
白む視界の中でサナが笑顔で手を振っている。
明らかに作ってるとわかるが……誰の為のものかを思えば心配は不要。後少し嬉しくなった。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「……はっ」
意識と視界が覚めた。
足裏に靴越しのコンクリートの固い感触。
四角く見慣れた建物が並び、見上げればオレンジ色の空と電信棒や電線。
どこからか漂う美味しそうな肉じゃがの匂いや、カレーの匂い。
全て慣れ親しんだものだ。
「帰ってこれた」
ここは家の前の曲がり角か。
曲がれば家が見えてくる。
感慨深いものはある。でも今は家へ走ろう、俺があの世界に行く前は昼下がりだったが今はもう夕方だ。心配かけたくないし、なるべく異世界に早く戻りたい。
多分もう母さん達は気づいて動いてるはず。鍵がかかってなきゃ家に置いてあるスマートフォンで母さん達に連絡できるんだが。
「あぁ……着いたか」
随分久しぶりに感じる玄関の前に立って切れた息を整えていく。こんだけ全力で走ったのは、去年の体力テストぶりかな。
「よし、行こう」
息が整ったからドアに手をかけて、引いていくと途中で突っかかる事なく開き、家に入る事ができた。これで連絡はできる。
「ただいま」
努めていつも通りにただいまを言ったら、家の中からドタドタ足音が聞こえてきた。これは多分……
「拓真あぁっ!」
「母さ……わぷっ」
「良かった、よかった……心配したのよたくまあぁぁ……!」
やっぱり母さんか。
会えて良かったけど……玄関先で抱き着いてきて泣き出してしまった。昔っから母さん心配症だからこうなるのも無理ないかあ。
しかしこんだけおんおん泣かれちゃ人目が気になるよ、母さん。
「母さんそんだけ泣いちゃご近所さんがの目が……」
「あっ、ごめんね!」
解放され、玄関でサナのお父さんの靴を脱いでリビングに入った。
「ホッとするなあ、家は……」
椅子が、床が、時計が、冷蔵庫が、座っていた座椅子が。
一日も経ってないのに家にある物全てがえらく懐かしく感じる。それだけ異世界であった事が濃かったんだ。
「ほんとに拓真が帰ってきてくれて良かったわあ……」
涙を拭い、それまで母さん自身が子供っぽかったのに今度は小さな子供に諭すような口調に変えて続けた。
「何があったのか、母さんに教えて?」
やっぱり聞いてくるか。
良心で聞かれてる分、ちゃんと返さなきゃいけないけど、なんて異世界について説明しようか。
「今から話す事は、到底信じられる話じゃないと思うけど全て現実に起こった事だ」
とりあえず、前提を先に言っておいて混乱を防いでから語ることにした——