第一章 第四十話 強敵・スライム
駆ける、駆ける。
背中に重圧感がひしひしと来ているのは考えず、眼前のサナを目標にとにかく足を欠かさず動かせ。油断したらスライムの餌食になる。
「は、はっ、ふぅ、スライムかあ。嫌なのが来たね、タクマ」
「まあ見た目からしてっ、いやらしい質が、ありそう、だとは、思う!」
何とか並べた……。
けど実は俺自身状況が理解できていない。
まだ髪は青いままだけど、一番の戦力になるはずのサナが真っ先に逃げ出したんだよな。
次にスライムもどういう訳かそれを追い回し始め、フェルンに「キミも行った方がいい」と言われ実践したらこうなったんだっけか。
「でだ、サナはそもそも何で逃げた!」
「だってあいつ、水が効かないもん!」
「なんだって!?」
「ごめん、吸収の間違い!」
「いや余計に悪いよ!?」
水が効かない、否吸収だって?
それじゃあ俺とサナは、アイツを相手にするなら支援位しか出来ないじゃないか。まあそういう理由ならサナが逃げたのも、フェルンが一緒に行けと言ったのもそれなりに頷けるけど。
「けど離脱目的なのにこれじゃあなあ!」
「ふっ、これは作戦だよタクマ」
「おおっ、そうだったのか!」
「キミらを餌にボクらがコイツを倒す!」
「お前始めから餌にするつもりだったなぁ!?」
スライムの後方で任せろと言わんばかりにサムズアップするフェルンと瑠衣さん達。
あいつら、スライムが討伐し終わり次第、何かしらの形で仕返ししてやる……!
「ああもう、今の所上手くいってるからこれでいいけどさ、絶対倒せよ!」
「大丈夫です、弱点は赤いコア壊せば死んじゃうんですこの子。だから問題ないのです!」
「へえそりゃあ……。良い報せだ!」
瑠璃ちゃんに返事しつつ、飛んできた青いゲルの塊を横っ跳びで回避する。
コアを狙えば倒せるのか、確かにそれだけなら楽だけどさ、奴は走る、否這おうと思えば並みの成人男性位に這える上にこの大きさだ。
だから見た目よりずっと早いんだよ。しかもゲルが草を溶かしてるのから察するに、腐蝕性付きだ。となると、正行達は頑張って追いかけて得物で攻撃するチャンスを伺ってるが無意味だろう。
「体は腐蝕性付きでこの速さ、しかも小高い丘くらいの大きさ、んでもって……」
「どうしたの、後ろ向きに走って。危ないよ?」
「ああ……。もしかしてと思ってな」
コアを狙えば倒せる。
確かに心臓よろしく脈を打つ、赤い球体がゲルの中に浮いてるな。
でも丘のような身体に対し、コアは家庭用の本棚程の大きさに見えるけど、これ届くか?
「ちぃっ……。サナはちょっと離脱してくれ!」
「えっ、ダメだよ……タクマ。私が抜けたら狙い絞られちゃんだよ?」
「コアに攻撃が届くようには見えないだろ?」
今の一言でサナは「あっ」と漏らした後、意図を理解したようで、すぐ別方向へ走った。
ただこの思いつきには問題がある。
〈…………!〉
「あちゃー……。やっぱりかぁ」
サナが逃げる方向に行かないか、だ。
そして懸念通り、その方向に向かい、フェルン達攻撃班もそちらへ行っているが、魔法で多少ゲルは削れてるもののコアには届いていない。
こうなると、サナのを支援に回すのに奴を釣らなきゃいけないわけだけども、さて。
「わぁぁー……! どうして私の方に来るのー!」
〈…………〉
「あんなに身体を伸ばして。旺盛な食欲だよ」
旺盛な食欲。
さっき俺とサナが同時に逃げてた時はクイックの装飾句の差もあって、こちらの方がスライムにより近かった。にも関わらず、奴はサナを追ったとなると見境なく食うのではなく、理由があってサナを食らおうとしているのではないのか?
