序章 第五話 降臨するもの
プロローグ終わりって所です。
序章はまだ続きますけど。
次回から話のテンポをあげたいです。
P.S活動報告にて詳しく書きますが次回から更新スピードが落ちます。
尚、一度に投稿する話数を増やして帳尻合わせて行こうと思ってます。
「あたた……」
思いっきり叩かれた頬がじんじんと痛みを訴えてくる。魔法の効果なんかは乗ってはいなかったが力任せに頬を叩かれれば痛むのが当然だ。
「やっちゃた……反射的に手が先に出てたわ。ごめんなさい」
「いんや好奇心で突っ込んだ俺も俺だな……ごめんなさい」
まずお互いにやらかした事を詫びた。
しかしこれは事故だな。俺は自分の召喚した人物の知識を欲しかった、サナは自分の犯されたくない領域を荒らされた、つまりお互いの知りたい部分と知られたく無い部分が一致してしまったというわけだ。
最も「ひょっとしてぼっちだった?」なんて事はいくら彼女を知る手がかりになるとはいえ、親密になった後に聞いた方が良いはずだからそこは反省すべきだが。
「今回の事はお互い水に流そう。人の秘密を荒らした俺が言うのも変だけどさ」
「そうね、お互い水に……あっ」
妥協案を挙げたサナは何かを思い出したように少し大きい声を発した。
「寧ろ色々と聞いてほしいかな」
「……どういう風の吹き回しだ?」
本当にどういう事?
ついさっきまで頑なに理由を聞いても秘匿しようとしてきたのに何で急に尋ねるよう促す? そんな風に態度を急変されると不気味で警戒してしまう。
「本当はあなたが知りたいこと出来る限り話したかったの。けどさっきの火事で急いでたから聞いてきた事全部、突っぱねちゃったでしょ?」
「ああ、あれか」
なるほど理解した。
どうも互いに謝ったいまの会話の流れに感化されたらしく、今までの自分の行動がふと過って罪悪感が湧いたのだろう。しかもサナの場合召喚した本人だから、罪悪感も一入だと思う。
「聞けなかった分、その。一杯話すからっ。ほんとはすぐに話すべきだったのに、自分の用事を優先してるから自分勝手だけれど……」
「そんな風に言ってくれるならこんな事もう気にしないって」
自分を責めるようにそう語るサナだが悪気がある上に話してくれるなら今までの事は全く気にならならない。
それに早く説明してほしいと思ってたのは事実だけど、火事を優先にすべきだったから元々強く気にしてもないしな。
「良かったあ……どんな事から聞きたい? 話せなかった分、いろんな事を話させてほしいなあ」
火事の現場に居た時のとは違って安堵し、顔を綻ばせ問いかけを求めるサナ。その笑顔は作り笑顔でも無ければ、寂しさもない、自分の喜びを表すのみの明るく可憐なものだった。
「良い……」
「なになに聞くこと決まった?」
「いやあ……なんでもないよ」
意図せず出た小さな呟きにサナが興味を示しているが、まあ恥ずかしくて言えないから誤魔化す。
言えないよなあ、さっきとのギャップもあって結構グッと来るものがあっただなんて。
「そうだなあ、聞きたいこと、かあ」
「なになに?」
「さっき火事で……」
何故ああも急いでいたのか、と口に出そうと思った時だった。
サナの表情が先程まで柔らかなものから、訝しむ硬い顔つきに変わっていく。
「この感じは……」
「さっきの火事の方向からか?」
「消し忘れがあったかも」
「行こう、そこから広まったら困る!」
全力の魔法を行使してさっきまで倒れていたんだ。無理をさせるわけにも行かないし路地を駆け……ようとしたら服の裾を引っ張られてつんのめっていた。
「タクマ待って、方向わかるの?」
「あっ」
この後サナは「結構ドジなんだ」と時折呟いていて現場に向かうまでの間、何故か嬉しそうだった。
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「ふー……現場に着いたな」
