第一章 第五十話 見た目に合わず
〈ゲキャキャッ〉
〈グヒャヒャ!〉
〈キヒヒヒ!〉
〈キヒャー!〉
囲む緑の小さき部隊。
醜い顔。膨らんだ腹。漂う悪臭。
醜悪、という言葉を小さくして肉を張り詰めて動いているような連中。
それがそこにも。あっちにも。こっちにも。
「へっ、見るに堪えねえぜこりゃ!」
「同感だよ。頼まれても相手したくない……な!」
正行と軽口を交わし、一度に襲いかかってきたゴブリン二匹を退ける。
状況はかなり悪い。とにかくすばしっこいゴブリンはまあ良いとして、ウッドレイジが面倒だ。何せ依頼書曰く図体を生かした重い攻撃は勿論。
ちっ——
いたっ!
また気づけなかった。
腕から生暖かい血が腕を伝って、地へ落ちる。
「大丈夫か?」
「問題ない。けど厄介だな。ふぅ……」
デカイ癖に攻撃が多彩なのが困る。
葉っぱを魔力で飛ばして切り傷を負わせようとしてきたり、枝を投げつけたりと細かな芸当も出来る。本来はシールドを使えば防げるが、ゴブリンへの攻撃中とか、隙を攻撃するせいで防げない……!
「不味い、押され気味だ!」
「彼の者をあるべき場所へと——」
「フォルク・ウォーター・ブレイド!」
「誰も動けないか……」
駄目だ。俺と正行以外動けない。
フェルンもサナも自分の事で手一杯。
なのにあちこち切り傷や殴打痕だらけ。
早く解決しないと、いたずらに血が流れて集中力が無くなり、ジリ貧に陥る。
〈グギャッ!〉
「このっ! ちっ。飛び道具さえ無きゃ!」
「そうだな、飛び道具さえ……」
「どした正行?」
ふと正行が視線を落とした先には俺の鞄。
確かに色んな状況に対応出来るよう、思いつく限りの道具や武器は持ち込んでいるが、あの葉っぱを撃ち落とせる物なんて。
「あったわ。釘とカッターの替刃」
「だよな。あれなら撃ち落とせるんじゃね?」
「んー……。ちょっと考える」
正行が言うようにこれは浮遊し、俺が一度視認した対象を延々と追い続ける物だ。
しかしあくまで視認した物を追うだけ。自動的に索敵する能力は付けていないし、そんなのを付ければ浮遊に常時消耗する魔力がどれだけ使うか。考えるだけでも寒気がする。
「でも、賭けてみるか」
「何か思いついたな、その顔」
「ああ。万一俺が倒れたら、頼むぞ」
「おめーの事だ、成功するって確信してんだろ?」
軽口に「まさか」と軽く返す。
まあ分の悪い賭けでは無いのは確かだけど、もしもが発生したら俺が今回の戦闘において役に立てなくなるのも、また確定してる。何せ二つ程不確定要素を乗り越えないとならないからな。
「この身宿る魔力よ、その力を以って我が刃に彼の物の放つ脅威を迎え撃つ力を与えよ……」
先ずナイフと釘をビット化させる。
杖で地面を突き、詠唱をすれば魔法陣が出た。
もうガリガリ魔力が削られてるのが解るけど、それは折り込み済みだから問題じゃない。真に困るのはこの魔法自体、思いつき。つまりこれが一つ目。
魔道書曰く想像と名前付けさえ出来てれば、魔法は出来るとのことだけど。
「ビット!」
あ、う、あ、あうあっ……
くらくらする。
まずい。
名前をせんげん、した、とたん。
けっこう、もってかれた。
でも倒れるのだけは。
「はあ、はぁ。おっ、と」
目を擦り、杖を支えに立つ。
はっきりした視界に飛び込んだのは手元。
見れば釘と替刃はもう無くて、視線を移せば俺の前で釘とナイフが浮かんでいる。待機状態か。よし一つ目は乗り越えたか。
「はあ、これで暫くは……。はあっ……」
「でもお前、その状態じゃ戦えねえだろ」
「はっ、しぶといのが、取り柄……。だからな」
「出任せじゃねえだろうな?」
出任せか。
まあ間違ってもない。
あいつが気づかない、なら。
「この身宿る魔力よ、彼の者に宿り力となれ!」
「良かった……。気づいてくれたか」
「ムーブメント!」
二つ目の賭け、成功。
サナは何度か呼んでもないのに出てきたのだから、魔力不足で体調不良を起こしたら有無を言わず回復してくれるはずだという、経験則。
