第一章 第三十七話 これは頼れる
「かっ、はあ。くふっ……。うっ、あ、うぅ」
少女はそれでも仲間の前に立つ。
あどけなさが強く残る四肢の肌には、場違いである無数の切り傷から血が滲み、清楚で生地が厚そうな白いローブも顔やぷにっとした身体を隠しきれない程にボロボロ。でもそれ以上に。
「ルリちゃん!? 嘘だ、やだよ!」
【アリサ・瑠璃・クラーク】。
聞いた覚えのある名前に思考が回転していく。
あの日見たネットの記事に載っていた、外国人が社長を務めるある会社のご令嬢。
「サナ、時間を稼げるか?」
「出来るけど……どうするの?」
問いに、ゆっくり息を吐いて気分を落ち着ける。
どうしたいか、どうするべきか。
目の前にボロボロの人が居て強大な敵が居る。
目的は救出であって——
「全員連れて、逃げる……!」
「あっ、ちょ……もう。しょうがないなあ」
そう言って大部屋に飛び出した直後。
大きな槍が肩を掠めていった。
〈ガガッ、コウ……キ、ニンシ、キ〉
しかしロボットはそれを避け、魔法の槍は壁に突き刺さって消滅した。
でも今のは無駄じゃなく、注意を惹きつける為。普通に考えればあんな物を一瞬で作り出せる手合いを認識すれば、使用者を攻撃するしかないからな。まして相手が機械となれば。
〈ガー……。アラタナ、ショ。ハッセ……〉
「処分だって? 出来るならしてみなさいな!」
思った通り。
ロボットは今ので釘付け、こちらを向かずに攻撃してきたサナの方へ一直線だ。瑠璃さんとの距離はもう声が届くくらい。仲間も近くだから後はストレングスを自分に付与し、纏めて担げば大部屋から出るくらい俺にも出来るはず!
「瑠璃さん、だよね?」
「あ、あなたは誰ですか?」
「今俺の事はいい。仲間が惹きつけてる間に早く」
「ほえっ? あの、理由を!」
おいおい、サナがロボットとドンパチやってる中なのに恥じらいと理由が先に来ちゃうかぁ。
顔を見れば、もう既に赤くなってるけど。その怪我じゃろくに歩けないはずだから、おぶられてくれないと困るなあ……。
「その怪我じゃろくに動けないだろ? 恥ずかしいのはわかるけど今だけは頼むよ」
「うう……。お父様におかしな人にはついてくなって散々言われてるのに」
「助けに来ただけだよ!? まあこのシチュでこの行動は確かに不審かもだけど今は我慢して!?」
なんかしれっと見た目ディスられた!?
白馬の王子様みたいなイケメンだったら違うのだろうか、やっぱり所詮見た目か。ただしイケメンに限る訳だな。
「ファルク・ウォーターソード!」
〈ガビッ、タイショウ、ショブン〉
「ふうっ、ほんとに、厄介……ね」
だめだ、もうボケっとしてられないらしい。サナの髪がもう白い部分のが少なくなってる……。
さっきまでは瑠璃さんのリクエストを叶えられないか考えなくもなかったが、猶予がなくなりつつなる以上もう強引な手法で行くか。
「ごめん、目を瞑ってもいいから」
「あ、ちょっ……。な、にを」
物分りの良い子だ。
口では文句を言っていても、いざおぶれば大人しくなってくれる。
こうなればもう他の人を担いで逃げれば。
「……何処行った?」
「え、ルイさん? ヨシさんは。ヒロさんどこ?」
残りの三人が居ない。
視線を左右へ、後ろへ動かしても見当たらない。もしかして俺が気付かない間に。
「ぬうぅおぉぉぉ…………!」
「ボクの細腕にっ、これはっ、キツイ……」
「よっしゃナイスだ二人とも!」
助かった——!