「消し炭だらけで火らしきものは見当たらないね。もっと奥かな」
火事の現場は炭と化した家々が一面に無数に広がる痛々しい光景が広がるだけで、火らしいものは見当たらない。
それに一帯が消し炭になったおかげで見晴らしが良いから、もしまた火事が起こっているなら昇る煙が見えるはず。
「疑うわけじゃないんだけどさ、さっき感じ取ったものって何だったんだ?」
「火に近い魔力。水浸しにしたから燃えてた現場周辺は水に近い魔力だらけだったのに……」
サナの表現からして青色の中に突発的に赤いものが出たって感じかな、と建物だった炭にもたれて具体的なイメージをつけていたら
「離れてっ!」
「あちっ!」
座っていた付近の炭の塊が突如発火。
サナが引っ張って避けさせてくれたけど、あのままだったら俺は……サナに感謝だ。
発火した炎に目をやると始めは椅子を覆う程度の炎が部屋一帯を包む程に大きく、大きく燃え盛っていく。
《フッフッフッ……》
やがて家を呑んだ炎は燃える音がどういうわけか人の笑い声のように聞こえるようになってくる。またそれとは別に、何かぐつぐつと煮えたつような不快な音も聞こえる。
「おいおいおい……なんか変な声が聞こえるぞ」
どうなってやがる……およそ目の前の光景を現実とは思えないぞ。
炎の中に口と白い眼球のようなものが現れるなんて不条理、あっていいのかよ。
「……うぇっ」
「気持ち悪い……」
なんて悪趣味な……
今度は口内に不揃いな牙が、目に紫色の瞳が出来始める。あとなんだこの酷い悪臭は、腐った肉の腐臭と、それが焼かれることで……
うう、こうやって形容してみたらますます気持ち悪くなってきた!
とにかく気持ち悪くて行動と思考が阻害される。早くなんとかしたい……!
《くくくっ……久しぶりだなあ、小さき者よ》
そうやって奇怪な現象を起こす炎に呆気にとられていたら、剥き出しの白い牙と紫の鋭い目を持った炎を肉体とする怪物を形作った。
とりあえず、開口一番に初対面の人間に対して「小さき者」とか言ってる時点で常人じゃないのは理解したよ。
「テウメス、来ると思ってたけど……!」
《人類の中で最も憐れにして最も罪深き者ことサナ・フロウよ、現実で会うのは初めてだなぁ?》
「知り合いなのか? それとやけに物騒なその二つ名はなんだよ」
「一応ね、知り合いたくもないやつだけど。二つ名も勝手にあいつがつけただけよ」
なるほど、ただの嫌味ってことか。
この見た目やあだ名の趣味、ここまでの喋り、善人ではなさそうだ。
《我を放って召喚した人間とお喋りとは随分つれぬ事をしてくれるなあ、サナ・フロウよ》
なんて俺たちの会話に身体ごとずいっと、割って入って炎で手を形作って指をサナの顔に近づける。本人は危ないとは思ってないだろうが、サナはかなり暑そうだ。はた迷惑な奴め。
「ふんっ、あんたとお喋りなんて出来ればしたくないわ。それにその二つ名もあんたらが手を出さなきゃよかっただけでしょ?」
《おぉ、それは確かに。だが仕方あるまい? あのように都合の良い者達が居れば手を出さぬはずもあるまいて!》
「ちっ、つくづく堪え性のない……」
サナのやつ殺気が凄いな……眉間にシワが寄ってるし、今爪も噛んでたよ。ついでに目つきはさっきまで垂れ気味だったのに、鋭く釣り上げてる。
けど俺は全くついてけない。
この二人は二つ名といい、手を出すだとか都合のいいとかさっきから何を語り合ってるんだ?
「ちょっとお話中失礼。テウメスだっけ、俺は何者なのかも知らないから教えてくれるか?」
二人の罵り合いにテウメスを指名して挙手して割り込むと、奴は「おお!」と忘れていたと言わんばかりのリアクションを見せた後、わざとらしくお辞儀をして続けた。
《ならば改めて自己紹介をしよう。我はテウメス、火を人に与えた神である》
人に炎を与えた神だって?