「来ないで、タクマの方に行きなさいよ、もお!」
〈……!……?〉
「俺とサナの違い、か」
全部挙げればキリがないけど、スライムになって考えてみて心当たりがあるのは、そうだなあ。
性別による肉付きの差。脂肪は女性のが多いと聞く。でも善也さんは見事な三段腹だよな。
じゃあ服装の差? サナの方が高級で特殊だから。いやスライム的には肉が美味い方が良いし……。思い当たるのは、そう。
「魔力の差か」
魔力の差。
この世界における魔物としてのスライムは、球状の物体を核とし、周囲にゲルを纏い、他に臓器をろくに持たないという怪物。ならば、その構成に何かの形で魔力が関わっており異常な魔力を持つサナに反応したという仮説。
「試してみるか」
ちら、と試すのに必要な人物を見る。
俺のパーティーには一人魔力の特異性のみを語るならば、サナ以上におかしそうな奴が一人居る。
「……何を求めてるんだい、タクマ」
「ちょっと頼みがあってさ。奥の手や必殺技みたいに、目立てる手立てがあるなら使って欲しいんだ」
来たのはフェルンだ。
スライムのフェルンに対する挙動について、気になる点が浮かんできたから呼んだのだ。
「奥の手? 何を根拠にそんな事を……」
「フェルンって天使なのにスライムが追わないの不思議だなあって思ってさ」
一瞬苦い顔をしたぞ、何か手はあるんだな。
スライムが魔力が欲しいならば、神の使いたる天使の魔力というレアものも欲しいはず。
なのにそちらへ行かないのは、サナが青髪で魔力を使った痕跡を強く出しているのに対し、フェルンは魔法を使わずに立ち回っているから、フェルンが目だないからだろう。
「ボクは落ちぶれたとはいえ天使だ。生命の持つ魔力に反応する奴からすれば良い餌だろうね」
仮説が確定したか。
しかしピンチでもない時に奥の手を使わされるのは、あまり良い気はしないだろうし、消耗も激しいはずだ。当然ながら強制はできない。
「やっぱり魔力に反応するんだな。囮みたいなもんだけど、頼めるか?」
「奴に遅れは取らないさ。こんな機会は中々無い。刮目したまえよ!」
高らかに中性的な声を挙げ、腕を組む。
そして腕を組んで胸を張ると、背中の辺りに夢幻迷宮でジャイアントワームに使ったヘヴンロードを思わせる火花が散っていく。
「我が白き片翼よ、真の姿を示せ」
瞑目して低く呟けば、火花が最高潮になる。
そして集まった火花の光の中から、白鳥を思わせる、これぞ天使だと思える大きな翼が現れた——
〈——ッ!〉
「なぁっ!」
と思った刹那。
青い巨躯が迫り。
「避けろぉ、フェルン——!」
下半身から、頂かれた。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「あ、ああぁ……」
「フェルンちゃんが、食べられたの?」
失敗した、やらかした、ミスった!
まさかフェルンが食われると思わなかった……。
まだ上半身は出ていて、下半身も溶けてはいないけれど、このままじゃフェルンが……フェルンが!
「んん……く、キ、キミ……。たち」
「フェルン! 意識があったか!」
「し、心配は、要らない……。安心、したまえ」
「何言ってる、苦しそうじゃないか!」
既に服の下は溶けかけている。
次は体を溶かしていくのみだってのに、そんな状態で問題ないと言われても説得力に欠ける。
「一度……か言えない、だろう。今……ら言う事を、聞いて、くれ」
「何だ、言ってくれ。俺の失敗だ。出来る事は何だって……!」
「コイツは、ボクの肉は勿論、だが魔力、のが欲しいだろう。だから、簡単……は溶かさないはずだ」
魔力の方が欲しいから簡単には溶かさない?
どう言う理屈なのかわからないが、皆が焦っているのを落ち着けるのと、これまでの会話からして時間はあるのを伝えたいの理解できた。
「わかった、時間は思ったよりあるんだな!」
「あ、ああ……。だがなるべく、早く……」
「勿論だ、すぐに助けて」
言い切る直前、肩を叩かれた。
今から思考を回そうって時に一体誰が。
「サナ?」
「……身体の色んな所に魔力は存在するの。肉や骨、内臓、血液。だから一思いに食べてしまっても魔力を手に入れる事はできる」
悪寒が走った。
顔つきは勿論だけど。
「く……。かはっ、ううっ」
「裏を返せば、あらゆる方法で摂取できる。手頃な所なら身体から出る汗や涙を代表とする分泌液」
その解説に。
あらゆる場所から、あらゆる方法で摂取できるとなれば、方法は外道なやり方から性的なのまでそれこそ無限に思いつく。
つまりは、殺す事はしないが、時間をかける程に奴はフェルンから搾取していく。そしてその分搾取される当人は壊れていく。
「俺は、どうしたら」
「難しくねえ。お前はスライムをぶっ倒して、フェルンに謝れば良い」
そう言った正行は、槍を構える。
後から善也さんは剣を構え、真也さんと瑠璃ちゃんは魔道書を開いている。
なんて建設的な思考だろう、俺が提案してやらかしたのは見ていただろうに咎めもせず取り戻す事に頭を働かせていくだなんて。
「まあこう言っちゃなんだがオメーの作戦は失敗ではねえだろ」
「真也さん、それはどうしてです?」
「見ろ、アイツは捕食に精一杯で一歩も動いちゃいねえ。趣旨は成功してる。そうだろ?」
確かにスライムは抵抗するフェルンのスタミナを削る以外の行動は、取っていないに等しい。
最初の攻撃がコアに届くくらい大規模にするのにあたって支援魔法を使う為、サナから注意を逸らすという事自体は出来ている。
「ならもうやる事は」
「決まってる、でしょ。すぐ終わらせよう?」
青い髪を揺らし、地面を杖の先で突くとサナはその口で言葉を紡いでいった。




