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アノマリー・ライフズ  作者: カジタク
一章 鮮やかなる国 ブライト
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第一章 第四十一話 チート

 言葉が紡がれる。

 杖先の青く光る球は呼応し、大きさと輝きを増すその様、名前だけで行使出来るはずなのにわざわざ詠唱をするのは大技のサインだ。


「かつて我が与え、そして封じた力よ——」


 でも。

 今のソレは今まで見てきたどれとも違っている。鎖でがんじがらめにされた錠前のついた扉の意匠の魔法陣に、光の色は青でも水底のように深い色。しかも光るってより煌めくといった方が正しい程、苛烈。どんな魔法が出るのかまるで想像付かない。


「呼びかけに応え、只この一時その力を振るえ」

「駄目、今それは駄目ですっ!」


 瑠璃ちゃんが抱きついて止めた……。

 サナは魔法の行使を邪魔されるのを嫌ったはずで、その当人に召喚されたあの子が、ましてやあの性格からしてこんな事をするはず無いし、どちらの味方するかべきか一目瞭然だな。


「何だかわからんけどさ、やめとこう?」

「でも、こうするのが一番確実なの」


 こうするのが一番確実、か。

 サナが確実だ、と言って瑠璃ちゃんが止めに入るような魔法となれば、とんでもなく強力なのは想像付く、付くが。


「負担負えるかわからないし、負うのは俺だ」

「……」


 我ながら、卑怯な言い回しと思う。

 サナの身体にある魔力は、体調が悪くならないよう適宜俺に送られるが、あくまでも肩代わりしているだけで消えたわけじゃない。つまる所こっちが背負えなくて壊れたら、前の体調に戻るんだぞと言外に脅しているようなもんだ。


「そう、だね。別の方法探した方がいっか」

「わかってくれて良かった。無茶せずとも打開できる方法が別にあるはずだ」


 杖から手を離すと魔法陣が消えた。

 魔法って中断できるのか。まあ納得してもらえたし、奴の弱点を突く方法を改めて考えて行こう。



「フォルク・リリース【怪力】!」

「おいっ!?」



 安心してスライムに向き直ったすぐ後だった。

 小さく呟く声がして、振り返ってみれば。


「なんで、なんで。何で使いやがったあぁぁ!」


 水底の色をした煌めを放つ、鎖の減った扉の魔法陣が再び現れていた。杖を振るえばその先にて創造された球体は善也さんへ向かっていく。ここまで制止されても尚その魔法に拘るらしい。

 周囲を見れば、皆心配そうで瑠衣さん達は渋い顔で心ここに在らずなのにも関わらず——!


「拓真氏、使ってしまった以上はそれを蔑ろにするのは愚かっスよね?」

「まあ……。認めざるを得ないですけど」

「そこまで分かってるなら良いっス。無論自分も好きじゃないっスけどね、こういうのは」


 こちらへ歩み寄った善也さんが半歩前へ出た。

 不本意だろうが気絶する程の代償覚悟で放った魔法を棒に振るようなことをするのは、確かに、確かに愚かしいだろう。でも納得はいかない。サナが目を覚ましたら、色々問い詰めてやる。


「拓真氏や皆さん、ここは自分に任せて下がるっス。このレベルのチートは巻き込まない保証は出来かねるっスよ!」

「チート使い始めたら? あのまだ理解が……」

「おい拓真、これは俺が前に見た時よりやべえ。言う通りにしよう」


 真摯な視線の正行の忠告に、続く言葉が無い。その一方で善也さんがボディビルよろしくなポージングを始めてるのはよくわからないが。

 ともあれあの魔法で、何らかの強化を受けているのも確かか。しかもあの約束破りめ、力託すだけ託して気絶しちゃってるし。気絶までされると心配だから一度下がった方が賢いな、これ。


「ふっ。はあっ……。ふっ、はっ。はぁ……」

「ったく。目覚め次第お説教だ」


 うっ……。

 まずい、目眩が。気を失うまで魔法使えば負担が強いのは分かってたけど、目眩がしたのは久々だ。こんなになるなら初めから使うなよ……!


「っで!」

「大丈夫か、拓真」

「おう大丈夫。これなんだろ」


 イタタ。

 前から硬い物が飛んできた。傷と汚れが多く鉄製で、肩を覆えそうな形。鎧の肩パーツか。あれでもどこから飛んできてんだろ。


「ふんぬぉぉぉぉ——!」


 むっ?

 さっきまであそこには善也さんが居たのに。

 丈不足な剣を持った、ゴリラを想起させるガチムチな筋肉ダルマなら居るけど、どこ行った。


「いやあれが善也さんだぞ」

「嘘だろ、あれが善也さんなのか?」

「そうだ。俺が見たときはあそこまでじゃなかったが、能力解禁されるとああなる」


 気づけなかった……!

