第一章 第四十九話 南の森にて
ガチャリ。
鍵を開け、サナ家の木のドアを引く。
買い物を終えて、一度荷物を下ろしに来たのだ。
「ふう。ただまあ……」
「ただいま、と」
さっと靴を脱いで居間を抜けサナの部屋に入って荷物を下ろす。特に合成壺は置いてく。
携帯性を買って購入したが、夢幻迷宮のように長期間拠点に戻れない限り携帯する必要は無い。だって合成したくなったら戻ってこればいいからな。
「さて荷物も置いたしさ、早速やろうぜ、合成」
「おっ、賛成だよ。使ってこそだもんな」
「ボクの羽を使いたまえ。天使の羽は貴重だよ?」
「いやあそれはロケットスタートすぎない?」
正行が合成の話を出した途端、ずずいと自分の翼を推してくるフェルンに正行も俺も苦笑い。
当人は善意だからか唇を尖らせていて、少し良心が苛まれる。でも流石に合成初めての俺達には扱えるか不安だからな……。さっきのお店で徳用三枚セットを見かけたけど、フロストファングを二つ買えてしまえる値段だったし。
「まあ何か手頃な物探そっか。先ずこの家からさ」
「何か薬草を混ぜりゃ合成自体はできんじゃね?」
「適当だな……。副作用とかあるだろうに」
「いや案外正行の言う通りだよ。合成は魔法で物同士の性質を合わせる物だからね」
続けてフェルンは「故に混ぜた薬草の効果持った一本の薬草が出来るばかりさ」と語った。まほうのちからってすげー。
なら遠慮する事もないか。さっきマギアが見せてくれたとはいえ、実際にやらないとわからない点はあるはずだから試してみようか。
「ねえ三人共、その前にお昼食べちゃわない?」
「ふむ、確かに忘れていたね」
「ちっ、もう時計の針が二まで行ってらあ」
「食べれる内に食べないと。ただでさえ冒険者って不安定なんだから」
いつの間にかローブを脱ぎ、ワンピースの上にアイボリー色のエプロンを着ていたサナがそう言う。
昨日はスライムの件もあって昼食を抜いていたし、その以前にも軽食で済ませてしまったっけか
。
ところでその格好はまさかとは思うが。
「なあサナ、もしかしてだけどさ」
「私が作るよ。不味くはないと思うよー?」
「まあ任せてみよーぜ、拓真。お手並み拝見だ」
「そういう考えもあるかあ」
「じゃ、居間行こっか。まあ待っててよ」
サナはそう語った後に「これでも読んでて」と「合成の基礎」なんていうタイトルの、地味な本を渡してきた。厚さは薄めの国語辞典位かな。
どんな料理が出るか仄かな期待をしつつ本の表紙をめくり、目次を読み飛ばしていく。
「さて、と」
「しかしアイツのエプロン姿見たの初めてだぜ」
「ああしていると中々様になってるじゃないか」
席に着いた。
二人がエプロン姿のサナについて語っている。俺も包み隠さずに表現すると、グッと来た。本人がまた蕩けるから言わないけどああいう、家庭的な姿は……何か……ズルイ。
「おやどうしたんだい、タクマ」
「いやなんでもない。俺は本を読まないと」
「ふーん。ま、今は突っ込まないであげよう」
ちっ、フェルンが勘付いたか。
凄いにたにたしてる。こういうキャラだっけ?
ともあれ、この本には興味がある上に役に立つから自分の雑念にしろ周囲のちょっかいにしろ、邪魔になる。集中しよう。
『合成の定義:ある二つ以上の物を文字通りに合成する事で、使用した物の性質を受け継いだ新たな一つの物を生み出す、魔法である』
「ほー、合成って魔法なんだな」
「そうだよ。だからその本に書いてあるだろうが、必ずしも合成用の釜、鍋なんかは必要ないのさ」
「なら何で使うんだろう?」
「それは読み進めて行けばわかるさ」
ああ、知識を広く得る為にこの本読んでるんだった。聞いちゃ意味が無い。
フェルンは天使だから生き字引みたいなもんで、聞けばすぐわかってしまうから、つい尋ねたくなってしまうんだよなあ。
『昨今は誤解されがちだが、合成釜や合成鍋といった補助用の道具は必須では無い。これらが生み出された経緯は、合成魔法の難易度があまりに高かった一点にある。その難易度とは……』
ふむふむ。
つまり難しかったから難易度を下げたのか。下に目を通すと、使う魔力の調整及び生み出す物体が、どの素材の性質をどれ位引き継ぐのかを全て感覚でやっていた、なんてのが挿絵付きで書いてある。感覚頼りじゃ何とかしたくなるのが納得だ。
「合成用の道具が無いと、凄く面倒になるわけだ」
「実は道具無いとボクも失敗する自信あるよ」
「フェルンがか……。壺買った甲斐があんな」
先人の知恵に感謝しつつ、さらに読み進める。
生み出される物は、合成にて使用した魔力はあくまでそれらを混ぜるのに消費される為、どんな魔力を使おうと影響はない事や、同じ物同士を掛け合わせより強い物を作り出す合成なんかもある事、その他に——
「おっ、いい匂いしてきたぞ!」
「お待たせー、盛り付けするから待ってね」