何らかの要因で魔力不足を読み取れない場合、このまま倒れていたから結構危うい賭けだった。
「何にせよこれで」
ぱすっ。
葉っぱが肌を掠める前に、釘が串刺しにした。
浮かせているだけでも魔力は減っていくが、俺達はあくまで陽動。
「残されし天使の権能を以って——」
本命はフェルンの魔法。
翼がオーラを纏い、足元の魔法陣の様子からしてもうすぐ詠唱は終わる。だからそんなに時間は稼がなくていい。
〈ウオオオ……オオォォォ……!〉
「今更焦っても遅いっての!」
質より量に切り替えたか。
最早葉っぱの雨あられだ。
物量戦、のつもりかもしれないけど葉っぱと釘やカッターの替刃じゃ頑丈さが違うぞ。
〈グガアアァッ!〉
「はっ、一斉攻撃か。ザコが同じ動き繰り返しても無駄だぞ?」
「大きいの失った途端隙だらけだよ!」
一方で正行やサナは援護を失って有象無象となったゴブリンを次々と捌いている。
サナを狙っていないゴブリン達は、一番特異性がない正行を狙う事にしたようだ。これで時間は。
「——不浄なる者よ、輪廻の海へと還るがいい」
中性的な声が響く。
あまりの豹変ぶりに思わず動きを止めた。
大きな白い片翼が広げられ、黒かった部分の髪が魔力の影響か白くなったフェルン。
フィーネさんおさがりの服を除けば正に天使と呼ぶべき姿で、神聖さにやられたかゴブリンすら動かぬ中で、赤い方の目を閉じながら続ける。
「——ヘヴンロード——!」
静寂の中告げられる魔法名。
それと同時に。
ウッドレイジの根元が金色に煌めいた。
〈オオォォォォォォォ……。アオアァアァオァアア……! ヤアダアアダアアア……!〉
金色の柱が天高く昇って行く。
そしてその柱にウッドレイジも包まれる。
そのまま空へ昇っていく姿は昇天、の言葉が相応しい。
「ふうっ……。これで、おしまい、だよ」
「おっと、大丈夫かフェルン」
フラついたフェルンを抱き止める。
同時に髪の毛が元に戻り、赤い目が開いた。
「ここまでのは久方ぶりだからね。それよりも、あれを見たまえよ」
指差す方には葉も人面もない枯れ木が立つのみ。
でも位置はウッドレイジが居た場所。
「あれが正体、か」
「そうだとも。恨み辛みで動いて、葉すら魔力で茂らせているが、本来は枯れ木なのさ」
「何にせよ、これで終わりだろ。帰ろーぜ?」
空を見れば太陽は西に傾いている。
またフェルンに驚いたらしく、ゴブリンも気づけば姿を消しているしと好都合だ。
「じゃ、討伐の証と素材を貰って帰ろっか」
「賛成だよ、サナ」
このあと予定通りに証と素材を持ち帰り、ギルドへ報告しに街へ戻ったが、その頃にはもう夕焼けが建物や人々を彩っていた。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「あーあ、すっかり日が暮れちゃったよ」
「夜の魔物は危険だ。ボクらは避けるのが無難だ」
「まあ、この後は晩御飯食べてお風呂入って、そしたら寝るだけだねー」
もうすっかり夜だ。
城門に着いた頃にはもう夕暮れ時でギルドで報告をし、報酬を貰ってサナ家へ帰る頃には夜の帳が落ちてしまった。凄く、という程ではないが少々距離があるのも手伝って時間を食ってしまった結果がこれだ。
「ただいまですー」
「あら帰ったのね皆。お疲れ様ー」
出迎えてくれたフィーネさんに挨拶を交わす。
そのまま居間からサナの部屋へ。
「ああ。帰ってきたって感じが、する」
「ん。そう思ってくれるの、嬉しいよ」
いつもの木の家具と、ちょっと散らかった見慣れた雑貨達。そして仲間達の休息に喜ぶ顔。
明確な理由と言われるとこの位しか挙げられないけど、この光景を無事帰ってきた仲間達と共有できたと思うと、昨日のことも手伝ってかホッとする。
「皆、ちょーっとごめんね?」
「あれっ、どうされました?」
フィーネさんがひょっこり部屋に顔を出した。
よく喋る人だけど、同時に俺達を気にかけてか部屋にあまり進んでは入ろうともしなかったのに、珍しいもんだ。
「晩御飯なんだけど、まだ時間かかりそうなのよ。だからお風呂先入っちゃって?」