 ただでさえ巨漢なのに筋肉の増長で身体が一回り大きくなって、髪が逆立ったその姿、怪力という能力名がぴったりだよ。ああでも顔は原型をしっかり留めているかぁ。


〈……!〉

「さあぁ、すぐに終わらせて、やるっスよ!」


 その姿で〜っス口調って違和感凄いよ。

 しかし力は本物らしく、サナの詠唱中も悠長にフェルンから搾り取っていたスライムが、善也さんから後退している。成る程サナが用意した能力なだけあって、強力だ。


「今更逃げようたって、そうは行かないっス。ボクっ娘を傷つけた罪は重いんスよぉっ!」


 筋肉が重くて鈍そうなのに素早い。

 けど鎧の隙間から走る機関車のように、水蒸気が噴き出していて負担の大きいのがわかる。おまけにインナーからも汗が滲み出てる。見てるこっちが心配になってくるな……。


〈……!!〉


 スライムも危機を察したか、豹変した善也さんの姿を見るやいなやすぐに走る、否這い始めた。

 当然さっき捕食しようとした時より早く、自転車を全力で漕いでいるような速度が出ている。


「フォース・エンチャント」


 そうして一人と一体の競争が始まってすぐ、剣の周りの空気が真夏の陽炎のように揺らめいた。

 フォースは魔力を打ち出すだけの、基礎の魔法。そんな物を付与しても意味はなさそうだけど、それでも付与したのは。


「はあっ!」

〈…………!!〉


 剣から飛んだ衝撃波でゲルが飛び散った。

 物理が駄目なら魔法が、というのはよくあるけどそのまんまとは返って拍子抜けだ……。一方のスライムは自身が傷ついて驚いたのか、怯んで動けない。

 絶好のチャンス、今畳み掛ければ倒せる?



「叩き斬ってやるっスよおぉぉっ!」



 そう思い一歩動いたところで、足を止めた。

 丘のようなスライムより高く跳躍した彼が。

 剣を振りかぶっていて。



「おぉあぁぁああ——っ」

〈!!!!〉



 青いゲル層を切り裂き。

 そのままコアまで、両断してしまった。


「はぁ、はぁ。はあぁぁ」


 じゅー……。

 そんな音と水蒸気を出しながら、善也さんが徐々に元の体へ戻っていく。

 筋肉が急激に成長したり、無くなっていくのは負荷が強いのを察してか元に戻るまで誰も近くに寄ろうとはしない。


「拓真氏」

「はい」

「それと……。正行氏」

「ああ」


 暫くそのまま誰も動かず待っていると、完全に元通りになった善也さんがおぼつかない足取りで戻ってきた。

 フェルンを、大切な宝物を運ぶようにお姫様抱っこして。


「どうにか、助けられたっス」

「ありがとう、ございます……!」

「それより急ぐっス。傷がかなり深いっス!」

「っ……!」

 

 下半身が、全域にわたって爛れていた。

 フェルンの奴め、そこまで心配するなって言ってたのに。あれは気遣いの嘘だったのだろうか。

 否、今はそれよりも一刻も早く治療を。きっとサナなら、こんな傷でも一発で——!



「ううぅ……」

「あっ」



 サナは目を閉じていた。

 そうだ、一番の頼みの綱が今は頼れない。

 自分達だけで、何とかするしか無い。


「拓真さん、その子をこちらに!」


 意識が飛びかけた中に、鋭く高い声が響いた。

 見れば瑠璃ちゃんがこちらに手を伸ばしている。

 そうだ彼女は確か。


「えっ、あ、ああ……」

「これは——!」


 されるがままにフェルンを任せると傷を見て瑠璃ちゃんは染物のように青ざめていった。しかし直後、八つ当たりするかのように、手持ちの鞄を乱暴に開けて青い玉石を取り出した。

