第一章 第四十三話 精霊探し
「着いたか」
「だな。にしても相変わらず羊共が猛ってんなあ」
「グラス・スピリットが簡単に見つかるとは思えないなあ……」
「まあやってみようよ、フェルン」
いつもの南門から出た草原。
鼻腔に入ってくる木々や草花たちの青臭さが心地良く、今日は適度な風も吹いていて実に牧歌的な光景だ。正行の言うように羊が鼻息荒く走り回っていなければ、だが。
「昨日あの辺りで」
門の近くにある、木陰。
その付近で夢幻迷宮を発見し、探索後出てきた所でスライムに襲われてフェルンが、あんな目に。
「いや反省は良いけど後悔は、駄目だ」
どうしても脳裏にチラつく惨状を振り切る。
もう終わった事、フェルンは今こうして無事であって側でクエストに付き合ってくれているんだから、反省はしても蒸し返してはいけない。
「うし。フェルン、今回の討伐対象だけど」
「グラス・スピリットだね。何かあるのかい?」
「ソイツはどうしたら見つかるんだ?」
「確かに先ず見つけないと始まらないね」
口元に手を当て「ふむ」と記憶を辿るフェルン。
ギルドでは探した経験があると言っていたから、探すコツは知っているだろうと踏み、聞いてみた。にしても何の為に探したのか少し気になるけど、今は聞かずとも良いか。
「緑豊かな場所に場所に現れる、けど」
「何か注意する事か」
「それは無いが、キミらって精霊という存在を理解してるかな、とふと思い立ってね」
口元から指を外し、その手の人差し指をピッ、と立てそんな事を言ったフェルンに俺と正行は顔を見合わせ、首を傾げた。
言われてみれば知らない、というより初耳で今この瞬間その存在を肯定されて驚いている位だ。
「へえぇ……。居るんだな! 精霊って」
「ああ。今回の討伐対象も精霊の類だ」
「魔物らしくねえとは思ってたが、精霊かよ」
「後せっかくだから精霊について説明するけど」
必要か否かを視線で問われ、頷く。
するとフェルンは一つ咳払いをして赤い方の目を閉じて思い出すような語り口で、話を始めた。
「精霊とは即ち、魔法の成り損ないの集まりだ」
「魔法の成り損ない? なんだそりゃ」
「あれは魔力にこうあるよう願う行為を指す。それが失敗したモノ、即ち祈りだ」
こうあるように願う、つまり詠唱の部分の話か。
例えば魔力に「水になれ」と詠唱する、つまり願う或いは祈れば通常水が出てくるが、何らかの形で止まってしまえば、水は出ずっと願った感情と言葉に出してるなら言葉が出るだけ。成る程確かにそれは只の祈りに他ならない。
「祈るという行為自体で、魔力を使っていてね」
「祈り願うとは即ち、魔法の詠唱である、だっけ。懐かしいなあ」
「へえ、こんな根幹の部分を教えるとはキミの母親には感心だね」
「母さんに教えて貰ったんだ。基礎だから忘れるなっていつも言われてたの」
ふとサナが入ってきて、そんな会話を交わす。
察するに心構えのようなもので、魔法を使うのに省略されている部分だろうか。話の筋から読み取るにその祈りが集積したのが精霊になるようだ。
「話を戻そう。不完全な詠唱たる祈りに込められた魔力が集積すると精霊になる……。以上だ」
「どうした、まだ何かあるのか?」
何処と無くまだ話足りなそうに見え突っ込む。
まだ朝だから時間はある、教えたい事があるなら遠慮なく言ってくれれば良い。
「そうだね。じゃあ言っておこうか」
「おうなんだ、なんだ?」
「あまり知られていないが……」
少しフェルンが言い淀む。
空白の時間が出来て、顔つきに焦りが出ている。
何なのか気になるけどこういう時は本人に——
「実はボクら天使は、精霊と大差無いんだ……」
「えっ?」
「ついでに神もね。精霊みたいなのが強い力を持った存在、それが神さ」
