第一章 第三九話 お昼ごはんも一苦労
ギルドにて。
夢幻迷宮から脱出に成功し、ギルドで報告をするとカウンターの兄妹は揃って延々と頭を抱え続けた。また多量の情報が必要なのもありカウンターには大量の紙資料が散乱している。
「……ボク達からの報告は以上だよ」
「自爆するゴーレムに、改造されたメイド型のワイズギア、そして杖型のソレですか……」
曰く存在自体の特異性は勿論だが、その異常な存在が二層目という浅い層に出現しているという点が特に異常との事で、恐らく本来であれば一層目はジャイアントワーム、二層目はボロいメイドロボといった連中しか出てこないはずとの事だ。
「ああ……。なんてこった。これ完全にアレだよ」
「だと思うけどさ。にぃ、お客様の前だよ」
「そうだった……。皆さんこの件についてはまだお話ししたい事があります」
今この兄貴一瞬素が出たな。
まあ兄妹どっちも可愛かったのから突っ込まなかったので、話はそのまま進んで行く。
「えー……。今回の調査なんですが、これ以降は我々が引き継ぐ事になります」
鳩が豆鉄砲食らった。
リュートさんの言葉に対し、見れば皆示し合わせたようにそんな顔をしていて俺も周囲の状況以外、今しがた聞いた説明を上手く呑みきれない。
「えっ、と……。聞きたい事が色々があるけれど……。先ず理由から良い、かしら?」
「勿論です。前置きから説明しますね」
動揺が滲みながらも口火を切った瑠衣さんや俺たちへ、リュートさんは諭す口調で続けた。
「誤解を解きたいのですが、クエスト失敗になったとか報告に満足出来なかったからではありません」
「へえ。じゃなきゃ理由はなんだい?」
「報酬が足りないからです」
報酬が足りない。
単純な一言だがすぐ思い至った。
掲示板に並んでいるクエスト、殲滅のものだと中銅貨六枚から多くて八枚程度。このクエストはその倍はあるものの危険度と異常性から、かかるであろう労力的に、足りるはずが無い。
「労力的に、報酬が足りないと」
「だけじゃなく、報酬が変わればクエスト依頼者である国に手続きをするんです。となると時間がかかるんですよ」
「ソイツはどうしようもねえな」
真也さんを始め、満場一致で納得した。
つまるところが、危険故に報酬を上げたいが諸都合で時間がかかってしまうのだ。おまけに状況から察するに一刻も早く調査を進めたいはずなので、俺達にもう一度依頼しているようでは、遅い。
「理由はよくわかりました。お願いしますよ」
「ありがとうございます! ここから後の事は僕らにお任せ下さい!」
「所で僕らはこの後何かやるべきです?」
「これ以降ですか。えと——何も無いかと」
カウンターに散乱した資料を目を通した上で、リュートさんはそう返した。
この後予定なしか、参ったな。時計は十二に当たる数字を指しているのになあ。
「うー……む。おいどうするよまだ昼だぞ」
「自分らは普通に撤収するっスかねえ……」
サナや正行達に言ったのつもりが何故か善也さんに返さた……。のは良いとして、異世界に戻ってから何も言われずここへ来たから、目標となる事が……。
ぐうぅぅ〜……。
なんて行動しあぐねていた矢先。
アニメよろしく見事な腹の音が鳴った。そういえばもうお昼、空腹になる人がいてもおかしくは——
「あ……。あっ、ああ。あぁぁあ……!」
「あちゃあー……。ルリちゃんかぁー……」
瑠璃ちゃんが、茹でているタコのように顔を紅潮させて悶えている。
うん、まあそうだよなあ。見た目からして中学生で思春期真っ盛りの女の子が人前で腹の虫が鳴けばそらこうなるわ。にしても可愛い。
「わっ、悪いけど私達先に帰るわね! 拓真君達今日はありがとね!」
「ええ! こちらこそまたご一緒出来れば」
誤魔化すのもあってか瑠衣さん達はそそくさとギルドを出て行った。
俺もそれに賛成だ。この場さえ離れればやがて羞恥心も和らいでくれる。
「なあお前ら、知ってるか。ギルドって調理人が控えててよ。食材と金さえ持って来れれば、調理もやってくれるんだぜ?」
そんな気遣いに心の中でグッジョブしていたら、クエストの掲示板の前に立った真也さんが、瑠衣さんの暖かな心遣いをぶち壊しにした。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
街の外の草原。
やはり結局は鳴く腹の虫には抗えず、正行のテストでも使った南門を出た草原でクエストをこなしつつホーンシープを狩る事とした。因みにこの世界の魔物は食しても、通常の動物と変わりはないのだとか。
「おぉる、りゃあっ!」
〈メエエ……〉
正行の狙い澄ました突きが一閃。
腹を貫通し、ホーンシープは槍を抜かれて血だまりを作った後動かなくなった。
「ふぅ、はぁ……。ぅ、う」
「おっ一頭仕留めたか! 凄いな」
「いやまだ全然だ。それに未だにこんなだからな」
手首を握りしめ、震えを抑える。
前よりマシになっているけど、震える自体が戦闘では邪魔だし殺める事に抵抗感がある証でもある。こんなに早く慣れるのも、おかしな話だけど。
「あっちのパーティの人達は凄えよな」
「向こうはこっち来て経ってんじゃないか?」
「まあだろうな、まだ俺一週間位だし」
「そうだよ、ところでパーティって?」
「元の世界と同じだよ。集まりって意味のな」