 彼女は白魔法使い、つまり回復魔法を使うだろうけれど……。


「治せる、のか?」

「黙ってて下さいっ!」

「ご、ごめん……」

「正直、私にだってわからないんです……」


 顔を伏せた後、瑠璃ちゃんは詠唱をして変身の能力を使用した。

 金髪に青が入り、何処かサナを思わせる姿になった彼女は顔を伏せたまま続ける。


「拓真さん、私に魔力を下さい」

「身体の何処かに、触ればいいか?」

「はい。サナさんと魔力が似通っている拓真さんが一番効率が良いです」


 送った事はないが、いつも送られてくる時の逆を暝目して頭に描いていく。

 まずは背中に両手を置いて身体に根っこのように張り巡っている物、魔力を抜いて自分の体を通して瑠璃ちゃんの中へ送り込んでいく……。


「……どう?」

「はい、来てます。良いというまでそのまま続けて下さいね」

「わかった」


 この後休憩も食事もろくに取らず、日が暮れるまで続いた瑠璃ちゃんの決死の治療のお陰で、傷は跡なく完治させる事が出来た。

 しかしそれでも尚、この日フェルンは勿論サナが目を覚ます事は無かった。



_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_




 目を擦る。

 尿意に意識が覚醒してしまったのだ。


「ううー……」


 真夜中。

 体を起こして周囲を見渡す。

 真っ暗ではない。

 この世界の明かりには豆電球程度のものが存在するから、それを付けておいた。


「あれ」


 サナが居ない。

 隣のベッドで寝ていたはずなんだけど……。


「そっか、そういう事、だよな」


 段々意識と視界がはっきりするのに時間かかってわからなかったが、単純な事。

 つまり意識を取り戻し、俺と同じくトイレにでも行ったのだろう。


「そっかそっか。うん……」


 ほっとした自分が居た。

 今日の午前制止を振り切ってチートを解禁……。いや解禁かはわからないけど、力を託すだけ託して倒れやがって、流石に今回ばかりは擁護のしようがなく、むかっ腹が立っていたはずなのに。


『ねえっ、タクマ!』


 ふと浮かんだのは、いつもの満面の笑顔。

 褒められ慣れてなくて「綺麗だよ」と言うだけで真っ赤っかになる位にはチョロい、けどそんな所も可愛げのあるいつもいつも、見せてくれるけど何度見てもホッとする笑顔。


『ああ来たんだ、タクマ』


 けど浮かんだ笑顔は真顔に塗り潰される。

 あの火事の日に見た、酷薄という言葉がよく似合う表情。時々サナが見せるあの顔は、何か不意を打つ行動を取る時に見る。だからあの顔は……。



「あっ」

「あっ」



 寝間着姿のサナが現れた。

 ちゃんと立って歩いて、暗くてよく見えないけど髪も大分、しろ、く……て。白くて。


「ばか、やろ……。心配、したんだからなあっ!」

「わっ、ちょちょタクマ抱きつくのは別にいいけど皆寝てて……」

「あぁあー……。良かった、何ともねえんだな! ほんとによかった、よかた……。ぐぢゅっ……」


 ああ参ったな。

 無事な姿を見て、いつもの匂いと体温と感触を味わったからか随分毒気が抜かれてしまった。


「今日の事は、ごめんね。アレしか無かったの」

「善也さんから聞いてるからそれは良いよ。けど一つ明らかにさせて欲しいんだ」

「なあに? 私タクマからの質問好きだよ」


 ハグを解きサナへ向き合う。

 質問ににこにこしていて、上機嫌。


「サナ、お前は……さ」

「うん。私がどうしたの」

「どっち……が」


 生唾が喉に詰まる。

 正直言ってサナの笑顔が、俺は好きだ。

 でも、言葉にできないけど、今日といいあの日といい、サナの中には何か、何か。



「火事の日のお前と、にこにこしてる時のお前、どっちが本物なんだよ……!」

「どっちも私、だと思うけれど……」



 言語化しきれなかった。

 何とも言えない、笑顔の中にあの真顔が浮かぶというか、違和感があるというか。否


「二面性」

「にめんせい?」

「火事の日だとか、今日だとか……。時々、サナが別人みたいな、振る舞いを……。見せるからさ」

「ああぁー……」


 やっと吐き出せた言葉に、サナは手を打って納得した様子だ。自覚はあるらしい。

 あの日から何となく燻っていた違和感が、今ようやく言うことが出来て俺も内心スッとしている。


「それについてはタクマは先ず安心して良いよ」

「っていうと?」

「タクマと交わした契約。その中にあなたをあらゆる意味で裏切らないの項があるから。万一破ってたら私はその時点で、ここに居ないわ」


 自分の胸に手を当て「大丈夫だよ」と言ってのけるサナはさらに「もしかして」と言って続ける。


「私の性格の問題?」

「ああ、そっちもある。というかそっちだね」

「それは時間が間に合わなくて、実行を優先したいだけなの……。今日の事といい不器用でごめんね」


 俺の深読みだった。

 他にも何であの魔法を使ったのか聞きたいが「あらゆる意味で裏切らない」の契約があるから、聞かなくとも良い。それにホッとしてしまって、聞く気も失せた。


「そっか。思い違い、か」

「うん。今の私は火事の日の事も今日の日の事も全部覚えてるよ。大丈夫だからね」


 気づくと手を握っていた。

 どちらからなのかわからなかったけれど、暖かくて、この温もりとようやく信じれたこの手を放したくない気が膨れ上がるのが、わかる。


「なあ。俺から言うのも変、だけど」

「言わなくても良いよ……。おいで」


 この後同じベッドで一夜を過ごしたが。

 一度同じベッドで過ごすと慣れる、というか今回は人肌にやたら安心してしまい、すっかり熟睡してしまうのだった。

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