「割と豪華そう、この辺俺らの中世と違う」
肉の香ばしい香りと、新鮮な野菜の匂い、そして食べがいのありそうなパンのシルエットが食欲をそそってくる。
今まで入院先の病院とサナ家で食事を何度か取ったけど、不満は多くなかった。味付けがシンプルなのとレパートリーの少なさ位だ。俺らの世界じゃ中世って肉は塩漬けだっけか。
「はい、並べていくよー」
「よっしゃあ、いただきまぁす!」
「はえーよ正行……。俺も食べるか」
「ふむ、見た目は良好だね」
いつも夕食で食べるものほぼそのままだ。
部位に詳しくないからわからないが、いつものと同じならホーンシープの肉、色彩豊かなミックスサラダ、そしてパン。昼食だからか量は少ないし、スープはないけど。
今更だけど、魔物は食べても問題ないの意外だよなあ。善也さんから教えられた時驚いたっけ。
「おっ、美味いぞ!」
「右に同じく。行ける行ける」
「うん、我ながらおいしい!」
「キミが料理を作れるとは。こっちも天災かと」
しれっと失礼な事を言う約一名に、サナが頬を膨らませて抗議を始めた。正直俺も意外だったというのは黙っておいた方が賢いな。
「さ、さて。腹ごしらえもした事だし本題に戻そうじゃあないか?」
「あっ、話逸らそうとしてる!
「けど実際まだ昼下がりだから休むには早いよ」
ここは話題変えに便乗だ。
これから昼ご飯を食べ終えて、さらに食器を洗い片付けるまでに時間がかかるのを加味すると、今はまだ二寄りな針が三を差し掛かるはず。夜出現する魔物は昼と違うらしいし、今から動くなら早めにしないと。
「うーん、私としては、ちょっとでも色んな経験をして欲しいのは確かにあるかあ……」
「ならば合成の素材もよく手に入り、且つそこそこ手強い相手をボクから提案させてもらおうか」
珍しくフェルンが乗り気だ。
あれでも今手強いって言ったよな。何だろうフェルンの笑みからちょっとした他意を感じる。これ止めた方がいい気がしてきたような——
「へえ、そんな好都合なのあるなら乗っかっちゃおうかな!」
待てサナ、何で乗り気?
まるでセール品見つけた主婦みたい顔しちゃってるけど、自分も協力するのわかってるのか……?
「討伐対象はウッドレイジ。南の森に生息する木々の怒りの集合体さ」
聞くからに危なそうだったが、何故かフェルンがイキイキしていたので、食事の片付けをしてからギルドへ赴き、一旦依頼を受ける事にした。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
サア——サアアア——
草原を南下した場所にある、森の入り口付近。
一目見て、抱く感想は様々ある。
しかしそれらは、今しがた浮かんだ一言で形容できるものだろう。
「深そう」
「同じ感想だ。迷わねえだろうな、これ」
「おやおや、ボクらが探すのは木のゾンビだよ。この位で及び腰になるようでは困るなあ」
「いやまあそれはわかってるけどさあ……」
高い樹々が風にざわめき、何処からか聞こえる低い鳥の鳴き声、視線を下に落とせば落ち葉が大量で、下の土が色で湿気っているのが判る。
グラス・スピリット探しで南の方に森があるのは気づいたけど、ここまで広いとは思わなかった。
「けどこの森って草原の魔物じゃ満足出来なくなった冒険者が、次に選ぶ場所でもあるんだよね」
「出てくる魔物はその程度って訳か。なら多少は安心、なのかな」
ホーンシープを前に相手にした時は、連携すれば楽に行けたし、サナが居る以上草原の魔物ではもう相手にならない、否児戯になるかも危うい俺達には相応しいか。
ゲーム感覚な例えだけど、最初の町から出て周囲の魔物でレベリングし、効率が悪くなった頃合いに発生した小さいイベントで入るダンジョン……。みたいなシチュエーションだなこれ。
「ともあれ、入らなければ始まらない。征こう」
「今回乗り気だな、フェルン」
「多少歯応えがある魔物のはずだからね」
勇み足で森へ入るフェルンの後を付いて行く。
先頭が誰か、というのは俺達は決めてはいないから配置は適当で今は先頭の後ろを正行、サナを挟んで俺が最後尾。あ、最後尾だから後ろには気をつけて進まないと。
「しかし、森を進むのはやはり気持ちが良い。緑の匂いと、植物の色達が癒してくれる……」
そう語るも、木の葉の間から見える空を見つめる赤と白の双眸は閉じ気味で、俺が生い立ちを知っているからか、切なげに見えてしまう。
森林浴そのものが好きなのはああしていつもより浮き足立っているのを鑑みれば察せるけど。
「なあフェルン、その様子だと前にも」
「ああ、キミらに会う前にも何度も」
森には行ったことがある。
と言おうとしたはずだけど。
穏やかだった顔つきが。
「伏せろっ!」
「へっ……?」
殺意と焦りの交じった表情に変わった。
何か、後ろに——!