正行とフェルンが瑠璃さん以外を代わりに背負ってくれてたか。ならストレングスの必要も無いな。
後はひたすら大部屋から出るのにひた走ればいいだけの話、行けるはずだ。
〈ニガサナイ〉
と、正に大部屋の出口を踏んだその瞬間。
足元の床に奴のサーベルが深々と突き刺さった。
一瞬だけ振り返ってみれば、サナは水で作った槌を構えているような状態なのだが。
「……タクマ、どうする?」
「……まあ、決まってるよね」
フェルンの声に振り返らず返す。
何となく奴の思考ロジックはわかった。
あくまで推測の範疇を出ないけど、正解か不正解か関係なく取る行動は決まってる。
「全力で逃げるぞ! ぜってぇに捕まるな!」
そんな訳で、俺達一行は来た道を全力で引き返したのだった。
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「はっ。か、はっ……げほっ」
「な、なん、だったんだ、アイツ」
「お疲れ様。クイック間に合って良かった」
一層目、大部屋。
あれから何とかあの魔改造ロボットから逃走に成功、今はただ広いだけのゴーレムが居た部屋で、束の間の休息を取っている。
「ここまで来れば大丈夫、だよな?」
「うん。ここなら魔物がくることも無いよ」
「ごめんね、困らせたかな?」
「皆も賛成してたしな。謝る事はないさ」
ここに来る道中で治療しても良かったが、曰く完全に治せるか怪しく、また治せても少しずつだと傷に水が染みるような感覚がするらしく治される側も苦しいそうだ。
そんなサナのリクエストがあったのと、あのロボットのせいでこれ以上の進行は困難という事で一層目へ引き返してきた。
「この身に宿る魔力よ、その力を以って彼の者の傷を完膚なきまでに消し去れ」
安心した顔つきで詠唱を呟くと、いつもより淡い色の魔法陣が現れ、やがて瑠璃さんと仲間達を水色の光が包み、治療が済むと満足したように光は消えていった。
「わあー……すっかり引いてる。流石サナさん!」
「良かった。ルリちゃんもう痛いとこ無い?」
「うんもう大丈夫!」
先ず意識のあった瑠璃さんが目を覚ました。
にしても起きるいなや抱きついちゃって、サナの奴随分と懐かれてるんだな。まあ理由なんか二人がにこにこしてて眼福だから、この際いいや。
「自分は一体……あれ、サナさんっスか?」
「あー、最悪だ。二日酔いでもしたような気分だ」
「あら、おかしいわね。私達は二層に居たはず」
続いてフェルンと正行が連れてきた三人が意識を取り戻し、起き上がった。
皆頭を下げる程度の態度から察するにこの人達はサナの知り合いらしいが、そもそもとして確かめておきたい事が一つ。
「皆さんはここへ何をしに?」
「自分らっスか。同業でここには来てるっス」
「という事は、国からの依頼を受けたと」
「そうっス。こんなデブっスけどちゃーんと依頼されて来てるんスよ」
つまる所、ここの探索は俺ら単独では無いと。
そしてサナを含むようなメンツが行く場所に、国から依頼を受けてここに来てるんだから、相当の手練れなのも確かか。
うーんこの人達が何者か気になる、もう少し話を聞いていこう。
「ちょっと自己紹介してもらっても? 僕皆さんの事知らなくって」
「その提案良いわね。じゃあ私達からやらせてもらおうかしら」
鎧の男性に振ったつもりが、思わぬ横槍だ。
他二人が二十代に見えるのに対し、彼女は三十代後半から四十代に見える風貌からして、多分リーダーだろうから適任ではあるか。
「それじゃあお願いします。ええっと」
「ルイよ、高津瑠依。ヨロシクね?」
「その名前、日本人ですか!」
「ええそうよ。それに」
嬉しい事に同郷がまた増えた。
妖艶さを感じさせる顔つきとは別に、母性を感じる優しい笑みを浮かべつつ瑠衣さんは「もっといいニュースがある」と言って続けた。
「ここのメンツは、全員日本人な上にチート持ちなのよ!」
その頼り甲斐あるフレーズを、清々しいドヤ顔で言ってくれたのだった。