「はあっ!?」
「この点は広く周知されているがね」
フェルン以外皆驚きを隠せない。
えーとこれは、要するに、つまり。
「ちょっと確かめさせてくれ。なあサナ、フェルンが言った今の神の話は合ってるか?」
「う、うん! 神様の話は本当だよ。いよいよテウメスと戦う時になったら話そうと思ってたの」
「そうかぁ。そしてその驚き具合だと、多分」
「天使が精霊と大差無い事のが驚きかなあ……」
正直な話、俺や正行にとっては神が祈りの集積である事のが驚きだ。曰くよく知られた事らしいが。
こうなってくると、神や天使という存在が何かしらを司ったり、人々を救う存在といった役割を持った「神様らしい」存在なのかすら危うく感じる。
「けどこの話は今度にしとくかぁ……」
「いやいや何でだよ! 今聞いとこうぜ。気になるじゃねえか」
「俺も気になるのは同じだよ。でも今聞いたらいつ終わるかわからんだろ」
「大分長い話になるのは俺も予想つくけどよぉ」
今気になっているのは、この世界における神という存在が、どういう事をするのかという根幹の部分である。
つまりは、お互いの神という存在の認識を確認しあって、それらの相違点を挙げた上で受け入れるという大変な作業をする事になる。
「つーわけでこの話は暫くは棚上げだ。グラス・スピリットを探そう」
「緑豊かな場所に現れるんだよね。この辺り全部な気が私はするんだけど」
「そう言いかえる事も可能だね」
サナへの回答に驚嘆を漏らし一同目を丸くした。
まあこの辺りは緑豊かだから、回答として間違ってはいない。フェルンもこれまでのキャラが「草原全域に出現する可能性がある」と答えるのを許さなかったのだろう。
「まあ手分けして探すか……」
「俺あっちの木の方行くわ」
「じゃあ私は正行の反対に行くね」
「ではボクは二人の行かない方へ」
皆四方に分かれるよう動いた。
正行が迷宮があった木のある南、サナが目立つ物が少なく見通しの良い北、フェルンが苔生した岩や低木が多い東か。なら俺は必然的に西だな。
「あそこに大きめの木があるな」
西の方角は東程ではないが、岩や木が多い。
そんな中に一本他より背丈の高い木がある。手始めにその木の下へ向かってみよう。
「そういえばあんま遠出した事ないなあ」
ふと芝生程の高さの雑草達を踏みしめつつ思った。
サナに召喚されてから、八日経ってるけど活動は城門付近で完結してしまっている。
うーむ、魔王だの神だのと騒いでいたとはとても思えない活動範囲だな……。
「まあいっか、さてここは当たりかな?」
木の下に着いた。
木の表面は苔が生えており、周りに低木が生えていて裏手には綺麗な池が見える。精霊が隠れるにはおあつらえ向きだな。
「んーでもここには居ないか」
木の周りをぐるっと一周してみたが、それらしいのは見当たらない。
もっとくまなく探していってみよう。
「ここかな」
低木の下。
中の一部は空洞になっていて、いかにも妖精とか精霊とか妖怪とかが居そうな雰囲気になっているのに、居るのはちっこい虫だけだな。
「じゃあこっちは」
その隣の低木の下。
同じく虫がちょろちょろしてるだけ……。
不味い、蜂っぽい黄色いヤツが居る。狙われる前にさっさと次行こう。
「ならこの岩陰を……。ウォーター・ブレイド!」
低木の近くにあった何も生えてない岩を水の刃で二つに割って、倒す。
前に瑠璃ちゃんが「グレイト・ウォーター・ブレイド」を使った時に名前が違うのに同じ水の刃が出ていたのを思い出し、試しに撃ってみた。ウォーターの応用で使うよりもウォータ・ブレイドとして使った方が魔力の消耗が軽いようだ。これからはこっちでやるか。
「肝心の成果は——おわあぁっ!?」
ムカデ、ゲジゲジ、その他気味悪いのがぁ!