日がてっぺんまで登った青空を眺め、そんな会話をする。
もう一週間位と考えるべきか、まだ一週間と考えるか。それは個人の価値観であり。
まあいいか、そんな事よりも。
〈ンンメェッ!〉
「フウンンッ!」
目を血走らせて突撃してくるホーンシープ。
それを善也さんが受け止める。
「この身宿る魔力よ、その力を以って衝撃をもたらせ。【ショック】」
〈メッ〉
受け止めたホーンシープに、真也さんが魔法で衝撃を頭部に与えてやる。
するとすぐに卒倒し、痙攣こそしても意識を失った。
そしてかっこつけか、鞘から短剣を一回転させて出すと。
「そらよ」
躊躇なく急所へ一刺し。
痙攣が無くなり、死んだのがわかる。刺した音も聞こえない軽やかな早業だ。
そして瑠衣さんとフェルンが、血抜きだの解体だのを開始してるけど……。まあ他に気を回そう。
「いやあ、手慣れてますねえ……」
「ギルドで調理してもらえれば、調理代のみで済むからな。何度もやってんだよ」
「親切ですよねえ、利用者は多いんです?」
「混む時には別のパーティーの食材だろうが関係なく調理人が使う位には、な」
真也さんは「下手踏むとそのまま宴だ」とニヒルに笑った。
やはり冒険者達は奔放な行いがあるようだ。
気を付けなきゃとは思わない。そういったワンシーン、ゲーム的に言うならそういった一枚絵は好きだったし、ああいう和気藹々とした雰囲気には経験が少ないから憧れる。
「と、おい坊主」
「どうしました?」
何か感知したのか顔付きが強張った。
釣られ、まだ手に馴染まない杖を構える。
「ホーンシープだ。左右から二頭来てるぞ」
「どうしまっしょっか?」
「俺達で右を仕留める。お前らは左だ!」
「わかりました!」
少し遠くで迎撃していたサナと、解体を行なっていたフェルンと合流して指示通り俺達は左へ走る。
でもこれ後で食すんだよな。あまり生々しい事は考えたくないけど、肉にダメージは与えられない。
手っ取り早いのは真也さん達の真似だが。
「フェルン、さっきの真似何とか出来るか!?」
「さっきのって、何だい?」
「真也さん達のだよ、食べるんだから、あまり傷つけたくないだろ?」
「成る程ね、それならキミはシールドを使え!」
シールド。
前方に見えない盾を出す魔法。
今これを使うって事は。
ああちょっとだけ痛いかもしれんな。
「俺は善也さんの部分って訳だ!」
「ああそうだ、持ちこたえてくれたまえよ!」
「よーし、シールド!」
魔力を引っ張り、杖へ送り込むように思い描く。
そうすると杖から吸引される感覚がしたと共に、穂先のコアが白く煌めく。
今更ながらこの杖で魔法使うのって初めてだったけど、大丈夫だろうか。まあホーンシープはもう目の前で駄目なら吹っ飛ばされるわけなんだが……!
ごんっ。
次の瞬間、丁度頭を金属にぶつけた時の音がした。どうやら懸念の必要はなかったようだ。
〈ヴェ、ンメメッ……〉
ホーンシープは頭をぶつけ、ふらふらしている。
思い返せば件の自爆ゴーレムの爆風から、俺が発動したシールドは守り切れてたからこの程度の攻撃なら心配はいらなかったか。
とはいえ魔法の特性なのか、ある程度ダメージはこっちにも来るせいで手がジンジンする。
「終わったよタクマ」
「あれっ、もうか」
「後は衝撃を与えて急所を刺すだけだったもの」
確かにホーンシープはもう微動だにしない。
文字通り目を離した隙に終わるとは、これまた凄い早業。不器用な俺だったらもっとかかるだろう。
「仕留めた? 拓真君達」
「え、えぇ、どうにか。これで三頭、ですか……」
「どうしたの拓真君、鼻つまんじゃって」
亡骸の入ったずた袋を運びつつ戻ってきた瑠衣さんは、血糊が増えていた。
亡骸を入れる袋は魔法で臭いが外に漏れず、また腐りにくくするとの事だが勿論外の物は例外だ。
「すいませんこの臭い、まだ」
「ああそっか。まだ慣れてないんだっけか」
「うっぷ、申し訳、ないです」
血の臭いは嗅ぎ慣れてはいないが、嗅いだ事はある。だからとタカを括っていたものの的外れでここまで芳醇とは知らなかった。
ああなんて事だ、軽い目眩と吐き気すらする。
「ごめんなさい拓真君、私知らなくって」
「いえいえ僕の自業自得です。次は鼻栓でも……」
「いいえそっちだけど、私が言いたいのは」
不自然な言動と、瑠衣さんの視線。
俺が勘付くとすぐサナ達も気づき、彼女達の視線の先をこちらも見れば、青色のナニカ、があった。
「謝りたいのっていうのは、あれです?」
「そう、あれなのよ。余計な仕事が増えたわ」
形容するなら青色のゼリーかゲル。
樹木程のサイズはあるソレが、ゆっくりゆっくり這っていて、その這った跡をよく見れば生えていたはずの草が根こそぎ無くなっている。
「なあ拓真、俺アイツ知ってる」
「俺も知ってる。すげえ有名だよな」
「自分も知ってるっス。考え次第で厄介っス」
「俺もだ。何で厄介な方なんだよ……」
言葉には出さない、その名前。
ファンタジーのモンスターと言ったら、と思い浮かべる人も居るであろうくらい有名で、考え方次第じゃどのモンスターより厄介な、青いアイツの名前は、そう。
「スライム——!」
遅くとも、確実にこちらへやって来ている青い脅威を前にこの場の人間全員が武器を構えた。




