第一章 第三十二話 目を疑うもの
暴虐。
矢継ぎ早に迫り来るホーンシープをあらゆる手段を用いてゴミのように千切っては投げ千切っては投げるそれを言い表すなら、この言葉が的確だと思う。
「うふふっ。さあ次。来るんでしょ?」
槌、剣、槍、矛、刃……。
杖を掲げ魔力で武器を象らせてはぶつけていく。
言葉とは裏腹に行いは拒絶のそれだけど、当人は試しているつもりなのか?
〈メッ……。メェ〉
それでも尚、ホーンシープは勇敢にも進む事は無くとも引き下がる者は一匹たりとも存在しない。
否、居ないどころかある程度は列を作っているじゃないか。とても只の獣とは思えない。
〈メ——。エェエエエエェッ!〉
だけじゃなかった。
よく観察すれば前列が崩され次第、後列に居る者の多くが一瞬躊躇うかのように天を仰ぎ鳴いては皆一陣の風と化して突貫して行く。さながらよく訓練された兵士だ。
「あはっ。グレイト・ウォーターソード」
しかし届かない。
風が重なり突風にすら感じられる勢いなのに。
それは杖を背丈より大きな青い剣と化し、薙ぎ払って両断してしまう。
〈メェ……ッ!?〉
「ふふ。まだやる?」
辺り一体抉られた地面と散ったホーンシープの血肉しか見えない現状は正しく大惨事だ。
だけどそれ以上に、目を背けたい事実がある。
「タクマ、 もうちょっとで終わるからね!」
「え。あ、ああ。わかった」
振り返りざま、向けられた無邪気な笑顔。
間違いなくその笑顔はサナそのものなのに。
「さあ覚悟しなよ。そろそろ終わらせてあげる!」
戦闘態勢に入った途端、目を見開き歯を剥き出しにし狂気を顔に貼り付けて手当たり次第ホーンシープを葬り去って行く。
暴虐としか言い表せないような苛烈さに、ただ呆然とするしかない。
「ほんと、受け皿役が居るから暴れ放題か。力に免じて俺はちょっとしんどいんのは大目に見るか」
何よりこうして暴虐の限りを尽くす存在に加担してる事実、それが信じられない。
けどこうしてサナは、俺がいる事で自在に戦い障害となる敵を倒してくれている、味方なのだけど強過ぎてどっちが悪役なんだか。
「けどなんだこれ、目眩が……くそ」
たださっきから調子がおかしい。
身体が怠くて動く気は前回もしなかったけど、今回は目眩も勿論頭痛までするくらいには不調だ。考えてもみれば今はサナの奴、随分好き放題やってるし、俺ってばもしかして。
「その力を以って我が敵を呑め……!」
歪む視界の中に、青い大きな光。
それを見た瞬間、背中に冷たいものが走った。
「アノマリー・ウェイブ!」
制止の言葉は出ない。
見えるのは途切れる光と。
群がるホーンシープ。
とにかく飛び出すしかないか!
「プロテクション!」
よく見えない。
でも見える必要はない。
俺が魔力を受けれる量が超え、サナもキャパシティオーバーした事実があるだけで十二分なピンチだし、それに。
〈メッ?〉
〈ェッ〉
〈メ?〉
〈エッ〉
風穴を開けられ、倒れるホーンシープの群れの中にサナを見つけ背負い駆ける。
しかしこのお手製追尾武器、威力が怪しくて硬化魔法の結果によるというギャンブルだったんだけど、成功して良かった……。
「サナ、逃げるぞ。包囲網を突破する!」
「んむぅ……。あれ、もう?」
「喋るのも辛いんだよ。とにかくっ、俺の許容魔力が限界だ! 暫く背負われててくれ!」
この後お手製の武器と魔法を駆使し、包囲の一点に穴を開けさせるように群れの中を駆け抜けた。
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「ああ……おお……さ、流石に撒いたろ」
「お、お疲れ様。下ろしても、良いよ?」
現在、街の外の平原にて休憩中だ。
群れから逃げつつも、背負われたサナから方向の指示があって言う通りにしていたらここに着いた。しかし我ながら、目眩と頭痛がする中よくここまで来れたもんだ。
「木陰に案内してくれるとはな。涼めて助かるよ」
「ありがと、でもそれだけじゃないよ?」
「ていうと何か他に意図が?」
「さっき見せた地図の目的地。目と鼻の先だね」
言われて周りを見てみると、目の届く場所に城壁があって近くに丸い岩、そしてこの木陰。
確かに地図通りの場所のようだ。
「ならこの後その目的地に行くのか? 危険性が少しでもあるなら今は勘弁……」
「それもあるけどもう一つ目的があって」
もう一つって?