「こふうぉっ」
刹那、背中に鈍痛。
バスケのボールを、ドッジボールをするかのように思い切り投げつけられたような。
そんな痛みが、して。
視界が、回る。
「いっ……。たぁぁあ……!」
土の味。
跳ね飛ばされ、顔から行った。
勢いで擦りむいた箇所に湿った土が。
ああぁ、あちこちじくじくする……!
「このっ……! 何か知らないけど……!」
〈クヒャヒャ、ヒャヒャヒャハッ!〉
「っ! てめえはこの世界でも悪戯好きか!」
小学生に満たない体躯、醜い顔、膨らんだ腹。
そして醜さをさらに際立たせる緑の体表。
絵に描いたような、ゴブリンが嘲笑っている。
「タクマ、大丈夫!? 回復するね!」
「ありがと。痛いのは確かだけど、これ位で喚いてちゃ魔王は相手取れないさ!」
「頼もしい事だね。しかし周りを見てごらん」
「げ。ヤバイぞこれは……!」
嘲笑うゴブリンの他に、同じような体躯のゴブリン十匹弱に囲まれている。
武器を持ち合わせてない所や、見た目からして一体一体は大した事無いだろうけど数が多いと相手にするのがしんどい……!
「こりゃあ退いた方が良いと思うぜ?」
「賛成だ。討伐対象ではない魔物を相手にするのは賢くないよ」
「じゃあ倒すよりも、牽制する方向で行こう!」
「うん、わかった!」
威勢のいいサナの返事を皮切りに、各々の得物を構えて飛び出す。
俺は正行を援護していこう。唯一魔法が使えないから、いくら槍がリーチの長い武器であろうとも、この数で武器一つで立ち回るのは辛いはずだ。
〈クキキキッ〉
「ウォーター……」
援護に回った時点で、背後からの不意打ちを狙うゴブリンが一匹。
不意打ちに夢中なのか、すっ転んで困る様子を想像していてこちらに気づかないのか。ともあれコイツは杖先から出る水の刃で両断にされて終わりだ。
「ブレイド!」
〈ギャアアァァッ!?〉
「おっ、サンキュ。拓真」
「いいよ。それより背中合わせで行こう!」
「そりゃ魅力的な案だ。背中は任せたぜ!」
正行と背中を合わせ、隙を減らす。
こうすればお互いの死角をカバーし合える。
このまま追い散らし、包囲に穴を開けて脱出を。
〈オォオォオアォアアォアアオアア……!〉
と、突風が過った。
唐突だ。風なんて吹いていなかったのに。
音も随分不気味だったけど、今はそれよりゴブリン達を追い散らして。
「あれっ?」
暗くなった。
ちょうど映画館位の暗さ。
前がよく見えないけど、太陽はちゃんと。
「照って、いる……けど」
「はっ、最高にツキがねえな、今日はよ」
視界を上にやれば。
さっきまで無かった人面模様が特長の木。
下に目をやればわさわさ動く根っこ。
これらの特徴は、今回受注したクエストの討伐目標と一致する。
つまる所オマケを相手している現場へ本命が来たせいで、双方一度に相手取る羽目になったのか、これ。酷いな。
「こいつがウッドレイジ……!」
「はあ……。もう思いっきりやっちゃっていい?」
「俺が卒倒するから勘弁してくれ」
せっかく崩しつつあったゴブリンの包囲が、今のどさくさで回復している。
サナがイラつくのも納得だが、ともあれ状況は悪化した。ウッドレイジがはあの巨躯でこちらに攻撃してくるのに加え、ちょこざいゴブリンの挟撃……。サナがグレイト級を二発撃てば片付くだろうが、まだその位の空きがない。
「よし、サナから反動で送られる分の魔力を今から開ける。ちょっと待ってて……」
「その必要はない。ボクが奴を倒す。ただ詠唱で動けなくなるから、キミらはその間守れば良い」
いつの間にかフェルンが前に居た。
普段の振る舞いからして、今の言葉の意味を理解していないはず無い。
振り返れば相対したであろう数体のゴブリンが命はしていないが、気を失っている。確かに数的にはフェルンを守りつつ戦えるが……。
「何か、あるのか?」
「勿論だとも。奴はゾンビ。ボクの専門さ」
そう語り終えた背中には、自分の体を包めそうな白翼が現れていた。