人類にとってかなり偉大な事した神だろうが、そんな存在がちっぽけな俺たちに何の用だ。まあ案外偉大でもなくて火を与えたこと自体が罪だったみたいな事もありそうだけど。
「ほぉー、凄い神様が来たもんだな。敬ったほうがいいよな?」
「あんな奴に敬意なんか不要よ。そこまで信仰されてもないし」
《中々に手厳しい事を言ってくれるな、罪深き者よ。まあ良い。小さき者が我を認識したのだ、此度の要件へ入らせてもらおう》
突然進行を始めた火を与えた神様。こんな神様だ。どんな要求が飛び出すか知れたもんじゃないし、とりあえず逃げる態勢を整えておくぐらいはしておいていいかもしれない。
《要件は簡単。人類への宣戦布告だ》
何を言ってんだこいつ!?
人類への宣戦布告、神様が。それも人へ火を与えた凄そうな神様が?
いやいやそんなの赤子の手を捻るような事すんだよ、弱いものいじめも大概にしろ!
「いやいや何を……」
何ていう目の前の怪物然とした神様から放たれた宣言から矢継ぎ早に頭を過った言葉は唐突すぎるのと、見た目と神という肩書きの恐ろしさからか、出る事叶わずに掠れた声しか出てこなかった。
《むんっ……》
俺もサナも止められぬ中でテウメスは身体に力を込めるとみるみる巨大化していく。
《ふんっ、こんなところか》
大きい、なんて大きい……!
家を包んでいただけのものが、家を縦に三つ並べたくらいの巨躯へと化けた。
《すうぅぅぅうぅぅぅ……》
炎の怪物は体が膨らむくらいに大きく息を吸い込んだと思うと、ぴた、と止めた。
《我はテウメス! 聞こえるか、ブライトに棲む矮小なる者共よ。我らは招かれし強き人間の肉と力を借り、魔王として降臨する!》
なんて大きな声……!
しかも体が火であるせいか発する声が熱気を帯びてて鼓膜が焼け付くわ痛いわで酷いぜこりゃ……
『なんだあの馬鹿でかい炎……』
『魔王だって……!』
『冗談はよせよ、なんの見世物だ!』
『物騒な事はよしなさいよ!』
ここに人は居ないが、テウメスのという大きな炎を見た人々の疑問と罵声のざわめきが熱風に乗せて聞こえてくる。
でも、今はそんな事よりもこの場から逃げないと。
耳の痛みが酷くてなんにも考えられない。
「タク、マ」
「ああ、わかってる……」
お互い視線と表情だけで意図を察した。
もう火事現場には居られない。
今一瞬喋っただけでも大きくなったテウメスの熱気に喉が当てられ、焦げるように痛むのだ。
早くここから脱出しよう。
「行こうっ……」
「うん……」
頷き合い、来た道を急ぎ引き返す。
目指すは路地裏に続く曲がり角。幸いもう一つ曲がり角を曲がればもう見えてくるぐらいの距離だ、ひた走るだけでいい。
《そして改めて名乗ろう! 我はテウメス! この世界にあらゆる手を尽くして災厄をもたらす魔王が一柱。そして今は忘れ去られし人に火を与えた古の神なり!》
テウメスがなんか言ってるけど無視だ、無視。
もう曲がり角が見えてる、あと少し!
《手始めにこのテウメスが降臨し、之を皮切りに他の者共も姿を現わすだろう。安寧の場所を守りたくば我らに立ち向かうがいい……さらばだ!》
「消えたか!」
「うん。でも」
後ろで熱気が急に掻き消え、うるさい声も消えた。これでもう一安心ってわけだが……サナの表情は明るくない。
「なんにもできなかったね」
「気にすんなって」
そう反射的に言ったが、慰めにならない事をすぐに理解した。
「テウ、メスゥ……」
別人にも思える程に顔を酷く歪ませ、ナイフのように鋭い殺意があった。
触れたらこちらが傷が付くのではないかと錯覚する程に強く、奴に一矢報いないと納得できないのが理解できてしまったからだ。