疑問を口に出す前に肩を軽く叩かれ、振り返ればそこには見慣れた顔が二つあった。
「正行、フェルン!」
「ったく、やっと追いついたぜ」
「作戦とはいえ随分派手にやったね、サナ」
「待て待て作戦って?」
不自然な言葉の端に突っ込む。
これが作戦とは、どこがどう作戦だったのだろう。ひたすらホーンシープをなぎ倒して、最後は魔力過剰になって死にかけていたこれが?
「そう困った顔をしないでおくれよタクマ。今回は囮が必要だったのさ」
「囮が必要なのか。そういえば奴ら《ホーンシープ》積極的だったような」
「本来は大人しく攻撃しなければ襲う事はないような魔物。それがあの通りだ」
指す方を見れば冒険者数名がホーンシープ数匹に囲まれ、応戦している。
確かにリュートさんから提供された資料では、フェルンが言う通りの内容が記してあったのにあれはおかしいし、あそこまで攻撃的では引き付ける役割の者が居るならそれに越した事は無い。無いが。
「けどさそれやるなら肉体自慢の正行とかさ」
「出来るならやってるぞ。サナを選んだのはパイロシープを倒したからだ」
大変面倒だったらしく、苦い顔つきで語った正行の話を、更に苦い顔をしたサナが口を開いた。
「パイロシープは怨念の塊みたいな物なの。倒されても、周囲に影響を及ぼすのよねえ」
「周囲への影響ってのは凶暴性か」
「人を襲うよう周囲のホーンシープを凶暴にした。しかも特に私を狙うオマケ付き……」
苦虫を潰したような顔つきで説明され、深ーく溜息をついた。
流石アンデット、倒れてもアフタージャミングまでキッチリやるとか最早尊敬するよ。
「まあ囮が必要だったのは理解したよ。俺に説明してたら時間かかっただろうしな」
「騙すようなやり方をしてすまないタクマ。緊急の調査依頼でね」
「依頼の話も理解した。早くやっちまおう」
木陰から立ち上がって、地図を持った正行の案内で丸い岩の近くに記されたバツ印へ。
これといって仕掛けがあるようには見えないけど、ここが目的地のようだ。
「着いたぞ。サナ後は頼む」
「任せて。よいしょっと」
サナが地面に触れると。
小さな輝きとともに、人一人入れそうな魔法陣が出てきて回り始めた。色や形からして綺麗というよりも、ミステリアスというか謎な感じがする。
「何が出てくるんだこれ?」
「うんちょっとした階段が出てくるの」
「階段って何だそりゃ、て本当かよ!」
一人で突っ込んでまた突っ込んでしまった。
というのはさておき、地面も草も消えて人工的な地下行きの金属の階段が出てくるとは。何処かで見た気がするのには突っ込まないでおこう。
「とりあえず入って、すぐ出てみてくれる?」
「んまあ良いけど、意味あるのか」
とは言いつつ中へ。
中は横穴になっていて、苔や背の低い草が生えている。気温は入る前より少し涼しく感じ、悪環境ではない。
〈グルッ〉
「おわっ、魔物だ。さっさと出よう」
狼型の魔物に出くわし、さっさと階段を上って地上へ。
いかにもダンジョンって感じだったけど、それ以外異常はない。まあソロ攻略しろっていうなら、素人の俺には無茶な話で拒否するが。
「ただいま。下は横穴っぽかったよ」
「横穴かあ。まあもう一回行っておいで」
「りょーかい、行ってくる」
もう一度金属の階段を下る。
にしてもこれに何の意味があるのかなあ。ダンジョンの入り口を行き帰りして、変化があったりしたらここら辺の空間はどれだけ不安定なんだという話になってくるけど——
「いやまじかぁ、まじかあ……真剣だなあ」
幻でも見せられてんのか。
眼前には、凍りついていた岩壁が広がる。
壁や床は俺の姿を鏡写しにし、当然ながら息は白く肌に触れる風は痛い程に冷たいと、さっきまでとは大違いじゃないか!
〈チトカチ?〉
「ヒッ!」
やべ逃げないと!
なんだあの氷の妖精っぽいの、うっかり触れたり怒らせたら危険な奴っぽいな、とにかく凄く寒いし、後凄く寒いから早く逃げよう、そうしよう!
「うおおぉ……おお……」
「お帰りタクマ、どうだった?」
「なんか横穴が凍った洞窟になってんだけど!?」
「あー、それ引いちゃったかあ。運悪いねえ」
階段から離れなかったお陰ですぐ出れた……。
頬を掻いて苦笑いしてるって事は、凍った洞窟は難易度が高いのかな。まあとにかくこのダンジョンが普通ではないのは確定だな。
「体感して貰った通り、さっきの迷宮は入る度に構造はおろか環境も変わるの」
「まるで幻でも見せられる気分だったよ」
「そうだと思うよ。だからこんな名前が付いた」
人差し指をピッ、と立ててサナは続けた。
「夢か幻のような迷宮、夢幻迷宮と」
今度は自ら階段を降りつつ言ったサナに、俺たち一行は付いていった。