「ああ、成る程それならお先に行ってきます」
「んじゃ、俺も行ってくっか」
そういう事ならさっと行ってこようか。
久々に異世界の風呂を堪能したいな。
「母さん、私手伝おっか?」
「ボクもやれる事があると思うが」
と思ったら、女性陣が手伝いを申し出た。
こうなってくると俺も。否、母親に一生包丁を持つなと言われた俺に出来る事なんて何一つ無い。黙って大衆風呂に行ってこよう。
「いいえ、丁度お風呂上がって帰る位に終わるから大丈夫。皆で行ってきなさいな」
「なら行ってくるよ。着替えとか取ってこよっと」
手伝いは無くなったらしい。
ならこっちも着替えを取り出して。
うん何も匂いが無いな。
当たり前だが、この世界には洗剤は存在しない。洗濯は毎日するし、洗濯機を模倣した機械も存在はしているが。
「じゃあ風呂屋行ってくっかぁ」
「着替え良し、タオル良し、湯銭良し、と」
「皆、気を付けてねー!」
風呂セット各員準備完了。
こんな風に落ち着いて異世界生活を終えれたのは、元の世界での生活を挟んだぶりだっけか。
「おっ、見えてき……。うっ、もう臭うぞ」
「うーむ、今日は特別きついな」
大衆風呂が見えた所で、冒険の残り香が。
ご飯時から冒険を終えた者達がこの辺りにたむろする為、どうしても漂ってくる悪臭。二度目でも慣れない……。洗礼らしいけど、もっと爽やかな気持ちでお風呂って入るものだと思うんだよなあ。
「よっ、と。これ湯銭です」
「確かに。ではごゆっくり、だにゃ」
「昨日は色々あったし、ゆっくり浸かりてえ……」
「その節は迷惑をかけたね、皆」
「ううん、この話はよそうよ」
入り口付近に今日も居た湯銭を獣人の番台さんに渡してすぐ、ふとボヤく正行にフェルンが自嘲したのを見て、話題を逸らす。
アレは色んな人の不慮があった、事故だ。あんな風に傷ついたフェルンの姿は二度と見たくもないし、思い出したくもない。
「二度と起こらないようにする、それだけだよ」
「あ、私は女湯に行くね。集合は出口でー」
「はいよー。フェルンもあっちだろ?」
特に意図なくフェルンにそう言って振り返る事らず、男湯へ進んで行く。
確か魔法陣の放つ輝きで幻想的な雰囲気だったよな。これからは毎日入れるって考えると楽しみだ。
「よっ、と。空いてるロッカーはこれか」
「ではボクはその下に……」
んっ?
今居たらいけない人が居たような。
あれっ、おかしい。フェルンじゃないよな。
だってアイツは女の子で。
でも性別が確定できる要素って確か……。
いや落ち着け。
思考を回せ、早まるな。
こういう場合は中立の第三者に——!
「ボクがどうしたのかな?」
「ひゃあい!」
「くすっ。キミってばホント弄りがいがあるよ」
やろう、耳にブレスしやがって……!
しかも凄く愉しそうな顔してやがる。
ここで本人に聞いても、面白可笑しく弄ばれるだけだから正行にでも回そうと思ったのに!
「大丈夫だよ、遊ばないからさ」
「あれ、痛く素直だな……」
「性別は隠しても仕方無いよ。ボクは男さ」
こういう時は遊ぶもんかと思ったのに。
でもここまで素直なら、信じても良いか。
しかし男だったとは。
つまりあの日翼で包まれた時も、今日の詠唱していた姿も、空から女の子が! に関しても空から男の子が! だった訳で——
「そっかあ……。まあ別にそれはそれで」
「いやかなり違えぞ拓真」
「えっ、どういう、事だよ?」
受け入れ体勢に入った所へ正行が呆れ気味に突っ込んできた。
横でフェルンは笑いを堪えてるし。
しかし男湯に入れるなら、女でも無いはず。
一体どうなってる……!?
「まあ……。あれだ。どっちにも成れるんだよ」
「は?」
意味不明。
それは例えなのか。
文字通りに取れば良いのか。
或いは何か裏があるのか。
無理。頭が混乱してる。
「ごめん、訳分からん。どゆこと?」
「そのまんまの意味だって。男にも女にも成れるんだよ」
「因みに今は男。だから男湯に入るのは間違いでは無いよ?」
「ええぇ……?」
あまりに斜め上へカッ飛んだ回答に、この後暫く同じ問答を繰り返した。