こういう場所には薄暗い場所を好む、不気味な奴らが生息するのは異世界でも変わらんかぁ。当たり前だけどグラス・スピリットは居ない。
「はぁ、はぁ。次はあっちを」
き、気持ち悪かった。ああいうのは変な菌持ってそうなのと、生理的にダメなんだよな……。
まあ切り替えて池のほとりにある木を調べて——
「おおぉっ!」
調べるまでもなかった。
木の下に空いた穴に羽の生えた緑の球体、グラス・スピリットが居た。しかも三体居る。
「早速知らせたい、所だけどああいうのって騒がしくすると駄目そうだよな」
そう気付き息を吸い込み大声を出そうとした所で、止めた。
以前、呼んでもないのにサナの力が必要になったら出てきたよな。そんな芸当ができるならテレパシーなんかを使えるかもしれない。
「えっ」
なんて思った次の瞬間、サナの向かった北の方角から狼煙代わりと言わんばかりに水柱が上がった。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「タクマー、とりあえず二人連れてきたよ!」
「ここまで行くと凄え通り越して怖えよ……」
サナの後ろにはフェルンと正行が。
同じシチュエーションで二度目となると、もう偶然では無く何か理由があるんだろう。正直聞きたいような聞きたくないような……。
「にしてもよ、何で拓真が呼んでるってわかったんだろうな」
「ボクが答えよう。契約で魔力的に繋がりを持っているからだよ。そして魔力が精神に由来するから、感情の揺らぎは何となくだがわかるだろう」
自然に解説が入った……。
しかも口ぶりからしてサナと結んだ契約の副作用で、解除できない奴っぽいぞ。ラルトイさんの心を読む魔法よりは、ずっとバレないみたいだから良いけどさ。
「とにかくだ、グラス・スピリット見つかったよ」
「おっ、ホントじゃん」
「三体居るみたいだね。じゃあ早速」
「先ずは観察から。討伐は後ね」
一同羊皮紙とペンを取り出す。
皆ペンは魔力で書けるのは変わらないが、フェルンは羽ペンタイプで、俺とサナは魔力の影響で色が変わらない奴、正行は少量の魔力で書けるのと、個性が出ている。最もどのペンもサナの家から拝借したのだが。
「……ふむ」
「ほおほお」
「うんうん」
「おんおん」
静かだ。
現在の自然な行動を記録する必要があるから、当たり前だな。今の所グラス・スピリットの動きは、仲間と浮かびながらぐるぐる一定範囲を回っているだけで目立った動きは見られない。
「んっ?」
「っ!」
「あれ?」
「おろ」
静かな観察が続くんだろうと思った矢先。
グラス・スピリットの一体が沈んでしまった。
落ちた後はまるで疲れたと、荒い息を吐かんばかりに小さな体を上下させ、羽も何処か元気なさそうにくたんとしている。
「——精霊は、人間はおろか仲間にすら弱った所は見せないはずだが」
「じゃあこの行動って異常、なんだよな」
「その通りだね。原因は何となく察しがボクには付くが、憶測でしかないから今は……」
言いながらフェルンは。
鞘を持ち、音を立てないように抜刀すると。
「ファルク・エンチャント!」
一思いに剣を振り落とす。
剣が振り下ろされた地面は、獣の足跡よろしく抉り落とされ緑色の液体と、透明のゼリー状の物体がぶち撒けられている。
「うげええっ、こんな風に……」
「何をしている! 残りの二体が逃げたぞ!」
「はっ!?」
ちっ、感傷に浸る間もないと来たか!
成る程確かに後ろを見れば二体が、もう池のほとりから抜けようとしている所だ。
すばしっこいのは困る。あの色と大きさで草原に紛れられたら見つけられるか危うい。
「なら、こいつらをっ」
「おっ、拓真それなんだよ?」
「お手製の武器だよ!」
追いかけると共に投げたのは、元の世界で作った紙の魔法陣を、紐につけたセロハンで頭に括り付けた釘の群れだ。
魔法陣に俺の魔力を消耗して浮遊しながら追尾するよう書いてあるから、すばしっこいあいつらには効果覿面なはず。
「けどあれ威力は大丈夫なのかい?」
「その為に——プロテクション!」
「へえ。硬くする事で間接的に威力を上げると」
「そういうこった!」
投げつけた釘は十本程だが、一度俺が認識してしまえば、俺が見失っても追い続ける自動追尾から逃れられるのは難しいだろう。
それにもしあれで討伐できなくても、手がある。
「俺達が攻撃してもいいわけだしな!」
「成る程、あれは追いかける為の目印な訳だ!」
「んっ……? ああそういう手もあるかぁ」
半ば思いつきの道具に現れた、新たな使い方に戸惑いつつ、走る人間程のスピードで草原へ向かう釘の群れを追いかけた。




